第371話 美咲の趣味・特技

 再び訪れた創世7神の神殿入口に、篤樹とエシャーは立っていた。同行して来たエグデン兵とカミュキ族の男たちに軽く手を上げ挨拶をし、2人は神殿内部に身体を向ける。


「じゃ……行こうか?」


 篤樹はエシャーに声をかけ、横並びで歩き出す。通路には牧田亮と共に倒した「黒霧化しないサーガ」数体の遺体がまだ横たわっている。


「……これ、アッキーとリョウさんで倒したの?」


「うん……もっと……何倍もいたけど……」


 ふと、篤樹は「老けた同級生」の顔を思い出した。その声、その笑み……そこから、高木香織やピュートの姿までを思い出した時、篤樹の頬に涙がこぼれ落ちる。


「アッキー……」


 その様子に気付いたエシャーが、篤樹の腰にそっと手を添えた。篤樹は急いで手の甲で涙を拭う。


「あ、ゴメン……なんか……やっぱまだ涙腺が変だ。急に……寂しくなって……」


「うん……」


 エシャーは添えていた手にグッと力を込め、篤樹の腰を引き寄せる。


「寂しいね……」


 2人はどちらからともなく足を止めた。エシャーは篤樹の正面に身を移す。そのまま、両腕を篤樹の腰に回し胸に顔を埋める。篤樹もエシャーの両肩から自分の両腕を回し、その頭部を軽く抱きしめた。篤樹はエシャーの頭の上に自分の額を載せ、2人はしばらくそのままの体勢で「寂しさ」を分かち、共有した。


「ふぅ……」


 数分の間2人は抱き合ったまま声を押し殺し泣いていたが、仕切り直すように息を吐いた篤樹の動作で互いを抱く力が緩まる。


「何だかさ……」


「うん?」


 身体の密着を解き、自然に手をつないだまま2人は歩み出した。


「盗賊の村から帰る時……ほら、亮たちと別れた後にさ……」


「うん」


 亮と共にサーガを迎え撃った通路を過ぎ、法力光石にボンヤリ照らされた石畳を進みながら篤樹は言葉を紡ぐ。


「『こっち』に来た時、最初ルエルフ村でさ……エシャーが一緒に歩いてくれて……手を握って一緒に歩いてくれてさ……安心したって言ったじゃん?」


「うん! 覚えてるよ。アッキーは手をつなぐのが恥ずかしいって言ってたよね?」


 満面の笑みを向けるエシャーに、篤樹は苦笑いで応じうなずいた。


「慣れて無かったからね……でも、ホントに安心出来るんだ。……今だって……エシャーと手をつないで歩いてるとさ。……ありがとな」


 エシャーはますます嬉しそうに笑みを浮かべる。


「うん! 私だってありがとうだよ、アッキー! これからも、ずうっと手をつないで歩こうね!」


「ハハ……うん。まあ……あんまり人が居ないとこなら……」


 なんとなく思いついたままに語った自分の言葉とエシャーからの応答に、篤樹は急に恥ずかしくなって視線を前方に固定した。エシャーは逆に、右手をさらに強く握り持ち上げ腕を絡めると、左手も添えて来た。


「ずっと……ずうっと一緒に歩こうね……」


「そうだね……」


 篤樹は、エシャーの手をしっかりと握り返す。


 亮……高木さん……俺……なんだか自分の「出口」を……この世界に見つけた気がするよ。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「……レイラさん、どうぞ」


 スレヤーは金属製のカップをレイラに差し出した。たき火を見つめていたレイラはフッと顔をほころばせ、湯気立つカップを受け取る。


「ありがとう、スレイ。本当に気が利く御方ですわね」


「んな……こんなんで褒められてちゃ、なんか申し訳無ぇっすよ……」


 自身のカップにもピピを注ぎ、器具を片付けながらスレヤーは応えた。2人はミシュバット遺跡の北、ブラデン山脈を越えた森の中でたき火を囲んでいる。


「ようやっと北方地に入りましたねぇ……」


 指先を温めるように両手でカップを包み、スレヤーがレイラに語りかけた。同じようにカップを包み持つレイラは、視線をたき火に向けたままだ。


「大将たち……無事ですかねぇ?」


 沈黙が続きそうな雰囲気を断ち切るべく、スレヤーは尚もレイラに問いかけた。自分の内に とどまり続けられないと感じたレイラは諦めたようにひと息を吐き、軽く笑みを浮かべ視線をスレヤーに向ける。


「『特別な素材』のエルは心配ないわよ。なんと言っても『 不死者イモータリティー』なんですから。アッキーも……『この世界』に居るのなら大丈夫でしょ?」


「レイラさん!」


 語りながら再びたき火に視線を戻し、どこか投げやりな態度を見せるレイラに向かい、スレヤーが語気を強め呼びかけた。レイラは驚いたように目を見開き、スレヤーに視線を向ける。


「『ミサキ』って人の話は、恐らく本当の話なんでしょうよ。でも……だからと言って貴女が自分の存在を疑って、どうすんです! 俺も貴女も、ちゃんとここに居ます! しっかりして下さいよ! ね?」


 呆然とスレヤーを凝視していたレイラは、フッと表情をやわらげ、笑みを漏らした。


「そうね……大丈夫よ、スレイ。そうよね……」


 レイラは自分自身にも語り聞かせるように、何度か「そうね」と繰り返す。レイラの気持ちが落ち着き始めたのを見計らい、スレヤーはいつもの砕けた調子に自身も戻す。


「……いやぁ、しっかし……正直言って俺もビックリしましたよ。まさか俺らが『作り物』だなんてハナシにゃ……」


「あら? スレイ……」


 静かな笑みを浮かべたまま、レイラが応じる。


「あなた方『人間種』は、まだよろしくてよ? 少なくとも『中の材料』は、ちゃんと存在してるんですから。 妖精種私たちなんて『素材』無しの完全な作り物でしてよ?」


「それを言うなら、俺なんか『獣人種の血』まで混ざってる『変わり種』ですからねぇ。結構レアな『作り物』っスよ!」


 互いの「冗談口調」に笑みを返し、視線を合わせる。レイラはカップを口に運び、ひと口喉を潤した。


「……参ったわねぇ……『あの話』……。みんなにどう報告すれば良いのかしら?」


「ま、そのまんま話すしか無ぇでしょうやね。大将なら信じてくれるでしょうし……次に打つ手も思いつくんじゃねぇんすか?」


 スレヤーは火に足し木を投げ入れる。舞い上がった全ての火の粉が空で消えるまで、2人は静かにその「光」を目で追った。



―――・―――・―――・―――



 8日前―――レイラとスレヤーは、ミッツバンと共にグラディー山脈地底深くに居た。岩壁そばには、黒魔龍本体である「柴田加奈」を内包した黒水晶が立つ。彼女とレイラたちの間には、光の粒子が集まり姿を現わした女性「加藤美咲」が立っていた。


「お話ししましょう。加奈さんのことも……あの子……エルグレドのことも……この世界の成り立ちについても……」


 簡単な自己紹介を互いに済ませ美咲が告げ終わると、レイラたちのそばに「光の板」が現れた。その板に、何かの「絵」が映し出されている。スレヤーとミッツバンは、思わず2・3歩後ずさった。


「珍しい魔法術ですわね、ミサキさん……」


 初めて見る原理不明の現象を前に、レイラも額に汗を浮かべる。しかし、余裕の笑みは崩さず、術者に語りかけた。


「『魔法術』とは違うんですけどね……。さて……」


 美咲は3人に優しい笑みを見せつつ、話し始める。


「『この世界』が存在している空間には、初め、何も在りませんでした。ただの闇……暗闇だけが在ったのです」


 語り始めた美咲の言葉に合わせ、光の板の「絵」が動き出す。


「しかし、その『闇』に1つの光が射しこみました。それと同時に、暗闇の中で目覚めた者が居ます。本人も自分が何者か分かっていないので、私と直子先生はそれを『光る子ども』と呼びました」


 光の板に、白く光る子どもの姿と、小さな光の「絵」が映し出された。


「……お上手な『絵』ですわね? ミサキさんが『描かれた』のかしら?」


 レイラは湧き上がる不安を抑え、極力軽い口調で尋ねる。だが思いの他、美咲はその言葉に反応した。


「え? あ……そうですか?! 嬉しいなぁ! 私ね、実はアニメ好きで、学生時代にイラストとかにもハマってたんですよぉ。……まあ、それで食べて行けるような腕も無かったし、趣味のままだったんですけどね。あっ、でも、公募とかで何回か賞ももらったりしたんですよ!」


 あまりの食い付きぶりに、レイラは「作り笑顔」ではなく、苦笑を経て、やわらかな笑みに変わった。つられるように、スレヤーの緊張も消える。


「何の話か全然理解出来無ぇっスけど、ミサキさんは『絵』を描くのが好きな、普通の人間種だった……って理解してりゃ良いんですかねぇ?」


「あ……ゴメンなさい! つい嬉しくって……」


 美咲は恥ずかしそうに舌を出し、照れ笑いを見せる。


 「神さま」……ってぇのとは、やっぱ違うんだな……


 スレヤーがレイラに目配せすると、レイラもうなずき返した。


「お話しを続けて下さるかしら? ミサキさん。分からないことが有れば、途中でお尋ねしても?」


「あ、はい!……そうですね……なるべく、レイラさんたちにも分かりやすい言葉を選びますね……」


 レイラの促しに応え、美咲も先ほどよりかなり打ち解けた調子で話を続けた。

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