第370話 輝く星々

 ボクは「闇」の端から、無限に広がる大きな光の空間を眺めていた。そこには多くの「存在」が溢れていた。自ら輝くモノ、その輝きに照らされるモノ……真っ暗な闇に、その輝くモノたちが無限に散りばめられている「美しい空間」―――


 どれだけの「時間」、ボクはそうしていたのか分からない。でもある時、ふと気付いた。「これは、ボクのモノでは無い」んだと。だって、その「美しい空間」の何1つ、ボクの「空間」には無いのだから。

 ボクは恐る恐る振り返った。ボクの「空間」には何も無い。真っ暗な闇だけだ。自分が存在している事にさえ気付かなかった、他の存在が何も無い「闇の空間」。でも目を戻せば、無限に広がる「美しい空間」……


 ボクはそのとき思ったんだ。「ボクの空間」も、この「美しい空間」のようにしたい、と。



―――・―――・―――・―――



「ミツキさん……?」


 エルグレドは耐え切れず三月に声をかけた。自分の理解力を超えた叙景詩的説明の言葉に困惑する。三月はエルグレドの心情を理解し、笑顔で応えた。


「この世界には『天文学』が無いから理解は難しいよね……『宇宙』って概念が有れば、何となく理解は出来るんだけど……」


 三月は紙とペンを取り出した。エルグレドはその不思議な「紙」と「筆記具」を驚いて見つめる。


「ああ……君には見せたことが無かったよね。これはね……僕の世界で使ってた道具だよ。構造としては……まあ良いか、これの説明は。えっとねぇ……」


 紙に図を書き込みながら、三月は説明を始めた。


「僕らのいた世界……僕や賀川くんが居た『元の世界』はね……こんな……感じの世界でね……」


 エルグレドは、三月が書き込む「図」をジッと見つめる。


「これが、僕らが居た世界……『地球』という『星』なんだ」


「チキュウ? 星?」


 思わず空を見上げたエルグレドに、三月は笑って語りかける。


「ここに『星』は出ないよ。それに『この世界の星』と、僕らの世界の星は全く違うものだから……」


 三月は図を描いた紙を持ち上げ、ペンで指さしながら説明を続けた。


「これが、僕が住んでいた国……日本だ。陸地だよ。これが太平洋っていう海で、これが南北アメリカ大陸。これがオーストラリアで……インドネシアが点々と在って……ユーラシア大陸に、アフリカ大陸……で、インド洋。こっちが大西洋。1番下のが南極大陸。ザッと6大陸と3大洋の『世界』なんだ」


 メルカトル図法の大雑把で簡易な地図ながら、これならエルグレドにも理解が出来た。その様子を確認し、三月は話を続ける。


「これがね……平面の世界では無くってね、球体の世界なんだよ。こういう風に……なってる」


 今度は別の紙に「立体的球体」で描いた地球の絵を見せる。エルグレドは一瞬怪訝な目を三月に向けたが、小さくうなずき了解の意を示す。


「さて、これが『地球』……球体の表面に在る世界なんだ。ここの『世界』も同じだよ。球体の表面に出来ている。エグラシス大陸やユフ大陸の他にも、いくつもの大陸と海が、球体の表面に在るんだ」


「それは……あなたがそう言うのなら……そうなんでしょうね……」


 納得のいかない表情ながら、エルグレドは三月の説明を理性的に受け入れる努力に励んでいた。三月は楽しそうに笑い、説明を続ける。


「この球体を『星』と呼ぶんだよ。僕らの世界にはこの『星』が地球1つだけでなく、何千・何万・何億……数え切れないほどたくさんの『星』が在るんだ。その全てが浮かんでいる空間を『宇宙』と呼んでいる」


 壮大な話に、エルグレドはますます表情を強張らせる。しかし、フッと表情をやわらげると「ああ……」と納得したようにうなずいた。


「つまり『この人』は……自分が居た『何も存在しない闇』から、その『ウチュウ』という空間を見つけた……『見ていた』ということですか?」


 自分なりに納得した「答え」が正解なのかどうか、笑顔でエルグレドは三月に尋ねる。だが、すぐに視線を「光る子ども」に向け、語った自説に自信が持てなくなった。


 えっと……それにしては……何とも……小柄な……


「エルの理解で大体正解だよ」


 三月は拍手で正答を称え、尚、言葉を続ける。


「良いかい?『その人』は僕らと全く違う存在なんだ。『見た目のサイズ』に惑わされてはダメだよ。仮に『その人』の質量を測れるとすれば、『この世界』なんか、いま見えている彼の光の粒1つの数兆分の1にも満たないのだからね」


 エルグレドは苦笑いを浮かべ、三月にうなずいた。


「分かりました……。理解を超えた存在から……理解を超える話を聞いているのだと、何とか理解しておきましょう」


 2人の会話がひと段落ついたと判断したのか、「光る子ども」が「ニッ!」と口角を上げたようにエルグレドは感じた。



―――・―――・―――・―――



 目の前に広がる「美しい空間」を、何も無い「ボクの空間」にも創りたい……その思いが湧き上がって来ると、居ても立ってもいられなくなった。ボクは「手」を伸ばした。自分に「手」がある事をその時知ったんだ。……でもボクの手は「美しい空間」に在る存在を……「星」を掴めない。どんなに引き寄せようとしてもダメだった。


 ボクは星たちに聞いた。どうすれば君たちを手に入れられるのか? と。彼らは答えたよ。「自分たちはアナタに創られたモノでは無い。だからあなたのモノにはなれない」とね。この「美しい空間」はボクのモノではない。これを「創った誰か」のモノ……それならボクは、ボクの空っぽの闇の空間にボク自身で「美しい空間」を創ろうと決めた。


 だけどボクは気付いた。ボク自身が空っぽな存在なのだと。「無から有」を創り出せる存在では無いのだとね。

 だから、無から有を創れないボクは……目の前の「美しい空間」を創った誰かさんに願ったんだ。「そちらの 存在モノを1つ貸して欲しい」ってね。


 その時、ボクの目は開かれ、ひときわ輝く美しい星が在ることに気付いたんだ。無限に広がる美しい空間の中で、ただ1つ「それ」だけがボクの心を捉えた。きっと、ボクの願いを誰かが聞いてくれたんだと思ったよ。だからボクは迷わず「それ」を借りるために近付いて行った。


 「それ」は不思議な星だった。1つの存在の中に、数え切れないほどの「存在」が満ちていた。目に付く他の「星」はそれ1つだけの存在なのに、その「星」は1つの中に「輝く星々」が満ち溢れている。しかもその星々は、無から有を創り出した「誰かさん」の力、「無から有を創り出す力」を受け継いでいた。


 その中の1つを「誰かさん」から借りるだけ……でも、どうせなら1番良いモノを借りようとボクは思った。そして、ボクは見つけた。1つの箱に入った「輝く星々」を……



―――・―――・―――・―――



「そんな目で見ないでくれるかい?」


 三月は苦笑しながらエルグレドに視線を返した。


「彼は……ワザとなのか本気なのか分からないけど……表現力があまり優れていないんだよ」


 「光る子ども」に、三月はチラッと目をやった。ニヤリと笑んだ「光る子ども」は、三月がエルグレドに「説明」する間をとるために言葉を止める。エルグレドは発言の機会を感じとると、三月に尋ねた。


「『彼』が目指した『星』……それが、ミツキさんやアツキくんたちの住んでいた『チキュウ』という世界だった……ということでしょうか?」


「そうだね」


 三月はエルグレドの理解に、微笑みうなずく。確認するようにエルグレドは続ける。


「『彼』が『誰かさんから借りる』ために選んだ『1つの箱』……『輝く星々』を詰めた1つの箱というのは……『バス』?」


 エルグレドの視線をしっかりと受け止め、三月は笑みを浮かべたまま応じた。


「そういうことになるね。『彼』は、僕らが乗っていた『バス』を、全員乗せたまま『1つのモノとして』借りて来ちゃったそうだよ。この『自分の空間』にね」


 呆れ顔で笑う三月と、意図の読めない笑みを浮かべる「光る子ども」を見比べ、エルグレドは呆然と目を見開いていた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ミスラさん!」


 村の西門横にある小道から森に入ろうとするミスラに気付き、篤樹は声をかけた。振り返ったミスラは、声の主が篤樹だと分かると笑顔で応じる。


『よっ、アツキ! もう自由に出歩けるのか? ハルカやエシャーは一緒じゃ無いのか?』


 ミスラは森から離れ、篤樹に近付いて来た。


「はい。まあ一応……」


 篤樹も体調の報告をしながらミスラに近付く。


「遥はタフカさんと一緒に『子どもたち』を連れて出かけました。……例の『泥土の顔』を追いかけるって……」


 2人はそばに寄り立ち止まる。


「エシャーはルエルフ村の人と一緒に、南の集落に行ってます。エーミーさん……お母さんやお祖父さんに会って来るそうです」


『そっか……。南の集落と合同するんだってな、ルエルフ村は。で? お前は一緒に行かなくて良かったのか? 世話になったんだろ? エシャーの母ちゃんやジイちゃんには』


 篤樹は軽く肩をすくめて応えた。


「行こうと思ったんですけど、オスリムさんに捕まったんですよ。明日、『神殿』に行くための打合せで……」


『そっか……。あの「顎ひげ」は、人使いが荒いみたいだな……』


「それ、何ですか?」


 ミスラが手に持つ袋に気付き、篤樹が尋ねる。ミスラは「ん?」と篤樹の視線を追い、袋を持ち上げて見せた。


『これか? 川魚の干物だよ』


 袋の口を開き、ミスラは篤樹に中身を見せる。篤樹は首をかしげた。


「干物を持って……森に? 狩りのエサか何かですか?」


 篤樹からの問いに、ミスラは笑みを浮かべて応える。


『違ぇよ。……ま、なんだ……ジジイが木霊になっちまったからさ……』


 笑みを浮かべたままだが、ミスラの声は少し寂し気だ。


『1週間経つからな……ちょっと「区切り飯」でも一緒にと思ってさ!』


 ウラージが死んだという報告を思い出し、篤樹は視線を落とす。ミスラを逃がすため、最後の法術をガザルに放ち……ウラージは「滅殺」された。その最後の法術で、しばらくの間ガザルの右腕が失われていたおかげで、その後に戦ったタフカも持ち堪えられたと聞いている。


『……口下手で、不器用で、乱暴なジジイだったけどさ……』


 しばしの沈黙を破り、ミスラが口を開いた。


『まあ……案外と優しくって、頼れる……良いジジイだったしな……。長年、1人で山に籠ってたせいで人恋しいのか、あれでいてよく喋りやがってたから……気持ちだけでも話し相手になってやろうかなって思ってさ!』


 なぜか言い訳のように「区切り飯」の理由を語るミスラに、篤樹は軽く笑みを向けてうなずいた。


「……そうですね。ウラージさん……最初は乱暴な頑固ジジイにしか思えませんでしたけど、結構……人懐こいっていうか……悪い人じゃ無かったですよね」


『だろ?』


 篤樹の感想を聞き、ミスラは嬉しそうに満面の笑顔を向けた。ふと2人は何かを感じたように、視線を空に向ける。夕闇が迫り始めた濃紺の空には、輝きを増し始めた星々の姿が在った。

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