第2話『新しいランチメイト』part1『不機嫌な彼女』

長畑煉次朗(25):営業部バックオフィスルーム内 (昼)


 牧野さんは、今日も萎びたレタスを見るような目で俺を冷眼した。

少なくとも、人間を見るような瞳ではなかった。

 牧野さんは、今から一週間ほど前に俺が勤める、巨大企業レインバスの営業事務に契約社員としてやってきた。 

 レインバス本社は複合機、カメラをメインにスマホ等を自社開発している。

ケータイ市場に参戦し、格安のレインバスモバイルも起業して成功を収めており、

上杉商事グループを親会社に持っている。

上杉商事、上杉地所、上杉不動産 レインバスソフトウェアIT機器、 

レインバスロボット、医療ロボット機器開発、レインバスビルディング

レインバス生命、レインバスファイナンス、

レインバスミュージック、レインバスゲームス ゲーム機開発、他関連企業50以上。俺は本社の総合部門で営業事務をやっている。

牧野さんはショートカットで目が大きくて、色白でアヒル口がちょいと可愛らしい女の子だ。

東北出身らしいことを自己紹介で話していたが、

そのとき俺は眠かったからよく聞いていなかった。

いまだに彼女の下の名前も知らない。


長畑(回想):レインバス6階 通路 給湯室付近(朝) 


 時間にうるさいこの俺が、今日に限っては遅刻しそうになった。

人身事故の影響で電車が遅延していたからだ。

いつものように余裕を持って家を出る俺は、同居人達を残してスタスタと出社したのが幸いし、なんとか遅刻を免れた。しかし、まだ部署には到着していない。

俺の中では部署に入り、おはようの挨拶をし、自分のデスクに座って天に祈り飾っているペットボトルフィギュアを愛でる。

そこまでが出社なのだ。

そういう意味では、俺はまだ出社完了しているとは言いがたい。


品川駅周辺でも一際大きく聳え立つ、レインバス本社ビルのロビーを駆け抜け、

エレベーターのボタンを連打し、到着したエレベーターに飛び込む。

ここまでは最高によかった。

しかし、乗ったエレベーターは高層階行きだった。

俺の所属部署があるのは6階。

なんというドジっ子。

女のドジっ子は可愛いが、男のそれは許しがたい。

まあそんな許せないドジっ子に、今俺はなっているわけだが。

どんな人間にも失敗はある、許してほしい。

とりあえず、俺は自分がドジっ子であることを悟られぬよう、口笛を吹きながら余裕たっぷりな表情で9階に降りた。

そしてエレベーターのドアが閉まったと同時に非常階段へと全力疾走した。

俺は元高校球児だ。顔が濃いとよく言われる。

そして体力には自信がある。

全力で非常階段を駆け下り、6階に到着。

ドジっ子であることを悟られないように、俺はしたり顔で通路をゆっくりと歩いてみせた。


すこし遠くには給湯室がある。

ちょっとタンプラーにコーヒーでもこしらえようかしらん、

と俺は思い立ち、駆け足になった。そこに給湯室から何者かの影が出てくるのが見えた。

ハッとして立ち止まる、そんな俺の名前は長畑煉次朗25歳。以後宜しく。

まさか幽霊? 朝から珍妙な、と思いつつ俺は身構えた。



・・・・しかし、よく見ると、それは牧野さんだった・・・・


 体が固まってしまった。

いっそのこと幽霊の方がマシだった。 

牧野さんは俺の存在に気づいたのか、ゆっくりと首をひねらせる。

動作自体はゆっくりだったが、何故だろうか、俺にはまるで雑にめくるパラパラ漫画のように、ちょい、ちょい彼女の首が何度も横に高速回転し続けているように見えて仕方がない。

多分彼女に対する苦手意識が見せた幻覚だろう。

実際にそんなことが起こっていたら、もはやホラーだ。


気のせいだ。うん、気のせいだ。


 目が合った。周囲に冷たい風が吹きぬける。

ここは、勇気を出して俺から声をかけよう。


「やあ、おはよう」

「・・・・っす」

そして彼女は、俺に背を向けて部署の方へ歩き出した。

これだよ、これが最近俺を悩ます牧野さんだよ。

 顔はすっごい可愛いのに、とてつもなく無愛想。

いや、他の面々とは控えめながらも話しているのは目にするが、

何故か俺限定で無愛想。

そんな彼女、牧野さんが今、今、俺の中で気になってしょうがないのは秘密だ。





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