第3話part2 『長畑煉次朗、会心の一撃』
長畑:レインバス本社 営業アシスタント部署内
長畑だ。仕事は終わった。これから帰ろうかと思う。
「長畑さーん。お先に失礼します」
「ああ。お疲れ様、アホネン。また明日」
今日という一日は、良い思い出として俺の心に残らないだろう。
最悪だった。
この先、生きていくことにも希望が持てない。
年齢とともにビフィズス菌は減少するそうだが、今日一日でごっそり持っていかれた気がするぞ。家に帰ったら乳酸菌飲料をガブ飲みしよう。
牧野玉藻。
はっきり言って彼女は可愛い。
端正のとれた顔とは裏腹に猫みたいな目も愛くるしい。ちょっとなまり気味な喋り方も素晴らしい。だがしかし、彼女の存在が今の俺には頭痛の種になり始めている。
「牧野さん。サインするからアレ持ってきて」
「あっはい(牧野、長畑の後ろにやってきて背を向ける)」
アレってなんだ。いや、そんなことはどうでもいい。
そうだ、明日使う資料を出力しておくか。
俺は立ち上がろうと椅子を回転させた。
っと、右ひじにふんわりとした感触がのっかる。
「つっ! いたっっ(牧野、臀部を押さえ悶絶)」
「!!」
一体何が起こったのか、俺にはわからなかった。
「ちょっと、牧野さん大丈夫?!」
やってしまった。
俺の名前は長畑煉次朗。25歳、独身。
18歳の可愛い女の子の尻に肘を入れてしまいました。
しかもけっこう強めに。
・・・・な
ん
て
こ っ
た・・・・
あの、牧野玉藻さんがお尻を押さえながら悶え苦しんでいるではないか。。。俺は立ち上がった。そして尻を押さえつつ腰を曲げて、周囲を徘徊している牧野さんに駆け寄った。
「ごめん。本当にごめん、大丈夫?」
「だっ・・・大丈夫ですっ(とても険しい顔でライオンの鳴き声を出す)」
そのとき、俺ははっきりと自分が狩られる側の人間であることを悟った。
牧野玉藻はハンターだ。俺を狩る、メスライオンなんだ・・・・。
犬伏:レインバス本社 営業アシスタント部署内
夕刻
PCに向かい合ってると目が痛くなる。
仕事は無事終わったけれど、あたしにとってはこれからが本番。
まずは牧野ちゃんのアレ、なんていうんだっけ。
「牧野さん。サインするからアレ持ってきて」
「あっはい(牧野、長畑の後ろにやってきて背を向ける)」
どうやらアレで通じたみたい。
アレで通じるならまあいいや。思い出さなくてもいいや。最近ちょっとアレとかコレとかが多くなってきた気がする。あたしまだ25なのに。25歳ってまだ若いじゃん。なのにもう記憶力に異常が・・・。
「! いたっっ(牧野、尻を押さえ悶絶)」
今、牧野ちゃんの声がしたけど気のせいかな。
「おおお・・・・うおおおお・・・」
気のせいじゃないみたい。あたしはデスクから立ち上がって牧野ちゃんの声のする方を見た。牧野ちゃんは老婆のように腰を折り曲げて、お尻を押さえつつ周囲を徘徊している。近くのれん坊は呆然とした表情でその光景を見ている。
一体何があったの?
まあいいや。今はそんなことよりもGAMの副代表、指野さんにメールしよう。
あたしは座って、再び、PCと向かい合った。
「犬伏さん、タイムシートお願いします(苦悶の表情)」
「(タイムシートにサインをしながら)どうしたの? 牧野ちゃん。」
「長畑さんの肘があたしのお尻に当たっちゃって・・・うう痛い・・・痛いんですよ・・・」
「あらやだ! 大丈夫(牧野にタイムシートを渡す)?」
「はい。。。なんとか意識はあります・・・」
まったく、れん坊の奴何やってるの?
「(立ち上がり)ちょっと長畑さん、気を・・つけ・・・て・・・」
・・・・長畑煉次朗は、デスクに両肘をつき、両手で顔を覆って小刻みに体を震わせていた・・・・・
長畑の隣の席の伊丹さんが煉次朗に同情の視線を送っている。
あたしは牧野さんの方を見た。彼女は痛みを堪える表情をしつつも、何事もなかったかのように帰り支度をしている。
なので、あたしも何事もなかったかのように座ってみた。
「(立ち上がり)お先に失礼します」
「あっはい、お疲れ様。また明日ね(手を振る)」
どうやらアクシデントが起こったみたいだけど、
昼の件も重なって、れん坊は大きなダメージを受けたみたいね・・・。
まあ、・・・とっとりあえずメールを送りましょう。
見なかった! あたしは何も見なかった!!
忘れる技術って、大事だと思う。
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