第373話 佐川の世界

「何でも……創れるのか?」


 佐川は光る子どもに確認する。


「ここはボクの空間だ。キミたちが想像するものなら、なんだって創造出来るよ。それがこの空間の『持ち主』であるボクの願いだから」


 光る子どもは「ニマッ!」と笑みを向けた。佐川は引きつったような愛想笑いを返し、闇の空間を見つめる。


「……じゃ、とりあえず……飲み物でも……」


 想像と共に目の前に現れた炭酸飲料のペットボトルを、佐川は手に取った。いぶかしみながらボトルを見つめキャップを開く。まず軽くひと口……すぐにゴクゴクと喉を鳴らし、佐川はそれを飲んでいく。


 また光った……


 光る子どもは佐川の姿を見ながら嬉しそうに笑む。先ほどの「食べ物」の時も、佐川が「輝いた」のを確認している。


 コイツはやはり「輝く星」だ……


 自分の闇の空間に輝く星々が出来る時が訪れるのを、光る子どもはますます楽しみにする。


「さて……事故ッて頭がおかしくなったのか……それとも死んじまって、変な世界にでも迷い込んでしまったのか……」


 佐川は独り言ちながら、飲み終わったペットボトルを闇の空間に投げ捨てた。


「輝く星々ねぇ……こんなんで……どうだ?」


 闇の空間に、突然、打ち上げ花火の大輪が開く。


「あと……こんなのもあったなぁ……」


 何も無かった闇の空間に、イルミネーションに飾られたクリスマスツリーが現れた。コツを掴んだのか、佐川は次々思いつくままに「光るモノ」を創り出していく。だが、光る子どもの視線は佐川が創り出していく「モノ」では無く、佐川の顔に向けられている。佐川が嬉々として「想像」から「創造」する姿を、光る子どもはニンマリと見続けていた。



―――・―――・―――・―――



 どれだけの「時」が過ぎたか分からない。佐川が創り出す「光っていたモノ」は、全て光を失い、暗い闇の空間を漂っている。


「次は?」


 光る子どもは、もう何度目になるかも分からない催促を佐川に告げる。ゲッソリとやつれた顔の佐川は、落ち窪んだ目で光る子どもを睨み返した。


「同じモノばかりになってる。それに、どれもボクが求めてるモノじゃ無い。『あちらの誰かさん』が創ったような、輝く星々を創って……」


「うるせぇ! クソガキがッ!」


 佐川は怒りと苛立ちと焦りと不安のこもる声で叫ぶ。もう、何も「光るモノ」が思い浮かばない……最初に焦り始めてから、どれだけの「時」が経ったかも分からない。


「輝く星が欲しいだとぉ……」


 光る子どもの要求に応える思いは、とっくの昔に消えていた。とにかく、この呪縛から逃れたい一心で、佐川は叫ぶ。


「星なんかなぁ、ただのデッカイ石っころなんだよ!」


 いつか、どこかで聞きかじった記憶がよみがえる。「月の組成は地球と同じ」「星も地球も、ただの土やガスの塊」……佐川は暴発する感情のまま、次々に「星」を創り出していく。


「おら! おら! 星だ! 星だぁ!!」


 佐川は闇の空間に、思いつくまま「星」を誕生させた。


「これで満足かよ! クソガキがっ!」


 息を切らし、肩を怒らせ、光る子どもに怒鳴り付ける。だが、佐川がどんなに凄もうとも、光る子どもは首をかしげるだけだ。


「ひとつも光っていない。キミの光も消えたままだ。早く創れよ」


「クソ……」


 力で抑えられない相手だと分かっている以上、要求に従うしかない。しかし、求められているモノが分からない……想像もつかない。佐川は泣き出した。悔しくて仕方が無かった。「出来ない」ということを認めてもらえず「やれ」と強要されても、もう、どうしようも無かった。疲れ切っていた。


「家に……帰りたい……」


 ポツリと呟いた佐川は、6畳2間の社員寮を思い出す。その「想像」は、1つの「星」に形と成って現れた。佐川はそれを驚き目を見開く。


「ハハ……」


 呆けた顔で引きつった笑顔のまま、佐川は「部屋」に入る。次々に家具や雑貨が現れた。押入れを開くと布団が現れる。佐川は布団を畳に降ろし、整えもそこそこのまま布団に潜り込む。「この空間」に連れて来られどれだけの「時」が過ぎたか分からないが、佐川は初めて「眠る」という欲求を満たしたいと願った。


「あ……光った」


 光る子どもは、満足そうな寝顔の佐川を見てニンマリ笑った。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「眠りから覚めた佐川さんは、周りの状況を確認しました」


 加藤美咲は動く絵に合わせ、レイラたちに話を続ける。


「室内はいつもの自分の部屋となっていましたが、窓の外にはただゴツゴツした『星』の表面が延々と広がっています。でも『睡眠欲』の充たしで、少し気力も回復したのでしょう……佐川さんはその『星』に、自分の記憶にある『街』を創り出しました。空を思い出し、太陽や夜空、海や川を思い出し、その『星』は見る見る地球の姿に変わって行きました」


 動く絵の場面が変わるタイミングで、スレヤーが口を開く。


「……スゲェなぁ……バスってぇのを御してただけの人間が、そんな『星』だの『海』だの『世界』だのを創っちまうなんて……ホントかよ……」


「ミサキさん……」


 レイラが尋ねる。


「その『サガワ』って方が創ったのは『チキュウの姿の世界』って事ですわよね?」


「ええ……彼が『最初に創った世界』は……そうでした」


 ミサキの返答に、レイラは満足そうな笑みを浮かべうなずいた。そのやり取りを聞いていたスレヤーとミッツバンが口をはさむ。


「え? なんです? その意味深な言い回しは?」


「光る子どもは、どこに行ったのですか?」


 スレヤーはミッツバンの質問にも興味を示し、目を向けた。


「そうだよな?! サガワが『チキュウ』を創ってる間、その光る子どもってヤツはただ黙って見てたのかよ?」


 立て続けの質問に、美咲は困り顔で軽く笑む。


「えっと……話を続けますね。まずはミッツバンさんの質問ですけど……光る子どもは佐川さんの中に『光』が在るのを確認すると、安心して姿を消しました。元々彼は可視的存在では無いので、自分の存在を現わさないことも出来るんです」


 光る板の絵が、再び動き出す。


「光る子どもは、佐川さんの『光』が『輝く法則』に気が付いたんです」


「お食事と睡眠ね」


 レイラからの回答に、美咲はうなずいた。


「はい。光る子どもは自分の要求を いているのではなく、佐川さんの好きに『創造』させる事が『輝く星々』を創り出すために必要だと考えたんです」


「……サガワってのが『輝き』を失ったのは、光る子どもの要求に応えられ無い焦りや不安のせいだった……」


 内容を理解するように、スレヤーがポツリと口にする。


「だから、光る子どもは彼を自由にさせた……ということですか?」


「そうです」


 ミッツバンにうなずき、美咲は話を続けた。


「佐川さんは、自分の記憶に在る『地球』を創りました。でもそれはテレビや映画や雑誌、インターネットで仕入れた『知識に過ぎない地球』です」


「ちょ……『何』だって?」


 聞き慣れない単語にスレヤーが口をはさむと、美咲は慌てて言葉を言い換える。


「ゴメンなさい! つまり……佐川さんは自分が直接行った事も、見た事も、触った事も無いモノまで創ったんです。他の人から教えてもらった情報を元に創ったモノです」


「完全なモノでは無かった……ということね?」


 レイラが確認する。


「はい……。佐川さんは……地球に帰りたい一心で、地球の『張りぼて』を創ったんです。それでも最初は楽しかったようですね。光る子どもも、一切口出しをしませんでした。きっと……それらを創っている間の佐川さんは、子どもが夢中で絵を描くように『輝いて』いたんだと思います」


 そこまでを語り終えると、美咲の表情に陰りが差した。


「でも……」


 ひと言の前置きを美咲が入れると、光る板の場面も変わる。


「『創ること』に夢中になっていた佐川さんの顔から、笑みが消えました」



―――・―――・―――・―――



「どうしたの?」


 かなり長期間会っていなかった光る子どもから尋ねられたが、佐川は特に驚くことも無くポツリと答えた。


「楽しくない……」


 光る子どもは首をかしげる。それが、佐川の中にある「光」が再び「輝かなくなった理由」なのだと理解すると、ニッと笑みを浮かべた。


「じゃあ、『楽しく』やれば良い……」


「出来るかよッ!」


 佐川は自分が創った「世界」を、光る子どもに披露するように両手を広げた。


「お前はこれを見てどう思う!?」


「……別に、何も思わない」


 予想通りの返答に、佐川は情けない顔で苦笑した。


「だろうな……テメェみてぇなバケモンに『感想』なんかあるワケも無ぇよな……」


 光る子どもは、ふと思いついたように口を開いた。


「キミが楽しくなるモノを創れば良い。『感想』が欲しいなら、それを創れよ」


 佐川はポカンとした表情で光る子どもを見返した。一瞬、何かを考え、その考えを確かめるように口を開く。


「『人間』も……創れるのか?」


「知らない。でもここは、キミが想像するモノ全てを創造出来る場所だ」


 ニンマリ笑う光る子どもから目を離し、佐川は眼下に広がる「街」に目を向けた。


 人間……動物……生き物を創る? 俺が……


 佐川の目が再び輝き出したのを確認すると、光る子どもは静かに姿を消して行った。

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