第2話part12『修羅場、修羅場の壇ノ浦(中篇)』

アホネン:壇ノ浦 半個室の4人席


アホネンです。耳が痛いです。

本社ビル4階に耳鼻科クリニックがあるのが救いです。

壇ノ浦といえば、山口県。 

源氏と平家が雌雄を決した場所として有名ですが、この店は・・・何か、ゆかりでもあるんでしょうか? 一見ただのお洒落なバーにしか見えませんが?

侍魂を感じませんね。いつ来てもなんとも珍妙な店です。

私と牧野さんと他1名が通された席に着いたとき、

長畑さんは既に上座に陣取っていました。

メニュー表を開いて、ある一点だけを凝視していました。

やれやれ。ランチ用のメニュー表を見るべきでしょうが・・・。

それにしても、この席。個室と言うよりは、入り口と左右に暖簾がかかっているので

半個室というところでしょうか。

「ちょっとれん坊! 牧野さんはゲストなんだから奥でしょーに。全く気が利かないんだから」

今この瞬間の犬伏さんは、やけにまともなことを言っています。仕事モードになったかもしれません。もっとあの脳筋をピシャリと叱り付けていただきたい。正直こちらは迷惑してるんですよ、色々と。

ここから二人のミニコントが始まるのか・・・と思いきや、長畑某は直ぐに震える羊のような表情で立ち上がり、どうぞどうぞと潔く席を譲りました。

私は隣の牧野さんを横目で見ました。特におかしな雰囲気はございません。牧野さんは長畑という輩が大層気に食わないようですから、きっと長畑さんと牧野さんが目が合った瞬間に、何かが起こったのでございましょう。

少しゆとりのある4人席に、牧野さんと犬伏さんが上座。そして長畑さんが奥の下座。私は牧野さんと向かい合いあいました。通路側には外国製の背もたれのある柔らかそうな椅子が設置されており、奥はソファーになってます。

「よっしゃーーー! とりあえず早く頼もうっ」

「俺、壇ノ浦壱の陣ね」     

「はいはい」 

犬伏さんはランチタイムのメニュー表をそれぞれに渡してきました。

しかし犬伏嬢のゾクッとする色気の混じった叫びと某(男)の気のない相槌以降、私含めてメンバーは無言でした。牧野さんと目が合うと、あらゆるところが破裂しそうです。やむ終えず、私は簡素なメニュー表をじっと見続けていました。

ですが、壇ノ浦のランチは4つしかありません。

刺し身の壱。

魚料理の弐。

野菜の参。

洋食の四。

私はいつも洋食の四を頼みます。

しかしここは私は弐にしてみようかと思います。 

「あの、犬伏さん」

「なあに?」

「みなさんは、食事中に酒を飲むんですか」

牧野さんは決して冗談を言ったつもりはないでしょうが、

彼女の言葉で、少しその場の空気が柔らいだのは事実です。

「やだもう何言ってるの、飲むわけないじゃない。今はランチだから、安心して」

「はっはい。じゃあ、私は(ちょっと悩みつつ)壇ノ浦の・・・弐にします」

と、ここまでは良かったのですが。

「そっか、じゃあ俺も牧野さんと同じ弐にしようかなぁ」

長畑さんが牧野さんの方を見て引きつった笑顔で言った直後、

「あっ・・・すいません。やっぱり私、壱にしますね!」

と、強い口調で言い放ったので、和らいでいた空気は再びぎこちなくなりました。

私は犬伏さんと一瞬ですが目が合いました。

犬伏さんは、明らかに誰かに助けて欲しそうな目をしています。

隣の長畑さんに私の貴重な視線を差し上げました。

少し、いや大分老けてみえますが、大丈夫ですか?

今日のランチは面白い。

そう思ったのは私だけでしょうか?

事件は半個室で起こっているのですよ、ふっふっふっ。

私はこのおかしな空気の理由を知っているのですから。

「そっそっか。じゃあ、あ~た~しは~・・・参にしよう。ええっと」

「私は牧野さんと同じ、壱でお願いします」

そういった瞬間の犬伏さんの私に対する眼は、死地へ赴く兵士を見届けるそれでした。隣から「お前嘘だろ」と言わんばかりの長畑さんの視線、感じます。

しかし嘘ではありません。冗談でもありません。 

「・・・あっ、じゃあ・・・アホネンさんと私が・・・同じ、ですねっ」

「そうですね。あとは犬伏さんが参、長畑さんが弐ですね」

牧野さんの弾んだような声に、何故か犬伏さんの顔が歪んでいました。

そして隣の長畑さんは呆然としていました。

ふっふっふ。

今日のランチタイム。

最初の勝者はこの私、アホネンのようですね。

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