第2話part9『頑張ります、先輩』

牧野:エレベーター前(昼)


牧野です。実を言うと、今日は朝からあまり気分が良くないんです。

同じ部署の長畑煉次朗っていう人に会ってしまって・・・。


 私、あの人嫌いなんです。


そうは言っても狭い職場。何とか表面上はお付き合いしていかなくてはなりません。私には、実はシンガーソングライターになるという夢があります。


私にはもう後がありません。何とかここで軍資金を稼いで、音楽活動に精を出したいと考えています。そのためにも、辞めるわけにはいきません。嫌な先輩の5人や10人、乗り越えていかないと・・・。


・・・と言いつつも実は、私、長畑さんに自分の名前を何度も間違えらえて 早くも怒っちゃった・・・んですよね。

 凄い頭にきて、何を言ったか自分でも覚えていないぐらいなんです。ああ、とんでもないことしちゃったなあって、後悔してます。。。


「ま・き・の・さん」

うぐっ。

声のする方を向くと、そこには上司で課長の沖田優子さん40歳がニコニコしながら立ってました。凄くお洒落で上品な感じの女性です。綺麗なアラフォーです。左脇には資料をはさんでいました。これから打ち合わせにでも行くのでしょうか。

「お、お疲れ様です。」

「お疲れ様。お昼でしょ、ゆっくりしてきてね」

「はっはい」

エレベーターはまだ来ません。

この沈黙がつらいなあ、と思ったら沖田さんはすぐに次の話を振ってきました。

「ところで牧野さん」

「! はい何でしょう」

「長畑さんとは、もう打ち解けた感じ?」

いきなり核心を突かれて、私は思わず俯いてしまいました。

 「・・・いえ、あの~・・・」

 「まったく、あの子は本当に人の名前を覚えないから。自分で営業じゃなくてよかった、とか笑ってるのよ。駄目な社員よね。牧野さんも、さっそく被害にあっちゃって。かわいそうにね」


沖田さんは笑顔で話してくれていましたが、

私は必死に愛想笑いを返すのが精いっぱいでした。


「でも面倒見はいい人だから、何か仕事で困ったことがあったら、暫くは彼に何でも相談しなさい。真希ちゃんも・・・まあ出来る娘だけど、彼女は外行くことが最近多いから、ね。」

「・・・はい。ありがとうございます」

きっと、上司の沖田さんは

あの日のことを消化しようとしているんだな、と思いました。

そして上の階のエレベーターが来ると、颯爽と乗り込み際に

沖田「今度、罰として長畑君にお昼おごらせるから、それで許してあげて」


と言ってドアが閉まりました。私は少し引きつった笑顔で手を振りました。


長畑さんにおごってもらうとか・・・嫌すぎる。

というか一緒にランチにいくというイメージができない。

今日は犬伏さんと他数名だからまあいいけど。 


牧野:非常階段(昼)

 

 引き続き牧野です。エレベーターは混雑しているので階段で一階に降りる事にしました。私がちょっと憂鬱な感じになっていると、後ろからアホネンさんが声をかけてきてくれました。。

 「ヘイ、タマーモ。足速いですね。ユーは忍者ですか?」

 「いや、あはは」

 「それより今日ゴチしてくれる人、分かりましたよ」

 「え、誰ですか?」

 「パンパカパーン、みんなの兄貴、長畑煉次朗さんでーす。」

 「」

 なっなんだっとえええええええええええええええええええええええええええええええええ。

 刹那、私の足が棒になりました。

 危うく階段を転がり落ちそうになりました。

 アホネンさん、イ マ ナ ン テ イ ッ タ ノ

 「ヘイ、玉藻、どうしました?」

 「ちょっと気分が・・・」

 「気分が悪いんですか?」

 「その、アホネンさん。実は、私、長畑さんのこと、あんまり好きじゃないんです」

 「おう、どうしてです。あんな真面目で有能な紳士にはめったにお目にかかれませんよ」

 「どうしても、です」

 「おう、それは残念です。でも長畑さん、メッチャいい人ね」

 「そうなんですか」

 「オフコース。面倒見は良いし、仕事はできるし、なんといっても男前でーーす」

 「あ・・あはは、はは・・・」

 ううう、何だか急に胃が痛くなってきました。

 頑張れ私、乗り越えるんだ。頑張ります、先輩っ  

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