第2話part14『アホネンの暗躍♪』

犬伏:壇ノ浦 女性用化粧室内


あたし、犬伏真希はいつもよりも長めに顔を整えながら思考していた。時間稼ぎといわれたら、否定できない。でもやっぱり考えたい。あたしの中で楽しいランチタイムになるはずの今日が、予想外の展開を迎えているから。

まず、牧野さんのれん坊に対する態度が、あたしの予想と違う。確かに牧野さんはちょっと人見知り激しそうなイメージあるけど、慣れた相手には懐くし、むやみに人を避けたりはしない娘っ子。元気だし、挨拶もキチンとできる常識のある娘というのがあたしの第一印象。彼女がアホネンと上手くやれるのは予想外の収穫だった。

だけど、れん坊に対する牧野さんは全く違う。

牧野さんは、明らかに、れん坊を避けている。 

・・・れん坊・・・長畑煉次朗は、

入社3年目で、男性ながら営業アシスタントの主力として活躍してる。義理堅さとクレーム対応の上手さ 、処理の正確さと速さ、クライアントへの尋常じゃない気配りの細かさ、その他諸々・・・。とても入社3年とは思えない優秀な社員で、営業部の人達からも信頼が厚い。そんな優秀なれん坊に謎の人見知り炸裂中の牧野さん。

 これがまったくわからない。東矢君みたいなチャラ男とは遺伝子の構造からして違うっていうのに。極まれに外勤で営業担当と外回りに行くこともあるけど、彼の方が戻りも早いし。

 最近は私の方が外に出ることが多くなってきたし。ずっと会社でヌクヌクしたいのに。今日も午後はクライアント回りだし。ああもう最悪。・・・そんな個人的な愚痴を言っている場合じゃない。

 牧野さんにとっては、あたしよりも長畑の方が絶対に良い見本になるはず。というかあたし仕事中に堂々とじゃんがりこーん食べてますけど。。。牧野ちゃんにも食べさせてますけど、こんな先輩で大丈夫かしら。 

 なんで沖田さんはあたしを牧野さんの教育担当にしたのか謎だ。まああの人は思慮深いから、何か理由があるのかも。れん坊はわりと必死に牧野さんと絡もうとしているけれど、完全にスルーされているみたい。

 これは何かあるな。絶対に何かあるな。あたしはマスカラを塗りながら、眉毛の手入れをしながら考えた。

 ・・・!

 そうか、わかったぞ。そういうことか、牧野さん。

 そうねえ・・・れん坊は眉毛も勇ましくて、典型的な男らしい顔立ち。肌も健康的な色をしている。正直、あたしは東矢君よりもれん坊の顔の方が好み・・・。おそらくは牧野さんも・・・・。

 よしよし。

 それとなく、探りをいれてみましょうか!


アホネン:壇ノ浦 ソファの4人席


 アホネンでーす。長畑さんは、まるでこの場に私しか居ないかのように、どうでもいい午後の業務の予想をひたすら私に話してきます。こんなことは初めてです。とても鬱陶しいです。普段は犬伏さんと全然仕事と関係ない話をしていますが、今は完全に職場の長畑煉次朗と同じ顔になってます。

 よほど牧野さんに、俺仕事出来るぜアピールがしたくて、もう必死なんでしょう。しかし、せっかくのゲストを邪険に扱うのは最悪のパターンです。ここは私が牧野さんの相手をしましょう。

 「今日は何とか残業しなくてもすみそうだね」

 「そっそうですね」

 「でも営業が大口受注を取ってきたら忙しくなりそうだ」

 「そんな容易くはいきませんよ、ねえ玉藻」

 と、私が牧野さんに目線を向けると、彼女はビクッと体を反応させました。

 まさか自分に振ってくるとは思っていなかったのでしょう。

 完全に気が抜けていたようです。 

 「そっそうですね。先のことはわかりませんし(オロオロ)・・・」

 「みっ見てください、長畑さん。牧野さんもそう言ってますよ」

 「う・・・うん。まあ・・・そうだね。わからないね・・・」

  そのときでした。牧野さんは一瞬、ほんの一瞬ですが安堵の表情を見せたのです。そして長畑さんと目が合っているのに視線を外そうとしませんでした。

 まずい。私の中では、牧野さんは長畑が嫌いで何とかこの場を立ち去りたくて仕方がないんです、という状況だと思い込んでいましたが。

 牧野玉藻という人は意外と社会に対する適応力が高い! 長畑さんのことは大嫌いで正直早く死んでほしいけど、職場の先輩だし昔の事は水に流してソツなく振舞おう・・・と、いう方向に心境が変化し始めている可能性が高い!

 しかし、そうなると、この後戻ってきた犬伏さんが、遅かれ早かれ二人の雰囲気に気づいて、間に入って話を回しはじめる。

 ここは私が牧野さんと話せるところを先輩二人に徹底的に見せ付けて、私がランチタイムの主導権を握らなければ・・・!!

 それが出来れば、社交的なアホネンさんのイメージを強調できますしね。

 「あっそうだ。牧野さん」

 長畑さんが動いた。

 牧野さんは長畑の方を見ている。瞳には先ほどまでの邪気がない!

 「はっはい。なんですか・・・」

 「(長畑を遮り)そっういえば牧野さん、今日はゲストでしたよね。

いっぱいお話を聞かせてください」

 長畑さんが口を開けたまま私を見ていますが気にしない。

 牧野さんの瞳が私を映し出しました。

 「お話ですか? 何を話せばいいんでしょう」

 「私は実家住まいなので、一人暮らしの苦労などを聞きたいですね」

 よしよし。掴みはオッケー。

 悪いですね長畑さん。ここは私に仕切らせてください。

 「一人暮らしの苦労ですか? う~んありすぎて困りますね」

 あり過ぎて困る。と言われると私も困ってしまいますね。しまった。うまく会話が繋がらない。このままでは沈黙になってしまう。

 「とりあえず入居前の敷金礼金の高さには驚いたな」

 「! そう。私もそれには驚きました。家賃だけでいいのかとばっかり思ってました」

 !!! 牧野さんが話しに乗った! ばっ馬鹿な!!

 「後は夏場の電気代が凄い。泣ける」

 「それわかります! 私、指野さんと節約したんですけど、1万超えちゃいました」

 「うむ。ボクも去年は1万超えたな。今年は色々あっただろ。だから男二人と女一人でウチワを仰ぎあったんだよ」

 「男二人に女一人って、長畑さん女性と住んでるんですか」

 「ああ、そう。東矢っていう営業部の人と秘書課の日下さんと、あと犬伏と一緒に暮らしてるんだよ」

 「そうなんですか。仲いいんですね」

  なっ・・・なんなんですか。この普通な会話。

  しかも牧野さんが、長畑某を長畑さん、と呼んでいる。

  そして私は置物と化す。どういうことですか。どういうことなんだこの野郎。

  牧野さん、あなたは・・・長畑さんが憎らしくて今にも殺したかったんじゃなかったの? なんで宿命の敵とそんなに笑顔で話せるわけ? 

 日本人わかりません。私にはわかりません。

 所詮外人でボキャブラリーの少ない私には分かるわけがない。 

 まずい。

 この状況でお喋りの犬っ子が帰ってきたら、

 普段以上にまずい事になる。

 楽しく喋る3人。

 黙々とご飯を食べる私。

 という嫌な構図が出来てしまうでしょうが!!

 なんとしても、それだけは阻止しなければ。 

 今の私から牧野さんを取ったら、何も残らないんだ!!

 「そうだ。今日牧野さんは奢りだからね、僕の」

 「ほっ本当ですか。あ・・・ありがとうございます」

 そのとき、私の頭の中に電撃が走り、名案がどこからか顔を出してきました。

 これだ・・・!

 この苦境を打開して、ながれをじぶんにひきよせる・・・

 ホウホウハ、モウコレシカナイ!! 

 私は長畑さんの肩をポンポン叩きながら牧野さんの方を見ました。

 「何を言ってるんですか長畑さんっ」

 「へ」

 「おごるのは、この私でしょう!」

 「? ・・・えっと」

 「(申し訳なさそうな顔で) アホネンさんだったんですか。ゴメンナサイ」

 「本当に・・・・・・まったくもう。

 長畑さんは後輩の手柄を自分のことのように言うなんて、酷い人ですよねえ~(嫌味っぽい言い方)」

 「・・・」

 牧野さんの瞳からは再び邪気を感じます。長畑さんを軽蔑の目で見ています。

 よし、よし。

 これでよし。

 成り行き上、奢ることになったのはイタイですが、

 これも私が主導権を握るため。そのためならば問題ないのです。

 「気にしなくてもいいんですよ、牧野さんはゲストですからね」

 と私が言ったところで、長畑さんが私に顔を近づけて小声で囁いてきました。

もしこの状況が、長畑煉次朗を主人公、牧野玉藻をヒロインとした恋愛小説ならば、

今の私の行動は完全に物語序盤のおじゃま虫です。読者にはアホネン最低、死ね、などと思われてしまうでしょう。しかしこれは現実に起こっていること。物語ではない。私は物語の主人公ではない。

 というか私が主人公の物語なんて、私自身が読みたくない。

 「アホネン、いいのか?」

  これが恋愛小説で主人公長畑、牧野さんがヒロインなら、彼はアホネンてめえぶっ飛ばすぞとでも言ってくる、若しくはそのような感情に至るのかと思いますが、案の定、この男の中はお金しかないようです。

 これが現実。

 現実の世界なんですよ。

 私は知ってます。

 長畑某のデスクにお釣りを入れる貯金箱があることを。お釣り貯金などとのたまって、金を入れるたびにほくそ笑むあなたのことを。

 長畑煉次朗。彼の弱点は、実はケチなのに先輩風吹かせて見得を切ろうとするところです!

 私は長畑さんの方を向いて、最高の笑顔で牧野さんには聞こえないように返してあげました。

 「お世話になってますから。たまには奢らせて下さい」

 長畑さんは何を思ったのか、酷く感動したような表情をみせました。そしてうんうん、と頷いて近づけた顔を元に戻しました。牧野さんのあなたへの好感度が下がったのも知らずに。おろかなり。

 っと、そこへ犬伏さんが戻ってきました。ちょうどいいタイミングです。

 さらに直後に四人の食事が運ばれてきました。

 この壇ノ浦が昼からにぎわっているのは、注文してから持ってくるまでの速さもあるでしょう。お盆ごとにそれぞれの席にランチが置かれました。私が頼んだ壱の内容は、ハマチの刺し身とお吸い物、ご飯に煮物の小鉢。これで750円ならば大満足でしょう。昼から刺し身というのもたまにはいい。野菜の参は、今日は野菜スパゲッティのようです。ヘルシーで美味そうですね。魚料理の弐は・・・、今日はサバの味噌煮でしたか。割と普通でしたね。

 ん? 

 牧野さんがみなさんの食事と自分のを見比べています。特に心は長畑さんのサバミソに傾いているように見受けられます。そういえば、先ほど一旦は弐を頼んでいましたからね。

 「うわ~、すごい。どれもおいしそうですね」 

 「だよね。あたしはパスタだし」

 「この刺し身はハマチという奴ですね。ハマチは」

 「へぇパスタも出すのかこの店は。相変わらず読めないな」

 「本当に予想外だよね。あっでもれん坊のサバもおいしそう」

 「そうか? 別にどこぞの定食屋のと変わらない感じだけど」

 「バカね。艶が違うのよ、艶が。サバミソ鑑定士3級のあたしをなめないでよ」

 「3級って、誰でも取れそうなんだが・・・」

 「(爆笑したいのを必死でこらえる)」

 「うるさいな。早く食べようよ、ね?牧野さん!」 

 「はっ・・・はい」

 「お腹空いた! いただきます」

 「いただきます」

 ・・・アレワタシ 置物  ニナテマセンカ? 

 あの、このハマチの刺し身は意外と美味しそうじゃありませんか?

 「あっ牧野ちゃんは刺し身を選んだんだ。美味しそう(モグモグ)」

 チョトマテクダサイ! イヌフシサン ワタシモデスヨ。

 「そうですか」

 「いいなあ。今度来たときは壱にしよう(モグモグ)」

 「食べながら喋るなよ、汚いぞ」

 「うるさいな、ちゃんと口は隠してますよ~だ! ねえ牧野ちゃん」

 「はい(笑)」

 ・・・。

 所詮、私など・・・

 この複雑に人間関係が入り組んだ日本の社会では生きていけない、社会不適合者なんですよ。

 入っていけない。入っていけないんですよ。長畑さんと犬伏さんの繰り出す、自然なのに、無から作り出された有機的な会話の流れにのっかれないんですよ。長畑さんと犬伏さんが私に話を振ってくれないんですよ。

 これが現実。

 これが現実なんですよ・・・

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