第2話part13『修羅場、修羅場の壇ノ浦(後篇)』

犬伏:壇ノ浦 店内


どういうことなの。この展開。 一体なんなの、この非常に重苦しい空気。 言葉が自由に出てこない。長畑は壁のロートレックのリトグラフをじっと見つめて俺に話しかけるなアピールしているし、牧野さんは、アホネンに話しかけられて、笑顔で言葉を返している。何? 状況がつかめないんだけど。注文はもう終わったし、ここはちょっと化粧室で頭を整理してこよう。

「ちょっとお手洗いに行ってきますね」

あたしが席を立とうとすると、 牧野さんは立ち上がって、笑顔であたしが出るスペースを確保してくれた。ささっと私が席から離れると、奥には行かず、自分の座っていた場所に戻った。

普通。とても普通な、いつもの牧野さん。

しかし、れん坊には何故かそっけない。そんな気がする。

ああ、やばいなあ。どうやら牧野さん、れん坊に苦手意識を持っているみたい。困ったぞ。ちょっと息を吐きながられん坊の背後を通り過ぎようとしたとき、暖簾越しに左手の指先を掴まれた。

「!?」

「どっちだ(小声)」

「どっちって、何が(しゃがみこんで小声)」

「早くしろ(小声)」

こいつ・・・一体レディになんてことを聞くのかしら。    

しかし、れん坊の様子がおかしい。

暖簾越しからチラチラと見える目がマジだし。あたしはれん坊の手を力強く振り払って化粧室へ向かった。


牧野:壇ノ浦 ソファの4人席


失敗しました。やっぱり弐にすればよかった。最近あんまりマトモなもの食べてないから魚料理の弐にしようと思ったんですけどやっぱり刺し身が捨てがたくて急遽、壇ノ浦の壱に変更してしまいました。でも良く考えてみたら野菜が足りないから参にすればよかったかも。

「玉藻、どうかしましたか? 落ち着きがありませんよ」

「え? はい。ちょっと注文を迷っちゃって。」

「そうでしたか。まあ誰にでもあることですよ、ねえ長畑さん」

アホネンさんは横の絵を鑑賞している長畑さんに話を振りました。

長畑さん・・・。

よりによって、まさか一緒にランチなんて。

まてよ、ってことは今日おごってくれる先輩というのは、

もしかして長畑さんってこと? 

 嫌過ぎる。でも長畑さんも、この間のことを反省しているのかも。

いくら私が根に持つタイプでも、さすがにこれからお世話になる職場の先輩だし、

いつまでも嫌がるわけにもいかないし、ここは私の方から折れていかないとダメかもしれないですね。 

「うんそうだね。誰にでもあるかもしれないね」

なんという気の無い返事。完全に心ここにあらずって感じです。

ああ、そうか。

私は自分が「長畑さん嫌い」で頭の中一杯なってたけど、

向こうも私のことを嫌がっているということを考えていませんでした。

つまり、私は早くも職場の先輩を1人敵に回してしまったのですね。

・・・ああ、可愛そうな玉藻。

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