第二部第一話Part6 『焔(後編)』

牧野:秋田県内・音楽スタジオ内 4F(午後)






 牧野です。


 音楽機材が設置されたスタジオにいます。




 お兄ちゃん達に、それぞれのパート別の楽譜を渡しました。




 今はマイクスタンドの位置等を調整しています。 






「(譜面を見つつ)バラードか・・・」


「恋の歌か。虫唾が走るぜ~」






「この曲の主人公は、いつ死ぬんだ?」






「死なないからっ。虫唾が走るとか、言うなっ」


「(玉藻をジロジロ見て)お前、彼氏、できただろ」


「何だとおお!!」


「(口をへの字に曲げる)」 


「東京行ってチャラついて、恋だの、愛だのに目覚めたか?」


「全然違うからっ」






「じゃあこの曲の主人公はいつ地獄に落ちる?


 お前の曲は死を歌うものが多いはずだ。


 恋の歌なんて、有り得ない」






「(無視して)さ、始めるよ。


 まずはドラムとベース音から録音しよう。


 今日は5曲録音するから。時間ないんで、ミスしたらピックで刺すよっ」






「(怯えた様子で)おっおう」


「あれじゃ、男なんか出来るわけねぇ・・・」






 私はケースから、傷だらけのベースを取り出しました。






「(ベースを見て、指さし)玉藻。それ、どうした?」


「・・・ちょっとね。でも弾けるから問題ないよ」


「(心配そうに玉藻に視線を向ける)」








牧野:車の中 (夜)



 牧野です。


 今は車を運転しています。


 助手席には兄が座ってます。


 車の中では、自分の曲のラフ音源が流れています。


 お兄ちゃんにシェイクを飲ませてもらってます。


 運転してるので、口元にストローを持ってきてもらいました。


 


「このラフ、気持ちいいね。ベースラインが、素敵」






「だがブルータルさに欠けている。フックも足りねぇ。

こんなのは駄目だ」



「これが今のタマの音楽なんだよ」

「森羅の影響か・・・で、奴にはもう会えたのか?」

「ううん」

「(助手席の窓を向き)じゃあ死んでるんじゃねー」

「魚雅、怒るよ?」



「俺はもう怒ってるよ、玉藻。

一体誰がお前のベースを傷つけた?」

「(視線を少し落として)・・・知らない」


「お前は正直だな。なんなら俺が探し当てて、

そいつをGOTOHELLしてやってもかまわねーんだぜ」


「魚雅はさー、いい加減、丸くなりなよー。

そんなんしたら、また警察に疑われるよー」



「これが俺なんだ。今さら別人にはなれねぇよ。

ま、お前は変わっちまったけどな」


「変わったつもりないよ」



「それは嘘だな。今日のあの冷めたプレイはなんだ?

お前最近全然練習してないだろ? 明らかに腕が落ちてるぞ。

昔は、もっとグルーヴィーだったはずだ」


「私だけ目立っても、1つの楽曲として成立しなければ意味ないでしょーが」



「(舌打ちし)・・・玉藻。ソロでやっていくのはいいが、

もっと自分の武器を大事にしろ。誰かになんて、なろうとするな。

お前は、お前にしかなれないんだから」


「(魚雅を見つめ、うなづき)・・・ありがとう、魚雅」



お兄ちゃんは厳しいけれど、いつも私のことを思ってくれてます。

お父さんみたいな、お兄ちゃん。死ぬほど文句を言いつつも、

今日も私の音楽制作を手伝ってくれたんです。

でもお父さんは、今の私には何も言ってくれない。



「今度、サスペンションズで東京蹂躙ライブをやることにした」

「ホント? 凄い。」


魚雅「お前、俺達の前座をやらないか? 今の音楽を見せてみろよ」






 一瞬、私は、3Uの、


 あの罵声飛び交うステージのことを思い出しました。



「(ハンドルを強く握り)・・・遠慮しとく。


 今はもっと力を蓄えて、


 いつかサスペンションズと対バンするよ。


 魚雅のこと、ぶちのめしてあげるねっ!」






 強気な事を言う私のハンドルを握る手は、震えてました。






「(牧野の指先の震えを見て)・・・そうか。

じゃあ、必ず観に来い。」


「うん」








網浜:海鮮居酒屋 壇ノ浦 玄武エリア個室(夜)









 アミリンでっす。ただ今受付の矢島美里さんと飲んでいます。


 食事と酒が大分進んできました。



「ところで、アミリンさんって、彼氏とかいるの?」

「もうずっとフリーなんですけど、狙ってる人はいます」

「誰? 会社の人?」

「はい。営業部の、東矢宗継さん。」

「あーー超イケメンですねー。実は、私も狙ってたんですよー」

「(警戒心を露にした様子で)なぬ。じゃあ、ライバル?」

「(横に手を振り)最近彼氏が出来たので、もう違いますよ」

「いいな~~どんな人なんですか?」

「テレビ局のディレクター。指野さんに紹介してもらったんです」

「てことは、GAMの合コンですか?」



「はーい。うちの大将の人脈ネットワークって、

メチャクチャ凄いんですよ。会社の社長さんとか、

役人さんとか、医者とか弁護士とか、若い政治家の方、はてや長澤まさみとまで

親交があるんです。」

「一体、その人脈はどこから来てるんですか?」


「指野さん、一応北海道にある牧場の娘さんだし。

色々あるみたいですよ」


「人脈にも程がありますよ~。

指野さんって、ホント凄いですね。」

「(うっとりとした表情で)素敵な人です」


「でもGAMの合コンって、確か幹部以外は楽しんじゃいけないっていう

ルールがあるじゃないですか?ミノさんは、一体どうやって指野さんの許しを得たんですか?」


「(驚いたように)え~なんですか、そのルール」


「犬伏さんが愚痴ってましたよ。自分は刺し身のツマだ!って」


「あーー、それ、私も、よく真希さんに愚痴られますけど、

本当に、まったく意味が分からないんですよねー」


「ミノさんも、知らないんですか?」



「(視線を泳がせつつ)私は・・・先月昇格したばかりなので、

詳しく聞かされてないだけなのかもしれませんけど」

「合コンの台本とかは、無かったんですか?」



「話を聞く限りだと、真希さんだけ、

そういうのがあるみたいですねー。でも私がメンバーだったときは、

台本も、途中退席指示もありませんでした」


 どういうこと・・・? 何故、犬伏さんだけ?



「きっと真希さん付き合い悪いから、ハブられてるか、


 社内のアイドルだし、利用されてるのかもしれないですね

 (冗談っぽく笑いながら)」



「・・・ミノさん、笑えないです」

「やだ、ごめんなさい。うふ」


 その後、話は指野さんの話題になりました。



「指野さんって、以前、

同い年の警察官僚と付き合ってたらしいですよー」


「警察官僚って! キャリアですね! 凄ーい」



指野さんには警察官僚の彼氏がいた。

今井大志と今、付き合っているという話を信用するならば、

警察官僚は元彼、ということになるのかな?

同い年ってことは、今年28歳。キャリアなら、

順調にいけば警視に上り詰めていても全然不思議ではない年齢。

もったいない! 凜なら放さないのに・・・。 


 「でも、噂では、今年の2月ぐらいに別れたそうですよ」



「えー、そうなんですか・・・勿体無い。

とりあえず結婚して離婚して、慰謝料ふんだくればよかったのに(真顔)」


「(真顔で)アミリンさん、笑えないです」



「冗談ですよ~。にしても指野さんって、

完全無欠じゃないですかー。ビックリしますね」

「でも昔は、社内にライバルがいたらしいですよ」


「それって、南斗六聖拳の使い手ですか?」



「いいえ。普通の人です。昔、GAMにいたそうです。

今はもう辞めてしまったみたいですけどね」



その人から、色々話を聞いてみたいかも・・・。


「(網浜の反応を伺う)」


「どこの部署の人なんですか」



「元秘書課です。もう会社を退職されたそうですよ。

噂では、キャバ穣に転身したとか」


「えーやっぱり、お金稼げるからですかねーー」


「さあどうでしょうね。ああいう世界も厳しいとは思いますよ」

警察官僚の元彼、そして、ライバル的存在か・・・。


きっ気になる・・・。



長畑:長畑の家321号室 リビング(夜)



 長畑だ。


 今、テーブルには夕食の準備が出来ている。


 今日はグラタンだ。犬伏が一生懸命作ったんだ。


 あいつ、最近やたら料理をするようになったな。


 スープと、俺の好物、ササミチーズフライもある。


 ガラスボールに入った大盛りのサラダを台所から運んできた犬伏が、


 よっこいしょっと言いながら椅子に座った。


 

 俺たちは三人で「いただきます」をした。


「うひょお。今日は俺の好物ばっかり~♪

真希ちゃん、ひょっとして、俺っちに惚れ始めてませーん?」

「(真顔で握りこぶしを作り)殴られたい?」

「美味しそうだな」


フォークを持ってグラタンを突き出した東矢が、

すぐに悲鳴を上げた。


「おい、こら犬伏バカ真希。 

グラタンにオクラを入れるなんて、何の嫌がらせだっ」


「オクラとエビの和風グラタンだよ。自信作なんですけど」


「(口に入れ)うん。美味しいよ。」


「ありがとーう」


「酷い!! 俺がオクラ嫌いなのっ、

真希ちゃん知ってるくせにっ!」


「好き嫌いは良くないよ。じゃあ、サラダを食べなさい」


「はぁーい」


東矢がサラダを小皿に取り始めた。

また、すぐに悲鳴を上げた。


「今度はどうした」

「オクラよっ!! オクラが入ってるのよっ!!」

「実は買いすぎちゃったんだよねー」

「嫌がらせよ! こんなの酷いわよ!!」


東矢って、時々オカマっぽくなるよな。


「じゃあフライ食べなよ、フライ」


犬伏に薦められるまま、東矢がフライを箸に取って口に入れた。


「うむ。これは美味であるぞ。真希ちゃんは、天才」

「(真顔で)冷凍食品なんですけど」


 そのとき、リビング前のテーブルに置いてあった俺のスマホが鳴った。

俺は立ち上がってテーブルに向い、電話に出た。



「はい、もしもし、長畑です」

「・・・煉次朗」

「ヒバリ?」


「(振り返って、長畑の背中を不安げに見つめる)」

「(オクラを口に入れ、真剣な表情)」



その電話の声は、妹尾ヒバリ(25歳)だった。

俺の、元彼女。でも、どうしたんだろう。

声が泣いているようだ。


「今、平気?」

「ああ、大丈夫」



「お食事中ですよー。

ラブラブ電話は他所でしてくださいねー」


「(顔を曇らせる犬伏)」






 俺は自分の部屋に向かった。






牧野:実家の寿司屋 店内(夜)






 牧野です。


 時計の針は23時を回っていました。


 店の暖簾はもう閉まってあります。


 お兄ちゃんと一緒に正面入り口から店に入りました。






「ただいま~」 


 


 店に入ると、カウンター席に見覚えのある女性が座っていて、


 お父さんと楽しそうにお話をしていました。




 その人は・・・指野美咲ちゃん、でした。


 ボランティアの人みたいな格好だけど、どうしたんだろう。






「(牧野の方を向き)お疲れ、玉藻ち。遅かったわね」






 ・・・。







牧野「(指野を指さし)


 なんで、美咲が、ここに、いるの???」


「(牧野の後ろから指野を見る)美咲・・・さん?」


 ・・・どういうこと?

 お兄ちゃんが、無言で指野さんの隣の席に座った。




「玉藻、こっちに来なさい。

実は、お前に話さなきゃいけないことがあるんだ」


まさか・・・。


「まっまさか、お父さん! 美咲ちゃんと結婚するの?」


 三人とも狐につままれたような顔をしてる。


 一体、どういうこと・・・?


指野「(苦笑)」



長畑:長畑の家321号室 長畑の部屋 (夜)




俺は自分の部屋に入った。

入った瞬間、壁に貼った大リーガーのポスターが目に付いた。

俺はベッドに座った。


 


「ひばり、どうしたんだ」


「・・・実は、堂間監督がね、この前、亡くなったの」


 


 堂間監督。


 俺が高校生の頃、甲子園で対戦した、朝霞学院高校の監督だ。


 俺は、あの日の試合中、ダグアウトから不敵な笑みを見せていた




 堂間監督の姿を思い出した。そして、その隣に座っていた、


 妹尾ヒバリのことも・・・。

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