第4話Part12『煙が目にしみる』
東矢:六本木ジャズBAR STING カウンター(夜)
東矢だ。夜の20時。
今日はジャズBARに1人で来ている。
ジャズBARだから、店内では小粋なジャズが流れてまくってる。
年齢層は高めだ。
落ち着いた大人の雰囲気の人達で賑わっている。
俺はカウンターの席に座り、
BAR中央に設置されたステージの方を見つめていた。
今日は、俺の、未来の彼女が、ここで歌を歌うんだ。
バックバンドのメンバーは既に揃っている。
後は彼女がステージに立つのを待つだけだ。
何だか、俺の方が緊張してきたぞ。
・・・きた。
なで肩をあられもなく露出した青いスパンコールドレスに
身を包んだ女性が、ゆっくりとステージにやってきた。
BAR店内の客の話し声が止んだ。
ステージに立つ女性の美しさに釘付けになっているに違いない。
そして、彼女はJazzソングを歌い始めた。
Fly me to the moon 定番か?
Cry Me a River 良く分からんが心にしみたわ
俺はジャズに疎いが、
彼女の歌が圧倒的に上手いことだけは理解できる。
歌っているときの彼女は、とても綺麗だ。
・・・ドクロの髪飾りを胸元に差し込んでいなければ、
もっと最高なんだけどなあ・・・。
牧野:カタルーニャ料理店 バルセロナ店内 個室席 (夜)
牧野です。
「お、元芸能人と2世の登場かい。豪華なラインナップだね」
と、狩川さんが美咲ちゃんと長畑さんを見て言いました。
元芸能人は美咲ちゃんの事だとして、2世って何?
「ああ、そうか、あなたは良く知らないわよね。指野さんは元日本一可愛い女子高生で、長畑君はあの俳優の長畑宗次朗の息子なのよ」
「えええええええええ」
日下さんからとんでもない事を聞いてしまいました。まさかあの長畑さんが人気俳優の息子さんだったなんて。
言われてみると似てるかもしれませんね。
「あっそうだ、真希ちゃん。あれ玉藻に渡してくれた?」
? あれってなんだろう。
「あっ今渡しますね」
犬伏さんはそう言うとスーツのポケットからおもむろに私のバレッタを取り出し、手に収めてくれました。
「はい、これ。牧野ちゃんのでしょ。もう失くしたりしちゃ駄目だぞ」
「はわわ・・・これは・・・・私の・・・バレッタ・・・」
東矢:六本木ジャズBAR STING カウンター(夜)
ジャズBARに来るのは初めてだから
いつもより高めのスーツを着てきたんだが、
スウェット姿に金色のネックレスをつけたオッサンもいて、
正直面食らってしまった。
・・・というか、あれ、その筋の人なんじゃね?
彼女の曲が終わり、今度は頭の禿げたオッサンが自慢の喉を披露している。
ジャズBARか・・・何だか自分のキャラには合わないところだ。
「東矢くん」
聞き覚えのある声だ。
さっきまでステージで歌っていた女性が、俺の名を呼んでいる。
・・・森羅聡里さん。
「(女性の方を向き)森羅さん・・・どうも」
「隣、座ってもいい?」
「勿論です。どうぞどうぞ」
森羅さんは俺の横の席に座った。それにしても、素敵な人だ。
俺の方が年上なのに、何故かさん付けしてしまう。
「どうだった? 私、上手く歌えてたかな」
「いや、もう凄いです。感動しました。
今日は人生最高の一日になりそうですよ!」
「ふふ、東矢さんって、大げさね。
実は久しぶりにステージに立ったから、緊張して、
ちょっと音を外しちゃったんよ」
「俺は全然気づきませんでしたけど」
ちょっと訛ってる感じの喋りも可愛いぜ、くっそ。
森羅さんは笑みを見せながら、
胸元に差し込んだ髑髏のバレッタを取り外した。
・・・見えそうで、見えない・・・くっそ・・・。
髑髏のバレッタ・・・
確か、牧野玉藻という娘っ子も身につけていたな。
彼女のものとは似ても似つかないが。
ひょっとして、最近の女子の流行なのか?
「その髪留め、とても刺激的で、可愛らしいですね」
口からデタラメも、ここまで来ると芸の領域だな。
「そう? ありがとう。これね、手作りなの。
私の・・・、友達が作ってくれたんよ」
手作りか・・・。
どうりでハチャメチャな代物なわけだ。
「素敵な友達ですね。」
「ありがとー」
「俺の職場の同僚にも、
髑髏のバレッタを身に着けている娘がいるんですよ。」
「あら、そうなん?」
「まだ18だったかな? すげえ可愛い女の子なんですよ。
最近ドクロが流行ってるんですかね~」
俺が軽い調子で喋っていたら、
森羅さんの表情がみるみる強ばってきた。
やべえ、思わず他の女の話しちゃった。軌道修正しなければ。
「あ、ごめんなさい。どうでもいい話でしたね」
「いいよ。続けて(微笑)。どんな子なの」
「・・・その娘は俺の友達と同じ部署にいて、
俺とはホント、絡みは殆どないんですけどね。
一度ランチで一緒になったぐらいで。
職場でも髑髏のバレッタを付けているので、
やたら目立つ娘なんですよ」
「・・・その娘、なんていう名前なの」
「名前? 牧野さんっていうんですよ。
牧野、玉藻・・・だったかな」
牧野さんの名前を出した瞬間の森羅さんの表情を、
多分、俺は一生忘れることができないだろう。
最初はそれぞれの特別な時計達のために作られた
別々の歯車同士が不思議とかみ合って、
全く異なる新しい時計の部品となって針を回し始めていることに、
このときの俺は、全く気がついていなかった。
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