第3話part最終『彼女とドクロと負け犬の行方』
牧野:洗足池公園・ベンチ 夜
牧野です。東京にきてから半年、マトモな曲がまだ一曲も作れていない私です。
でも、こんな私のことを知ってくれていて、応援してくれる人がいるんだ! と思うと凄く嬉しいです。兄と一緒に叫んでいたスペルマスサスペンション時代から、牧野玉藻という一人のミュージシャンへの脱皮は困難を極めますが、私はいつも一人で頑張っているわけじゃないってことを胸に刻み込んでこれから益々頑張っていこうと思います。
牧野「ララララン、ラララン、ランラン」
東京にきてから半年、ポップでロックな曲を作ろうと苦心しています。やっぱり恋を歌った歌が良いのでしょうか?しかし、私は恋のことは、あんまり・・・。
イメージを浮かばせても、二言目には死を連想した歌詞が浮かびます。兄から受けたデスメタル等の影響は半端ないです。デスメタルも好きだけど、今の私が伝えたいことはデスメタルじゃ伝えられないんです。ポップで可愛らしい恋を歌った歌を作る。それが今の私の目標です。
新生牧野玉藻の第一曲は恋愛ソングにしようと考えています。デスメタルっぽくない歌詞。デスメタルっぽくない歌詞。
メモ帳を取り出して、過去に書いたことのある詞を見てみました。
唐突に好きよって言って あなたの頬をゆるませ
はあ・・私って、
なんでこんなにSっぽい歌詞ばっかり思い浮かぶんだろう。
・・・でも、私は負けない。絶対に負けない。
自分の夢を掴むために、そのために東京に来たんだから。
ボーっとなんてしてられない。
今は正直大スランプだけど、
必ず脱出して、新生牧野玉藻を世間に披露してみせる!!
私はギターをしまい込むと、前髪を留めるためにつけていた
ドクロのアクセサリーがついたミニバレッタを外しました。
これは子供の頃からドクロが好きだった私のために、
死んでしまったお母さんが手作りしてくれたもので、私の宝物です。
母が手作りしてくれたものは、もうこれしか手元にありません。
秋田にいた頃はライブのとき以外つけてなかったのに、
東京に来てからは毎日身に付けています。
お母さん・・・なんであの時、私は子供だったんだろう。
私がもう少し大人だったら、もっとお母さんのお手伝いできたし、お母さんが死なずに済んだかもしれないのに。
きっと、私がお母さんを殺したんだ。
私がもっと大人だったら、もっと親孝行の良い娘だったら、お母さんの病気にも早く気づけたし、きっと助けられたのに・・・。
私はバレッタをぎゅっと握りしめました。
能代舟歌。
そういえば、お母さん、よく店で口ずさんでたなあ。
長畑:洗足池公園前 夜
長畑だ・・・。
正直、へこんでいる。
夜か・・・。
好きじゃないな、夜は。
俺の毎日は、滞りなく過ぎている。
でも正直、俺の中ではもう余生を過ごしている気分だ。
枯れたな。
今から何か新しいことをしようとか、そういう気分にもならない。東矢はプロのミュージシャンになるとか情熱を燃やしてるけど、もう俺は今から社会人野球をやろうとか、演劇をやろうとか、そういう気になれない。
俺は小学校から高校まで、ずっと野球をやっていた。
投手として甲子園にも出たことがある。一回戦で負けたけど。
かなり酷い負け方だった。
9回裏1死満塁。俺らが1点リードの場面で、相手のバッターは4番。周りは完全にゲッツー狙いだった。でも俺は、目の前の4番打者を三振に討ち取ってやろうっていう気持ちで一杯だった。あの瞬間、俺はチームの勝利よりも自分の勝負を優先していたんだ。一方の4番打者は冷静で、よりによってバントをしかけてきた。俺は冷静を装っていたが、内心パニックだった。
ふざけやがって、逃げるのかよ!
っていう怒りの気持ちと、ボールを処理しなければいけない!という気持ちが交錯して、気がつけば、一旦ミットに収めたはずのボールがミットが零れ落ちていた。
同点になるが、1塁に投げて仕切り直せばよかったのに、
俺は何を思ったのかホームに悪送球。
ボールは捕手の足に当たって遥か後方へ。
二塁ランナーも生還。試合終了。
俺は負けた。
勝利を信じていたチームメイト達を落胆させてしまった。
全部俺のせいだ。
俺はあの時、後戻りの出来ない人生の中で最悪の選択をしてしまった。
人生には取り返しのつかないことが沢山ある。
あのとき、もっと俺が全体を見越して冷静になっていれば、
あんなことにはならなかった。
そしてあの日以来、俺の中の何かが切れてしまった。
それから大学に入って親父の影響で演劇にかぶれたけど、あくまでも趣味の領域だ。
気持ちを張って生きてはいるが、時々抜け殻が歩いているみたいで笑えてくる。
今は職場での日常が自分の人生そのものになっている。
しかし最近は、新人の女の子に嫌われ、職場の居心地は急激に悪化。
牧野さんに下手こいて、さっきも酷い言われようだったし。
牧野玉藻、彼女は恐ろしい女だ。
ホラーだ。ちょっと関わってはいけないタイプのイタイ娘だ。
でも東矢と犬伏と日下さんには牧野さんの本性のことを言えない。
あの手帳の中身を、興味本位で見てしまった自分にも後ろめたさがある。
まあああいう娘だ。そのうちボロを出すだろう。
そのときの犬伏の反応が楽しみだ。震えすぎて泣くんじゃないのか?
ん?
なんかコブシのきいた歌声が聞こえるぞ。
公園の方からだ。
見世物か?
牧野:洗足池公園・ベンチ 夜
バレッタを握り締め、『能代舟歌』をアカペラで歌う牧野玉藻。
長畑:洗足池公園 外 夜
長畑だ。
歌声のする方へ言ってみた。
暗くてよく見えないが、誰かが歌っているようだ。
民謡か。プロの歌手か?けっこう距離があるが、声がよく通っている。
すごい声量だ。
この声・・・女の子か。
歌か。
俺にはホントに縁がない世界だな。
そこで歌っている人は歌手を目指しているんだろうか。
夢があるって、いいよな。
夢がある奴は、いいよな。
でも、夢ってやつは残酷なんだ。
どんなに頑張っても叶わない夢がある。
俺はプロ野球選手になりたかった。
ずっとそれだけを追い求めて生きてきた。
甲子園は、俺にとって自分をアピールする最後の場所だった。
でも、結果は酷いものだった。
夢なんて、見るものじゃないのかもしれない。
今歌っている人に教えてあげたい。
夢は見るものを必ず裏切るってことを。
だから、信じすぎるとダメになるから、適度に現実をみて生きていくのが一番賢いんだってことを。
でも何でだろう。
彼女の歌を聴いていたら、俺は自然と拍手をしてしまった。
彼女の歌声が止んだ。俺の手を叩く音に気がついたのか?
牧野:洗足池公園・ベンチ 夜
牧野です。
後ろから音が聞こえました。
手を叩く音? 拍手??
私は頭を90度右に向けました。
!!!
そこに立っていたのは、紛れも無い、長畑煉次朗・・・さん。
もう・・・嫌だ・・・なんでそこに・・・
バレた・・・・
私の正体を知られた・・・
今すぐここで、奴を消し炭に・・・
いや、待って。
早まってはいけない。
「凄いですね。民謡? ですか」
いけない。
長畑煉次朗が笑顔で近づいてくる。
でも幸いなことにまだ私だとは気づいていないみたい。
よし、ここはデスボイスで何とか切り抜ける・・・。
「ふぁい。民謡です(野太い声)」
「!!? え? キミ、声どうしたの? さっきと全然違うけど」
「ふぁはふぁは、私は歌声と地声にギャップがありますので(野太い声)」
「(・・・・ギャップありすぎだろう)」
奴が油断している!
今だ、立ち去るんだ牧野玉藻!!!
「ふぁは、じゃ私はこれでゅで(デスボイス)」
「・・・はっはあ・・・(何言ってるのかわからん)」
私はギターを肩にかけ、
キャリーバックを脇に抱えてダッシュで走りました。
長畑さんの方は見ない。絶対に見ない。
長畑:洗足池公園 ベンチ 夜
・・・長畑だ。
一体なんだんだ。世の中には凄い娘がいるんだな。
地声があれじゃあ、実生活に影響するだろう。
事情により音声加工されている人の野太い声バージョンだったぞ。
ん? 地面が光った。
なんか落ちてる。髪留め?か。小さいな。
5~7cmぐらいの・・・。
げっなんだこれ?!
ドクロの飾りがついているぞ、気味悪い。
ひょっとして、彼女のか?
しかし足が速い。もう姿が見えないぞ。
追いかけようにも、さすがにあの距離じゃあな。
でもベンチに置いておくと変な奴に持っていかれそうだな。
かといって交番に届けるほどのものかというと、悩む。
この公園で歌の練習をしている娘かもしれない。
だとしたら、多分また会うこともあるだろう。
そのときに渡してあげよう。
暫く会わなかったら、交番もとい網浜に届ければいいか。
・・・さてと。
いいもん聴けたし、家に帰って飲みなおすか。
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