第3話part7『追跡長畑さん(後編)』

東矢:洗足池駅前 (夕刻)


東矢だよ。

何とか今日も無事に終わったよ。久しぶりに直帰しちゃったぜ。

家に帰ったら、ボーっとしよう。ああでも、今日は飲むんだっけか。まあ始まるまでボーっとしていよう。酒はれん坊が買ってきてくれるから、俺はもう何もしなくていいや。呼吸だけしていればいいや。


長畑:東急池上線 五反田駅ホーム(夕刻)


長畑だ。 

俺は今、家路を急いでいる。

五反田駅のホーム内では、

サラリーマン風の人たちが列を作って電車を待っている。

俺もその中の3列目に混じっている。

そして、俺の隣には牧野玉藻がいるわけだ。

ああ、やばいなあ、この空気。

しかし、ここまで来て一緒に帰らなかったら、

どう考えても俺が牧野さんを避けたみたいな感じになる。俺は、牧野さんのことを別に何とも思ってないんだぞ!っていうアピールをするためにも、ここは耐えなければ・・・。何か、話すことはないだろうか・・・。


牧野:東急池上線 五反田駅ホーム(夕刻)


洗足池。あの大きな公園があるところですよね。私に凄くインスピレーションを与えてくれそうな、そんな場所になりそうな公園です。創作活動に行き詰ったら、ベンチに座って池を眺めようかと思います。さっきから長畑さんが私に話しかけてきてくれるけど、顔が笑っていなくって、ちょっと怖いです。

 ああ、やっぱり私はこの人にあまり良い印象を与えていないんだと思います。居心地のよい職場にするためには 逆にここはチャンスです。これまでの全てを挽回し、長畑さんのことは嫌いだけど、とりあえず表面上は仲良くできるんです、という社交的な女アピールをしなければ・・・。

「節約してるんだ。偉いね。僕も一応節約してるつもりだけど、なんだかんだ言って使っちゃうんだよね(苦笑)」

 あっ長畑さんが笑った。ちょっと笑顔が引きつっているけど、ここは私も笑っておくべきでしょう。

「えっえ~~使っちゃうんですか(笑い)。駄目ですよ、ちゃんと我慢しないと(笑い)」

 「(!)そっそうだよね、我慢しないとね」

 「我慢は大事です。私も今・・・」

 おっといけない。自分の秘密をばらすところでした。欲しいベースがあるけど我慢してる、なんて言ったら、色々突っ込まれて面倒なことになります。

 「? 今、何」

 「なっ何でもありません(怖い顔)」

 「そっそう(怯えた表情)」

 間もなく電車がきます、というアナウンスが流れました。

 「・・・座れるかなあ」

 「ふえっ」

 「始発駅での席取りは戦いだからね。みんな真剣すぎる。かくいう俺も、座れなくても別にいいや的な発想にならないし」

 「そっそんなに真剣になるものなんですか」

 「周りの人たちを見てご覧って。目がマジだから」

 そっそう言われてみてみるとこの瞬間だけ・・・みんなちょっと怖いような・・・。

 「2列目までなら安全圏だけど、3列目になると運の要素が出てくるよ。電車に入った瞬間に左右どちらに流れるか、を前の列の人たちの動きを見ながら判断するんだ。それが座るコツかな。」

 「そ・・・そうですか」

 「ちなみに自慢じゃないけど、僕は一度も座れなかったことはないよ(ドヤッ)」

 自慢じゃないと言っている割にはドヤ顔なのは何故??

 「そっそうなんですか。座れるかどうかにそんなに真剣になってる人がいるなんて、私、初めて知りました。私はいつも立ってるんで」

 「ええ!! なんで!?」

 「立っている方が、気楽なので」

 「・・・・」

 「・・・・あの、長畑さん」

 「・・・え」

 「そんな異星人を見るような目で、私を見ないで下さい」

 と、私は冗談っぽく言ったつもりなのに、

 長畑さんはその後も暫く痛い人を見る目で私を見ていました。

 一体、長畑さんは私をどんな人間だと思ってるんだろう。

 なんか、すごい勘違いされてそうで、怖いんですけど。

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