第372話 想像と創造

「小さな光を見つけた『光る子ども』は、それが、別の空間につながっている出入口なのだと知りました。そこから『外』を見ると、いくつもの『輝く星々』が見えます。『闇』だけの空間に現れた彼は、長い間『外の空間』をジッと見つめていました」


 美咲の言葉に合わせ、光る板の絵が変わって行く。レイラたち3人は、映し出される「動く絵」を、黙って見続けていた。


「彼は、自分が居た闇の空間には無い『輝く星々』がとても気に入りました。そして、自分が居る闇の空間にもこの『輝く星々』を創りたいと願ったのです。でも、それを創る力が自分には無い事を悟った『光る子ども』は……『材料』を借りることにしました」


 レイラは「材料」という言葉に一瞬反応し、質問しようかとした。だが、絵が動き続けているのを確認しとりあえず口をつぐむ。


「『光る子ども』は材料を借りるため、1つの星を目指しました。その星の名前は『地球』……私たちが……私や直子先生や子どもたちが住んでいた星です」


 動く「絵」の視点は、宇宙に浮かぶ様々な銀河や星々を抜けて太陽系に入り、地球が映し出された。光る板に映し出される「動く絵」により、美咲が語っている「世界」をレイラたちは認識していく。やがて、地球上の大陸や海を「見ていた」視点は大気圏を通過し、日本列島へ近付いて行った。


「これが『私たち』が住んでいた国……日本です。『光る子ども』は、明確な目的をもって近付いて行きました。彼の目には1台のバスがずっと映っていたのです。1つの箱の中にまとめて入っている『輝く星々』……これなら、1回で多くの『材料』を借りられると考えました」


 「光る子ども」が峠道に降り立つと、すぐに上り坂のカーブから曲がって来たバスが迫る。反対車線から下って来ていたトラックも、中央車線上に現れた「光る子ども」に驚き、急ブレーキを踏んだ。しかし、ハンドル操作を誤り対向車線へ飛び出す。正面衝突を避けるため、バスの運転手が慌ててハンドルを切る。バスはバランスを崩し、道路左のガードレールを突き破り、数十メートルの高さがある崖へ落ちて行く。


 そのバスを―――「光る子ども」は、ひと口に飲み込んだ。


「『材料』を手に入れた彼は、自分の『闇の空間』に戻りました」


 息も忘れたように、光る板へ映し出される「動く絵」に見入っていたレイラたち3人の視線が、ゆっくり美咲に向けられる。


「アッキーが言ってた『バスの事故』ってのは……このこと……って事かよ……」


 スレヤーが確認すると、美咲はうなずいた。


「さっき、あなたが言ってた『カガワくん』から、あの事故の話は聞いてるんですね。そう……そのバスには市立南町中学校3年2組の生徒32名と、引率の担任教師である小宮直子先生……バスの運転手だった佐川さんと、ガイドの私……合計35名が乗っていました」


 板の絵が動き出す。3人は再びその絵に視線を向けた。


「『光る子ども』は無限の『創造力』を持つ者でしたが、何を生み出せば良いのかを考える力……『想像力』が無かったのです。ただあの『輝く星々の空間』が欲しいという漠然とした願いだけしかありません。彼は考えました。このバスの中の、誰に『想像と創造』を任せればあの『輝く星々』を自分の闇の空間にも創れるだろうかと」


 バスの前面の絵が映し出され、視点が運転席の佐川に近付いて行く。


「彼の目は、35人が乗るバスを運転する佐川さんに向けられていました。その時、彼は単純に思ったのです。この『輝く星々』の全てを運ぶ男が1番大きな力を持っているだろう、と……」


 動く絵は「光る子ども」と佐川が向き合う場面に変わった。何が起きているのか分からない佐川から、動揺と混乱の様子が伝わって来る。


「佐川さんは、かなり動揺していました。『事故を起こした』というショックから目覚めると、闇の中で、正体不明の『光る子ども』と向き合っていたんですから、当然ですよね……」


 美咲は、様々な負の感情がこもった「後悔」を感じる口調で話を続けた。


「彼は佐川さんに『輝く星』を創るように要求しました。混乱し、取り乱す佐川さんは『光る子ども』に食って掛かります。でも『光る子ども』は、そんな佐川さんの様子に何の関心も示しません。ただ、自分の要求を繰り返すだけです。何時間も……何日も……何年間も……。彼にとって……彼の『闇の空間』において、時間は存在しません。抵抗する気力も何も失った時、佐川さんは『光る子ども』に向き合いました」



―――・―――・―――・―――



「……何が……望みなんだって?」


 自分が理性を保てているのか、おかしくなってしまってるのか、佐川は判断も出来ないほど 憔悴しょうすいしていた。


「ここに『輝く星々』を創って欲しい」


 何度も何度も繰り返されたやり取り……しかし、光る子どもは、初めて語った時と変わらない淡々とした口調で答えた。


「……どうやって?」


 佐川はウンザリした声で尋ねる。


「方法は知らない。だが、キミも『無から有を創り出せる』はずだ。キミたちはあの星に無かったモノを創り出して来たんだろ? それは『あちらの誰かさん』が持つ想像の力を受け継いでる証拠だ。だから当然、キミにも『想像による創造の力』があるはずだ」


 光る子どもはニマッ!と笑い、言い放つ。


「……知らねぇよ……テメェが言ってる『誰かさん』とやらも……無から有を創る? なんだよ……それ……頭オカシイんじゃねぇか……」


 憔悴しきってはいるが、これまでと違う受け答えを始めた佐川に対し、光る子どもは交渉の始まりを感じた。


「ボクの中には何も無い。だから、この空間にキミが考える『世界』を創って欲しいんだ。キミはその世界を想像してくれれば良い。……これを使えば、キミの『創造力』も使いやすくなるから」


 光る子どもはそう言うと自分の「身体」から光の球を抜き出し、佐川の胸に押し当てる。光球は「スッ」と佐川の体内へ染み込んでいった。


「何を……しやがった?」


 さすがに異常を感じ取り、佐川は光る子どもに目を向け尋ねる。


「ボクの『力』をキミたちに分けた。そうだね……キミたちの『創造力』を使いやすくする『力』だと理解してもらえば良いよ。キミたちの『想像力』で思い描く世界を、ここに創り出してもらうための力さ……」


 再び「ニマッ」と笑った光る子どもを、佐川は呆然と見つめた。


「さあ、考え出してくれ。光り輝く星々に満ちた空間を」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「では……」


 エルグレドは「光る子ども」の説明に口をはさんだ。


「アツキくんたちが乗っていたバスの御者……サガワという人間が……あなたが誕生した闇の空間に『この世界』を創り出した……ということでしょうか?」


 光る子どもは相変わらず意図の読めない笑みを浮かべたまま、エルグレドの言葉に首をかしげる。


「そう単純な話では無かったらしいよ」


 隣に座る三月の声にエルグレドは視線を向けた。


「あの運転手さん……『佐川さん』は、どうやら『彼』の願い通りには応えられなかったみたいだね」


 三月はエルグレドに合わせていた視線を、光る子どもに移す。光る子どもは傾けていた首を真っ直ぐに戻し、話を続ける。


「その男は初め、食料を創り出した。ボクはそんなモノを望んでいなかったけど、彼は自分が創り出した食料に驚き、喜んでいた。その時、男の中の『光』が『輝いた』んだ。美しかったよ、彼の輝きは。だからボクは彼に任せた。その『初めの創造』で、男はようやくボクの言葉の意味を理解したみたいだからね」


「『想像』から『創造』ですか……それって……」


 エルグレドは光る子どもの言葉を繰り返し、視線を三月に向けた。


「ユーゴの魔法術原理と似ていますね?」


 確かめるように語ったエルグレドの言葉を受け、三月は細く笑みを浮かべる。


「『元子を知り、理論を知り、構築を想像し、発現させる』……だったっけ? 磯野さんが見つけた<魔法術>って」


「……はい」


 三月の語り口調から、エルグレドは自分の理解が「完全な正解」ではない事を感じ取り慎重に答えた。


「もちろん、それで『魔法』は発現出来るよ。キミも知ってる通りね」


 一応の及第点を得られたことで、エルグレドの表情に安堵の色が浮かぶ。しかし、三月はさらに言葉を続けた。


「だけど、その『ルート』を通らないでも、魔法術の発現は可能だろ?」


「え?」


 エルグレドは「師匠」からの思わぬ問い掛けを受け、返答に迷う。だが、三月の表情から答えを得た。


「……知識無しでも『想像』と『発現』は可能……妖精種のように……という事ですか?」


「さすが、理解が早いね。そういうことだよ」


 三月は嬉しそうに応える。「ただね……」と前置きをし、三月は続けた。


「知恵と知識と経験は、豊かな想像を生み出す力になる。……と同時に、それらは創造を妨げる壁にもなる、ってことさ」


 エルグレドは三月の言葉に首をかしげる。


「どういう……意味ですか?」


「要は『自分で限界を創りなさんな』ってことだよ」


 エルグレドにウインクをし、三月は視線を光る子どもに向ける。エルグレドも、視線を光る子どもに戻した。

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