第1話 Part4『そして上京へ』



牧野:自宅 夜

 

 牧野です。森羅さんの突然の失踪は地元ではちょっとした事件になりました。

 彼女は自殺したのでは? という心無い声もありましたが、

 私は彼女は絶対に生きていると確信していました。

「森羅さん・・・」

 私が森羅さんのことを考えていると、兄が私の部屋に入ってきました。

「玉藻、風呂に入れ」

「はい」

「それと森羅さんのことはもう忘れろ」

「なんで?」

「彼女は失踪したんだ。元々ここに来たのも何か事情があったからかもしれない」

「事情ってどんな?」

「そんなの俺が知ったことか。とにかく忘れろ、いいな」

 実に一方的な言い草で言い切ると、兄は部屋を出て行きました。

 忘れるなんて、そんなこと出来ない。

 森羅さんに会いたい。

 会って話を聞きたい。

 高校三年生の夏、私の森羅さんへの熱い想いは激情へと変わって行き、東京行きを決めるきっかけになりました。

 東京だ。

 東京に行けば森羅さんがいるかもしれない。

 全く当てのない話だけど、このまま秋田で一生を終えたくないし、一人でも森羅さんを探したい。

 東京に行ってミュージシャンになろう。

 有名になれば、彼女のほうから来てくれるかもしれない。

 私は淡い期待を抱いて東京行きを決めました。

 そして同時に兄のバンドからの脱退も決意しました。


牧野:自宅一階 夜


 私は父さん牧野佐助の仕事が終わると、上京したい旨を伝えました。

 「お父さん。私、高校卒業したら東京に行きたいっ」

 ぶん殴られるか包丁で刺されるのを覚悟しましたが、父は

「そうか。わかった」

 の一言で済まされてしまいました。

「え? じゃあ行ってもいいの? 東京に」

「お前はもう大人だ。自分の人生に上京が必要なんだろう。なら行け」

 私は物分りが良すぎる父さんが逆に不安になりました。

 私は父さんに見捨てられたのかもしれないと。

 私が12の頃に母さんが死んでから、父さんは仕事人間になりました。

 それ以前は道楽者で、しょっちゅう釣りだのゴルフだのに私を連れて行ってくれました。

 ですが今の父さんはまるで抜け殻のようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る