第二部第一話Part5『焔(前編)』
牧野:秋田県内 寺の墓地 (午後)
牧野です。
黒いライダースジャケットにスカートをはいてきました。
今は、お母さんのお墓の前に膝をついてお線香を上げています。
牧野ノ家の墓と掘り込まれた立派なお墓。
若藻お母さん(享年32)が、この中で眠っているんです。
私は手を合わせて祈りました。
お母さん。今、天国で何してるのかな?
私のお母さんは、私が12歳の3月初旬、
くも膜下出血で亡くなりました。
小学校卒業式の2週間前です。
母は、私が小4の頃から病気がちになり、
入退院を繰り返していました。
そして、私がお父さんと中学校の制服を作りに
地元のショッピングモールに行っていたときに、
準備中だった実家のお店で倒れてしまったんです。
牧野(回想):9年前 大学病院 個室病室(回想、午後)
牧野です。
小学校5年生のときのことです。
私はお母さんの病院にお見舞いに来ました。
お母さんの病室は綺麗に整頓されています。
お母さんのベッドの枕の脇には、
可愛いビスクドールが置かれていました。
私はベッド脇の椅子に腰掛けて、人形を触ってました。
「このお人形さん、本当に可愛いねー」
「これはね、お母さんの宝物なんだよ。
お父さんに買ってもらったんだ」
「いいなー、タマもこういうの、欲しいよー」
「じゃあ、あげる。」
「本当に?」
「無事退院したら、あなたにあげるね。大事にして」
「(笑顔で)うん」
牧野(回想):8年前 釣掘レストランたまも店内
牧野です。
今度は小学校6年生のときです。
地元の中学生のお兄さん達に、
「お前の家は魚臭い」と延々と馬鹿にされました。
私が歩いている後ろを付いてきて、死ぬほど言われました。
私は走り出して泣きながら店に帰り、
ドアを開いて中に入りました。
カウンターテーブルの布巾掛けをしていたお母さんが、
私の方を見ました。
「あらお帰り、玉藻」
「おかあさあああん」
私は直にお母さんに抱きつきました。
「どうしたの? 玉藻」
「魚臭いって、魚臭いって馬鹿にされたのー」
「まあ、酷いこと言うのね。で、泣いて帰ってきたわけ?」
「手は上げなかったよ。だってお母さんと約束したもん」
「よーし玉藻、偉いぞー。あなたは、本当に偉い子だー」
お母さんが私を抱きしめながら、頭を優しく撫でてくれました。
「(笑顔)」
でもその時、お母さんは急に苦しそうに咳をし始めて。
私は涙を拭いて、お母さんの背中を何度もさすったのを覚えています。
牧野(回想):8年前 実家の寿司屋店内 和室(午後)
牧野です。
あの日、お店の外ではまだ雪が積もっていました。
小学校6年生のとき、
制服を買いに行く直前、私は和室の鏡の前で、
お母さんに長く伸びた髪を結ってもらっていました。
そのときのお母さんとの会話は、はっきり覚えています。
「ねぇお母さん、私、中学には行きたくない・・・」
「どうして?」
「だって、お母さんのこと、心配なんだもん。お店を手伝いたいよ」
「玉藻、ありがとう。あなたは、本当に優しい子ね。
お母さん、その気持ちだけで充分よ。」
「でも・・・(目に涙を浮かべる)」
お母さんは、私の目に浮かんだ涙に気がついて、
指先で涙を優しくはらってくれました。
「玉藻。お母さんね、玉藻には、悲しみすら楽しめるような、
強くて明るい子になってほしい。だから、もうビービー泣かないで」
「(溌剌とした笑顔)うん。わかった」
「(頭を撫でる)よーし、偉い子だ」
この後、私はお母さんに髪を三つ編みに結ってもらって、
お父さんと一緒にデパートに制服を作りにいくのです。
牧野:8年前 実家の寿司屋 外(回想)
牧野です。お母さんと一緒に、
手をつないで笑顔でお店を出てきました
あのとき、私は、強く握ってくれていたお母さんの手を、
簡単に、自分から振りほどくように放してしまったんです。
「(強引に振りほどく)もうお母さん。手痛いよ、放して」
「(苦笑)はい、はい」
そしてお父さんが乗っているワゴン車に向かいました。
「じゃあ、お母さん! 直に帰ってくるからねーー」
お母さんは、笑顔で手を振ってくれてました。
私も手を振りつつ車に乗り込もうとしたのですが・・・。
「ねえ、お母さん!」
「なあに?」
「卒業式は、泣いてもいいんだよね?」
「(笑顔でうなづき)ビービー泣きなさいっ」
それが、私がお母さんと交わした最後の言葉。
私が店員さんに制服の採寸をしてもらっていたとき、
お父さんの携帯が鳴って、お母さんが救急車で運ばれたと聞きました。
すぐに車で学校にいたお兄ちゃんを迎えに行って、そのまま搬送先の病院へ駆け込みました。
それから後のことは、もう、よく覚えていません。
牧野:秋田県内の火葬場前 車の中(午後)
牧野です。
愛車を停めて、運転席の窓を開けて火葬場の煙突を見ていました。
助手席には、お母さんのビスクドールを置いています。
あの日。お母さんが天国に行った日。
待っている間、私は1人外へ抜け出して、
火葬場の煙突の煙を見ていたのを思い出しました。
お母さんが炎に飲まれて、煙になって、消えていく。
なのに不思議と、涙は出てきませんでした。
私は助手席に置いたビスクドールを、
撫で撫でしてあげました。
牧野(回想):8年前 小学校の卒業式 体育館内(回想)
牧野です。
小学校の卒業式は、お母さんの葬儀の2日後でした。
私は、全然泣けませんでした。涙も枯れはてていて、
ずっと一点を見つめていました。
先生の言葉は耳に入らず、他の生徒が歌っていても、
私は歌うことができませんでした。
ずっとお母さんの形見のビスクドールを抱えていました。
そして時折、ビスクドールを見つめていました。
牧野:秋田県内の火葬場前 (午後)
牧野です。
なんだか色んなことを思い出してしまいました。
私は助手席に置いたビスクドールを撫で撫でして、
車のエンジンをかけ、ギアをローに入れて発進しました。
牧野:秋田県内・音楽スタジオの入ったビル 4F(午後)
牧野です。
ヘッドフォンをつけて、
ギターケースを肩にかけてます。
テナントビルのエレベーターの4Fを降りると、
もうそこは音楽スタジオです。
エレベーターが入り口のドア代わりです。
受付のお兄さんは顔なじみ。
受付前の大きな水槽が癒しスポットです。
私は水槽を指で軽く叩いて、熱帯魚を驚かせてみました。
スタジオに来るたび、いつもやります。
「(笑顔で)お魚さん、ひさしぶり」
お兄ちゃんとその仲間達が、
スタジオルーム外の休憩スポットでくつろいでいました。
兄、ギター兼ボーカルの牧野魚雅(23)。
ベースのヒョウロク玉ジョーこと井伏 徹(24)さん。
ドラムのテッポウ豚野郎、桝井幸成(23)さん。
ベース兼ギター&コーラスの私が抜けて、
今は3人のスペルマスサスペンションズです。
「待ちくたびれたぞ、玉藻」
「ごめん。さ、始めよっか」
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