第369話 白く輝く小さな影

 初代エグデン王―――篤樹の同級生「 江口伝幸えぐちのぶゆき」は、ユフ大陸との航路を ひらいた王としても有名である。


 磯野真由子によってエグラシス大陸の人間種が「ユーゴの魔法術」を会得する以前から、ユフの民はエルフ同様に魔法術を使いこなしていた。それゆえ、ユフの民にとってエグラシス・エグデン王国との交易はさほど重要なものでは無かった。

 人間種中心の社会構築文化は確かにエグラシス人のほうが進んでいたが、その「文化」も、自然と共に生きるユフの民にとっては何の魅力も感じられないものだった。貴金属や宝飾類・食文化においても、ユフの民はエグラシスから「輸入」を必要とするものは無い。むしろ、人間種間の対立や他種族との共生に害を与える「王政国家」を危険視するほどだった。

 エグラシス人が攻めて来るなら、高度な魔法術で撃退するだけ―――ユフの民はエグラシス人と交流する意思そのものが古来無かったのだ。

 そのユフ大陸との航路を、初代エグデン王が結ぶことが出来た理由が……


「この『くほ』と『味噌』の輸入を、初代エグデン王が涙ながらに訴えたからだ。可哀想に思った当時のカミュキ族村長は、限定的な取引を認めた。もっとも、余剰生産分を分け与える程度のものだったそうだが」


 タフカは、朝食の席で村長から得た情報を篤樹に教えた。遥も補足の説明を添える。


「エグラシスでは稲も育たんし、 こうじも上手く増やせなかったんだと。……それにしてもエグデンと来たら……当時の村長にどんだけ必死こいてお願いしたんやろうなぁ?」


 笑いながら語る遥の言葉に、篤樹も「泣きながら、熱弁をふるって米と味噌を求める江口の姿」を想像し笑みを漏らす。


「でな……」


 遥は笑みを緩め、真面目モードに切り替え始めた。


「エグデンな、その交渉を『1人』でやったんやと」


「ん? まあ……そりゃ、アイツなら1人でも大丈夫だろ? 弁論大会でも、大人顔負けの熱弁ふるってたし……」


「そうやなくって!」


 意図する内容と違う理解で語り出した篤樹を制し、遥はグイと顔を突き出し続きを語る。


「賀川は違和感無いんやろうけど、ウチら……ってか、エグラシス語を使う者らにとって、ユフの言葉は全く意味が通じん言語やろ? 通訳魔法が出来たんも、エグデンが『死ぬ間際』なんやで? アイツが『交渉』出来るって、おかし無いか?」


 遥からの問い掛けに、篤樹は「あっ!」と声にならない驚きの表情を浮かべる。タフカが会話に加わった。


「カガワ……初代エグデン王はお前と同じ『言語適用魔法』を操っていたということだ。いまだ、誰も操る事の出来ない特殊な魔法をな」


「江口も……先生から?」


 胸に下げている「渡橋の証し」を篤樹は服の上から無意識に握り、遥に視線を向けた。遥はニッと笑うと、首を横に振った。


「どうもそうや無いみたいやな。さっき、あの『顎ひげ』にも聞いたんやけど……」


 遥はチラッとオスリムを見、すぐに視線を戻す。


「エグデンはこっちに来た最初ん時から『誰とでも会話が出来た』って記録に残っとるらしい。ほんで、漂流して来たユフの民とも関係が出来て……そん時に『米』を手に入れたんやな。で、エグデン伝記の中には『湖神』も『先生』も『小宮直子』も、何にも無いんやと。エグデンが先生と接触しとったんなら、何か残っててもええのになぁ?」


「その代わり……」


 答えを焦らす遥の言葉を遮り、タフカが口を開く。


「村長が言うには、エグデンは『白く輝く小さな影』と接触した者だったらしい」


「え? 白い……影? 誰です? それ……」


 思わず聞き返した篤樹の脳内で、「輝き」と「影」という相反する性質を併せ持つ存在がイメージされていく。タフカは説明途中に口を挟んだ篤樹に、一瞬鋭い視線を向けた。「すみません……」と呟き、篤樹は聞く姿勢を正す。


「カミュキ族に伝わる『特別な存在者』だそうだ。『白く光る小人』とか『名を知らぬ神』とも呼ばれている。その外観から『光る子ども』ともな。エグデンがユフ語を解する不思議を当時の村長が問い質す中、彼が早い段階でその『光る子ども』に接していたと理解したそうだ」


「つまりな……」


 遥が話を引き継ぐ。


「エグデンはセンセからや無くって、その『光る子ども』から賀川みたいな魔法をかけてもろうたんやろう、ってことよ」


「それって……」


 エシャーがハッとして篤樹に顔を向け、目を大きく見開く。


「ガザルに『サーガの実』を渡したってヤツじゃ……」


 篤樹も一瞬遅れで同じ情報を思い出していた。ピュートが小宮直子から聞いた「ガザルの過去」の話の中に出て来た「白く輝く小さな影」。それって……篤樹は驚いたままの視線をタフカに戻す。その視線に含まれる質問を読み取り、タフカは軽くうなずいた。


「……ああ。そいつは間違いなく、俺に『サーガの実』を渡したのと同じヤツだろう。まだ『前の身体』の記憶は完全じゃないが、心にざわつきを覚える。ヤツは……エルに対する執着心を持っていた」


 タフカの言葉に篤樹とエシャーは顔を見合わせ、そろって身を乗り出す。


「エルグレドさんを?!」


「エルを狙ってるの?!」


 あまりに勢いのある「食い付きぶり」に、タフカは少年顔に良く似合う驚きの表情を見せ、一瞬固まってしまう。遥も隣で呆気に取られたが、すぐに声を立てて笑い出した。


「何や、賀川もエシャーちゃんも、同じ顔して! 似たモン夫婦かってぇ」


「はぁ? ば……遥!」


 まさかのツッコミに、篤樹が慌てて苦情を申し立てる。そのやり取りにタフカも軽く笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「前身の記憶が欠けてるから、詳しい内容はまだ思い出せない。ただ、俺に『サーガの実』を渡したヤツは、『面白い素材』に対する執着心を持っていた、という記憶の断片的感覚は残っている」


 面白い素材……エルグレドさんの事を「白く輝く小さな影」は、そう呼んでいた。確かに 不死者イモータリティーなんて身体を持ってるのは「面白い」と思ってたけど……それだけが理由じゃ無いって感じがするなぁ……


 これまでの情報を脳裏に浮かべ、篤樹は考えを巡らせる。


「エルは……」


 エシャーも篤樹と同じように考えをまとめていたようで、自分の思いを口に出す。


「エルはフィルフェリーさんの『血分け』で『特別な身体』になったのかもって思ってたけど……でもね、それだと納得が出来ないんだ! ルエルフの歴史は『人間とエルフの異種族間婚姻』から始まってる……だから色んな形で『混血』は起こってるんだよ。だけどエルみたいな『 不死者イモータリティー』は、未だ誰一人生まれてなんかいない……なんでエルだけ『特別』なんだろう?」


「その辺のとこも含めて、情報を集めて来てもらいたいんだよ」


 いつの間にかオスリムが篤樹たちのテーブルの横に立って居た。


「キャッ……もう! 気配を消して近づかないでよ!」


 完全に視界から外れた位置に現れたオスリムに、エシャーは抗議の声を上げる。オスリムは悪戯っぽい笑みを浮かべ、視線を篤樹に向けた。


「面白そうな話が聞こえたからよ……ついついな。職業病ってヤツさ!」


「今は『情報屋』じゃ無いんでしょ、オスリムさん」


 エシャーほどでは無いにせよ、突然の声かけに驚かされた腹立たしさから篤樹も少し語気を強めて応じる。


「ま、なんちゃら委員長だとか指揮官だとかは、国が落ち着くまでの腰掛け仕事さ! 本業は死ぬまで情報集めだよ、俺ぁね。ということで……」


 オスリムは隣のテーブルから椅子を引き寄せ、腰掛けながら続ける。


「本来の『指揮官』であるべきエルグレドが、何故だか知らんが賢者さまとやらに連れ去られてしまった。……となると、俺の自由も奪われたままになっちまうんだわ。『終わりの時』まで返さ無ぇなんて言われても、困っちまうんだよな。妖精たちに聞いた賢者の森への『入口』ってとこにも行ったが、中に入る方法も分から無ぇ。とにかく、情報が足り無ぇんだ」


 ひと息を吐き、オスリムは改めて篤樹に視線を合わせた。


「……見て来てくれや。『神殿の情報』ってヤツをよ」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 外界との「時の流れ」を異にする大賢者ミツキの森―――消えることの無いやわらかな陽射しと、心地良い穏やかな風が抜ける草地の丘に、エルグレドと杉野三月は座っている。2人の前には白く輝く小さな影―――「光る子ども」が立っていた。

 「光る子ども」は、淡く白い光粒子の結集体であり、明確な輪郭や凹凸は無い。しかし、対峙する者はその表情を「読み取れる」不思議な存在だった。


「……じゃあ、話そうか」


 三月から「エルグレドに説明を」と求められた「光る子ども」は、淡々とした口調で語り出す。


「いつかは分からないが、ボクは自分という存在に気付いた」


 想定外の出だしに、エルグレドは思わず三月に目を向けた。三月は軽く笑みを浮かべ、話に集中するよう目配せを送る。


「ボクは、自分という存在に気付かないまま存在していたんだ」


 エルグレドの困惑を気にせず、「光る子ども」は話を続ける。


「いつ気付いたんだろう……覚えてるのは『光』を見た時の驚きかな? 突然、ボクはボク以外の存在に気付いたんだ。自分以外の存在者に気付いた時、ボクは初めて自分という存在に気付いたんだよ……」



―――・―――・―――・―――



 ボクは闇の中に漂っていた―――いつからかは知らない。でも「小さな光」に気付いた時、ボクはボクという存在が「居る」ことを知った。不思議だった。それはホントに、小さな小さな光だったんだ。でも、それが「在る」ことで、ボクはボクに気付いた。


 どれだけの「時」が経ったのかは分からない。ボクには君たちのような「時の感覚」は無いからね。「小さな光」は少しずつ「大きく」なっていた。実際は、ボクがその光に引き寄せられて動いてたんだね。君たちの「時」で数えれば、それが何千年なのか何億年なのか分からない。とにかく「長い時間」をかけてボクは「光」に近づいていた。


 やがてボクは、ボクのいた「闇」の端に辿り着いた。「小さな光」と思っていたのは「無限に広がる大きな光の空間」だと分かった。「闇の端」からそれを見た時、ボクはそれを「美しい」と思ったんだ。

 それが、ボクが最初に感じた、自分以外の存在に対する感想だ。

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