第3話part8『猟奇的な牧野』

長畑:東急池上線 電車内 (夕刻)



長畑だ。

俺の計算された動きによって、無事に座る席を確保できた。

牧野さんは俺の隣に座っている。

電車内は騒音があるため、あまり喋る気になれない。


しかし今はそんなことを考えている場合じゃない。

何とかできる限り牧野さんとの距離を近づけなくては。

「そっそういえば、今日行ったお店はどうだった」

「え? ああ、あの居酒屋ですか。凄く美味しかったです」

「そうか、よかった。あそこは俺達のお気に入りなんだ」

「そうなんですか。私もあの店、気に入りました。とても雰囲気のいいお店ですね」

 「そうでしょ。まあ見つけたのは俺じゃないけど」

 ほっ。

 どうやら牧野さんは壇ノ浦を気に入ってくれたらしい。

 牧野さんが、自然に笑顔を見せた。流石に可愛い。

 もしかしたら、俺は彼女のことを勘違いしていたのかも。

 ちゃんと普通に会話してくれるし、彼女が俺に冷たかった理由は知らないが、きっと乙女の気まぐれみたいなものだろう。

 ・・・というか、周りの男共の視線を感じる。

 どいつもこいつも、牧野さんをチラチラと見ているようだ。

 無理もない。

 思わず二度見したくなるような可愛さだものな。

 「あのお店、名前なんて言うんでしたっけ」

 「名前? ああ、壇ノ浦っていうんだよ」

 「壇ノ浦・・・ってあの平家と源氏の壇ノ浦ですか」

 「そう、その壇ノ浦。」

 「ちょっと忘れないように書いておきますね」

 そう言って、牧野さんはいかにも女の子が持っているような分厚い手帳をカバンから取りだし、空白のページを開いた。

 ・・・・空白?

 いや、空白じゃなかった。


 地獄の果てで貴様とダンス


 お前の命を削り取る

 滅せよ 

 

 撲殺 


 乳母車でひき殺せ


 

 一瞬だけだが、そんなような言葉が書き連ねられていた。

 他にも難解な漢字で、彼女が開いたページは埋め尽くされていた。それでもわずかな空白はあったが・・・。


 牧野さんは、その空白部分に、赤いペンで『壇ノ浦』と漢字で書き込んだ。俺は、見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。?

 やばい・・・この娘、ヤバイ・・・・。

 狂気だ。

 とてつもない狂気を内に秘めているぞ。

 牧野玉藻、彼女は危険な女だ。

 きっとムー大陸琉球説とかの信者に違いない。

 危ない、危なすぎる。

 ちょっと心の中に芽生えていた淡いものは消失したよ。

 あと一駅・・・。 

 「長畑さん」

 「はいいいいいい」

 「!! どっどうしたんですか」

 「あっ・・・いっいや、なんでもないです、本当です」

 「はあ・・・。あのお店の魚、凄い新鮮で驚きました。思わず地元を思い出しちゃいましたよ(笑)」

 「へえ。そう、なんだ。」

 俺は今、キミの猟奇的な本性に一番驚いてるけどね。

 「長畑さんは実家はどこなんですか」

 「え? 俺、みっ三重だよ?」

 いかん。不用意に俺の秘密を漏らしたら、何をされるかわからないぞ。。。 家に俺の顔写真を貼り付けた釘人形があってもおかしくない。

 「(なぜ疑問系?)みっ三重県ですか。私一度も行ったことないなあ。」

 ご縁がなくて何よりです。おい!! 池上線!! 頼む!! 

 俺を!! 早く俺を洗足地に連れて行ってくれ!!

 このままでは、俺の精神が持たない・・・。

 「まっ牧野さんの実家は確か、秋田だったよね」

  コリン星とかじゃないですよね?

 「そうです。あれ、何で知ってるんですか(笑顔)?」

 「あっあの、最初に来たときの挨拶で言ってたじゃない。」

 「そういえば、・・・そうだったかも。凄い、覚えててくれてたんですね。嬉しいです」

 そう、確か初日の挨拶で言っていた。緊張していたのか、自分の名前を噛んで、マキタ・・牧野玉藻です、とか言っていた。

 ちょっと面白かった。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 あと一駅。電車のドアが開いた。

 ! おおっと!! 

 小さい男の子連れのお母さんが乗ってきた!!

 さあ、長畑煉次朗、これはチャンスです。

 「(立ち上がり)どうぞ! ここ座ってください」

 「え? 」

 ええい、面倒くさい。ここは子供から攻め落とせ。

 「坊や、ここ座っちゃいなよ」

 「・・・・(誰キャラ?)」

 子供が牧野さんの隣に座った。これでよし。

 「すいません」

 いいえ、どういたしまして。

 と思ったら、牧野さんも立ってお母さんに席を譲った。

 これは衝撃の展開。しかもなんか妙に笑顔だぞ、怖い。

 「あっ牧野さんは座ってた方がいいよ」

 「大丈夫です。お尻ならもう痛くありませんよ」

 「本当に? ごめんね。」

 「気にしないで下さい。あれは事故ですよ」 

 事故か・・・。まあ、確かに事故だ。

 俺には全く他意はなかったし。 

 次は洗足池というアナウンスが流れた。

 「あっもう洗足池か。あっという間だね」

 「そうですね」

 その後、微妙な沈黙が続いたが、牧野さんの表情は優しかった。

 電車が止まり、ドアが開く。

 「じゃあ、牧野さん。降りようか」

 「はい。」

 ・・・牧野玉藻・・・か。

 危ない女の子だけど、同じ職場の仲間だし、何とか上手くやっていかないとな。

かなり危険な趣味嗜好の持ち主なのが玉にキズだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る