第3話part6『追跡長畑さん』前編

長畑:海岸通り コンビニ付近 夕刻


はっ牧野さんがこっちを振り向いたぞ。

でも直ぐに前を向いて歩き始めた。

一体なんだって言うんだ?


牧野:海岸通り コンビニ付近 夕刻


ビックリした。なんで長畑さんが後ろにいるの??

うう、こういう場合どうしたらよいのでしょう。

一応職場の先輩だし、挨拶した方が・・・。

でも向こうは気がついてないみたいだし、

とりあえずこのまま歩こう。


・・・そういえば、今日私は長畑さんに酷いことを言いました。

ランチ会で、長畑さんは付き合うならどうかという質問に、私はつい本気で否定してしまいました。

あのときの長畑さんの顔、・・・まるで顔なしみたいでした・・・。


いつも元気でちょっとおせっかい風な長畑さんが、まさかあんな顔になるなんて・・・今は少しだけ反省しています。

私は長畑さんのことは好きじゃないし、苦手な先輩ですが、同じ職場だし、何とか表面上は上手くやっていかないと・・・。


ああ、頭が痛い。お腹が痛い。お尻はさっきからずっと痛い。もう最悪です。早く家に帰ってヌクヌクしたいです。あっ品川駅が見えてきました。とりあえずさっさと切符を買って電車に乗りましょう。ああ、もう早く定期を買わなくっちゃ。


長畑:品川駅構内 自由通路 (夕刻)


長畑だ。

この時間帯の品川駅は人で溢れている。

ウチの会社の人は、殆どが品川駅に向かうんだ。

そこから京急に乗る人、山の手線に乗る人がいるわけで。新幹線が止まるわりには、規模が小さめの駅でもある。新幹線の駅がない三重県出身の俺は、名古屋から東海道新幹線で東京にやってきた。実は最初に降りた駅が品川だったりする。

俺にとって品川は、初めて知った東京の駅なんだ。

だからだろうか、構内を歩いていると、ちょっとだけ昔のことを思い出す日が多い。

だがしかし、さすがに今日はそんな気分にはなれない。

これだけの人ごみだと、流石に牧野さんの姿は見えなくなった。 

ちょっと安心したぜ。

別に後を付いて行ったわけじゃないけど、

いざ駅でばったり会っても、話すことはそんなに無いし、軽い罰ゲームだ。

今日は家に帰ったら夜会だし、酒で嫌な事を忘れてしまおう。

さて、2番ホームに向かうか。


牧野:品川駅構内 2番ホーム(夕刻) 


牧野です。

試用期間の3ヶ月が終わったら、交通費が月1万円まで支給されるそうなので、それまでは何とか節約しておかないといけません。

・・・電車はまだ来ませんね。



 ! 



・・・。


どうやら長畑さんの方が先に来たようですね。


長畑煉次朗。


彼は今、私の左側、15メートルほど先に立ってます。どうやら私の存在には気がついていないみたいですね。2番線側に並んでいるということは、長畑さんは私と同じ、渋谷・新宿方面の電車に乗るんですね。同じ職場の先輩で、社員さんだし、

ここは一声かけた方がいいのかな。どうせ私は五反田ですぐに降りるし、それぐらいなら耐えられます。でも、どうせなら、降りるときにちょっと挨拶するぐらいにしよう。話すことはないけれど、お昼のことを、謝りたいというか、思わず本心が出てしまったんですけど、一応否定しておきたいんです。


牧野:山の手線 電車内 (夕刻)



 牧野です。

長畑さんはぼうっとした様子で窓の景色を眺めています。私の隣には、リクルートスーツ姿の女の子が立ってました。私と同じ年ぐらいかなあ。学生さんは大変ですね。

私は就職活動とは無縁だったので、リクルートスーツを着たことはありません。東京に来てからは、世の中のニュースとか沢山みて、世間の厳しさを知りました。

私の隣にいる就活の女の子の心の中には、希望の二文字はあるのでしょうか。それとも、彼女の心は、どこまでも深い不安という闇で一杯なのかなあ? 

私はこれからミュージシャンとして、自分を表現しつつも、同世代の男女に楽しみを与えれる人になりたいです。ということで、今日も家に帰ったら、路上ライブをします。

東京に来てから、まだ1曲も作れていないので、暫くはお兄ちゃんにもらった曲か、カバー曲をやりますが。


アナウンス


「次は~五反田~五反田~」


おっと、降りなくっちゃ。


・・・・長畑さんは・・・・。 


どうしたんだろう。ボーっとしてる。うう・・・ちょっと話しかけづらいけど。



長畑:山の手線 電車内 (夕刻)



長畑だ。

もうすぐ五反田に着くな。

ここまで来れば、もう牧野さんに会うこともないだろう。

彼女との会話が想像つかない。終業時には、彼女の尻を肘で小突いてしまった。

我ながら最悪だ。明日、牧野さんと話さなくっちゃいけなくなったときの会話でも想像しておくか。


「ボンジュール」

「コマンタレブー」

「io sono長畑」

「イオソノ・たまも、まきの」

「昨日のランチは楽しかったですか」

「はい。とても楽しかったです(大嘘)」

「私もとても楽しかったです(大嘘)」

「はい。ぜひまた今日もご一緒させてください(大嘘)」


・・・いや、違う。

牧野さんは、またご一緒させて下さいなんて、そんな社交辞令的なことは絶対に言わないタイプだ。というか、そもそもボンジュールという、ツッコミ役の俺の渾身のボケに、コマンタレブー等という、かぶせ気味な返しボケはしてこないはず。

落ち着け、落ち着くんだ長畑。

牧野さんとの会話を全力でシュミレーションするんだ。

「長畑さん。」

そう。多分彼女はそんな棒読みっぽい感じで話しかけて・・・。

ん?

俺は声のする方を向いた。

・・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

え・・・~~~っと、

べデルギウス星が、俺が生きている間に爆発する確率を計算しようかな。

って・・・・・。

牧野・・・・玉藻が・・・いる。

俺の目の前に、牧野玉藻が立っている。

「お疲れ様です、長畑さん(無表情)」

 お疲れ様です?!!

「・・・(無表情)」

「あっ・・・ああ、あの・・・うん、お疲れ様」

「電車が一緒になるなんて、凄い偶然ですね(棒演技)」

「そっそうだね。凄いね。ハハハ」

「うふふふふ(無表情)」


おい!! 何をやっているんだ山の手線!! 

もっと飛ばせ!! 光の速さで、早く俺を駅に降ろせ!!

そうでもないと、俺の心が・・・もう・・・駄目になってしまう。だって、彼女、すっごい無表情なんだもん・・・・すっごい怖いんですもの。可愛いのに、怖いんですもの・・・・

・・・五反田に着いた。よし、降りられるぜ。

おっ牧野さんの顔に生気が。

「あっ。あの今日は色々迷惑かけっちゃったかもしれなくって、その・・・すいませんっした!!」

「え・・・。」

「あの・・・また機会があれば、ランチとかご一緒させてください(笑顔)」


・・・・。

 あれ? 

これは俺の妄想? それとも現実?

いや、現実だ。

彼女、牧野玉藻が、今、全力で心にもないことを言っている。

しかも、凄い可愛いらしい笑顔で言っている。

「ああ、うん。勿論、犬伏さんにも言っておくよ」

「はい。じゃあ」

「じゃあ」

「俺、ここで降りるんで」

「私、ここで降りるんで」

・・・・・。

 あれ?

  俺、五反田駅で降りたけど、牧野玉藻も降りたんだけど。


「・・・・・」


「・・・・・」


  電車が発車した。


 でも、俺と牧野さん。どっちもピクリともしない。

 「そっそういえば帰り道一緒だったね」

 「そっそうでしたね」

 「よかったら一緒に帰らない?」

 俺がそう言うと、牧野さんはしばし無言の後、

 「いっいいですよ」

 と言ってきた。

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