第六話『THE摩天楼ショー』Part1『『傷だらけのペグ』


長畑:居酒屋壇ノ浦 玄武エリア個室 (夜)




 長畑だ。

 今日は沖田さんと犬伏の三人で飲んでいる。

玄武エリアは床が崖のように装飾されているなど、

壇ノ浦の中でもちょっと武骨な雰囲気の部屋だ。

沖田さんは営業事務課の課長の1人だが、

俺達にはさん付けで呼ぶようにと命令するなど、ちょっと不思議な人だ。

ナンコツや海鮮盛り合わせ等、一通りの食事を済ませつつ、

俺と犬伏は沖田さんと話していた。


「二人とも牧野さんの仕事ぶりはどんな感じ?」

「業務上の問題もないですし、正直助かってますよ~」


「性格は?」

「とにかく、凄く良い子です!」

 犬伏の奴、調子のよいこと言ってるな・・・。

「長畑君は、どう思う?」

「えっ・・・問題ないと思います」

「二人とも、嘘は付いちゃ駄目。 色々あったでしょう(二人を見ながら微笑)」

「(すっとぼけた表情)」

さすが千里眼持ちと呼ばれるだけあって、課長はよく見ている・・・。

沖田さんの前では、その場しのぎの嘘は通用しないな。

「ここだけの話。ちょっと、不安を感じるのよね」

「と、言いますと」

「牧野さんって、ある日、

 突然いなくなっちゃうタイプかもって、思っちゃったの」

「(複雑な表情)」

「そんなことないですよ。彼女はしっかりやってくれます」

「うん。仕事に関しては問題ないのよ。

 朝も一番早く来てくれるしね(二人の顔を交互に見ながら微笑)」

「(沖田から背中ごと顔を背ける)」

「入社して2日目の朝だったかな。あの娘、私よりも早く来て

 営業部のみんなのコップを1人で洗ってたの。

 その姿見て、ちょっと感動しちゃったのよね。

 ああ、なんて良い子がウチに来てくれたんだろうって。

 だから、多少の事には目をつぶってあげたんだけど・・・」

「だけど、なんですか?」

「あの子若いし、仕事覚えるのも恐ろしく早いでしょ。見切りをつけたら、

キャリアアップ目指してよそに行っちゃいそうなタイプかなって」


「・・・」


「そんなことないですよ。牧野ちゃんは長くここにいてくれますって」

「どうかしら。彼女のプライベートな情報、真希ちゃん何か知ってる?」

「家ではいつもゴロゴロしてるって言ってました」


「・・・」

「今、家でゴロゴロしてる子が、何で18歳で上京してきたのかしらね」

「さぁ?」

「最初の面接のときに聞いたら、東京に憧れて、どうしても来たかったんですって

言い切られてしまったんだけど、実は何か別の目的があって 上京してきたんじゃないか、て、私はずっと思ってるの」


 さすが沖田課長・・・鋭いな。


「仮に目的があって上京してきたとして、

その目的の目処が立ったら、あっさり退社しますとか

言われちゃうんじゃないかって、今、私は不安に思ってるわけ」 

「・・・なるほど」

「牧野ちゃんはそんなことしないですよ」

「牧野さんは、ここに残っていてくれるかしら(長畑を見つめつつ)?」

「なっ何故俺を見るんですか、沖田さん?」

「あなたと牧野さん、まだやり合っている感じ(ニヤニヤ)?」

「・・・(不安そうに長畑を見る)」

「そっそんなことないですよ。今は普通に話せていますって」

「問題ないですよ。二人はちゃんと上手くやってます」

「それならいいんだけどね。」


 沖田課長は安心した様子で笑みをこぼした。

 牧野さんとの仲か・・・。


「ところで真希ちゃん。実はあなたに自動車免許を取ってほしいの」

「ええ、何でですか」

「その方が営業回りも楽でしょう」

「え~~・・・わかりました。頑張ります」



牧野:3U店内、ライブスペース (夜)


牧野です。

今日は今井さんに誘われて、朝稲小弦ちゃんのライブを見に来ています。

3Uはでかいクラブで200人程度収容可能だそうです。

2階はVIPルームになっているようです。


朝稲小弦、彼女のダンスは天才的な上手さです。歌も上手だし。

見ていて素直に感動しました。

「流石僕の彼女はカッコいい!」

少し離れたところで男の人が叫んでいました。

彼には見覚えがあります。あの夜に会った男の人です。


ライブは会場のボルテージを最高潮に高めて終わりました。

3U、凄いクラブです。


牧野:3U店内、控え室外 (夜)


牧野です。朝稲小弦ちゃんのライブが終わり、今井さんに連れられて、

私は彼女の控え室に招待されました。


「今日の小弦はいつも以上に気合が入っていたよ。きっとキミが見ていたからかな」

「そうでしょうか」

「キミ達はジュリエッタ時代からのライバル同士だろ」

「とんでもないです。私は歌もダンスも負けてばかりですよ。」

「まあ全ては過去さ。小弦はきっと将来凄いスターになる逸材だよ」


今井さんは少し興奮した調子で話しています。


「ただ、問題がある」

「問題?」


今井さんが控え室のドアを開けました。


牧野:3U店内、控え室内 (夜)


控え室に入るなり、私は衝撃の光景を目にしました。

小弦ちゃんは両腕に巻いた包帯を取り外していたのですが、

その腕は傷だらけだったのです。


「自傷行為さえ無くしてくれればスターになれる逸材なんだかね」

「小弦ちゃん」

「あら、玉藻。何しにきたの? ひょっとしてこの間の復讐?」

「今井さんに呼ばれてライブを観に来たんだよ。凄かったよ」

「あらそう、あんたってうっとうしいね」

「え、どうして」

「あたしはこの音楽業界でトップを目指してるの。あんたみたいな瑣末なミュージシャン気取りの女の子と同じ土俵に上がりたくないわけ」

「そんな・・・」

「音楽の世界で20歳はもう若くない。あたしには時間がないの。早くメジャーデビューしてビックになりたいわけ。だからあんたに構ってる暇なんてないの。自分から積極的にアピールしていかないと、 好機なんて来ないよ、ねえ大志、そうだよね?」

「ああ、そうだな・・・」

「私だってビッグになりたいと思ってるよ」

「プロのミュージシャン目指している人間が会社にお勤めとか、マジうける」

「夢への道は人それぞれだよ」

今井「小弦その辺にしておけ。それより牧野さん。音楽をやっているなら、

 今度の小弦のライブの前座をやってみないか?」

「前座?」

「オープニング・アクトとして、ライブの前に曲を披露してほしいんだ。

今後はここを拠点に活動してもらっても構わないよ」

「ちょっと、大志」

「どうかな、牧野さん」

「(二人を交互に見つつ)・・・少し、考えさせてください」

「200人以上収容できる箱で、満員の客、アマでも中々体験できないと思うけど?」

「・・・」

「もしかして、怖いの?」

「!」

「まあ素人同然の人に出られても、客がしらけるだけだし。

 はっきり言って迷惑なんだけど、店長直々のオファーじゃ、

 拒否権はないからね(冷笑)」

「(今井に近づき)・・・やります! 

 ぜひ、オープニングアクトに出させて下さい」

「決まりだ。・・・楽しみにしているよ」

私は、右手を強く握って拳を作りました。

ここまで来たら、後には引けません。

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