第368話 カルチャーショック
モンマに連れられ、篤樹は村の集会所に向かっていた。太陽の昇り具合から「朝」というにはずいぶん寝坊したことを肌に感じる。
「モンマ……今、何時?」
「ん? 朝の遅い時間だ」
怪我の修復と治癒は魔法で終えたとは言え、まだ病み上がりの篤樹を気遣う歩調で連れ立つモンマが「見れば分かるだろ?」とでも言いたげな口調で応えた。篤樹は苦笑しうなずく。
そっか……ユフに来てからも、エルグレドさんの「懐中時計」だけが時間を知る手がかりだったしなぁ……「何時何分」ってキッチリした時間の感覚が無くても、平気な世界なんだ……
今さらながらの気付きに、篤樹は改めて「カルチャーショック」を受けた。と同時に、自分が元世界でいかに「時間の縛り」の中を歩んでいたかを感じる。
そうは言っても「朝の遅い時間」という事もあり、村の人々はすでに朝食も終え、それぞれの活動に動き出している様子だ。昨夜は暗くなってから会談の場に呼ばれたためそれほど多くの人に出会わなかったが、こうして陽の光に照らされた村の中を歩くと、1週間前とは全く雰囲気が違っていた。
カミュキ族の人々だけでなく、エグデン王国軍本隊の兵士たち、そして、ルエルフ村から逃れて来た人々も加わり、村の人口は3倍以上に増えている。大群行の被害に遭った南と北の集落にも人手を分けているそうだが、それでもこの村に入り切れないほどの人口増だ。
あれ? この匂い……
村の中央広場にある壁の無い集会所に近付くにつれ、「朝食の香り」が強くなって来た。篤樹は何とも言えない食欲を覚え始める。
「昨日、王さまとカガワが目覚めたから、今朝は特別な御馳走を用意してくれたらしい」
よほど「モノ欲し気な表情」を見せていたのか、モンマが朝食の情報を教えてくれた。
「あ……アッキー! こっち!」
集会所に近付く篤樹とモンマに気付いたエシャーが、席を立って手招きする。篤樹は軽く手を上げ応え、招かれるまま近付いた。集会所には50人ほどが座れるテーブル席が設けられている。奥のテーブル席2つでは、村長とオスリムら数名が食後の歓談を行っていた。
「おはよ、アッキー」
エシャーが笑顔で迎えてくれる。だが、その笑顔はいつもの
「エシャーはもう食べたの?」
先ずはオスリムと村長に挨拶をと思い、篤樹は奥のテーブルに進みながらエシャーに尋ねた。
「うん。さっき、ハルカさんたちと一緒に……あっ、きっとアッキーが驚くメニューだよ? ハルカさんが言ってた」
え? とエシャーに顔を向けたタイミングで、オスリムが篤樹に声をかける。
「よう! お目覚めかい? 昨夜は遅くまでありがとよ。病み上がりなのに、無理させちまって悪ィな」
「あ……いえ……別に……」
オスリムに応じながら、篤樹は視線を村長に向け軽く会釈をした。
『体調はいかがかな? チガセ殿』
村長は穏やかな笑みを浮かべ、労わりの言葉をかける。
「はい……もう、大丈夫です。……数日寝たままだったんで、ちょっと筋力が落ちちゃった感じはしますけど……」
篤樹は通訳をしたほうが良いかと思い、チラッとオスリムに目を向けた。しかし、オスリムの横に座っている兵士が会話の内容を伝えていることに気付き、思わず驚きの表情を浮かべる。
「ん? ああ……」
その表情に気付いたオスリムが、篤樹に笑顔で説明をした。
「今回、魔法院の上級魔導師も通訳兵として10人連れて来てんだよ。ま、お前さんみたいな『言語適用魔法』は無理でも、短時間の簡単な会話程度なら通訳魔法でもなんとかなるからな」
「あ、通訳魔法……ですか……」
タグアの巡監詰所で取り調べを受けている時に、ビデルから聞いた話を篤樹は思い出す。
「そ。まあ、短時間の日常会話程度しか無理だから、昨夜みてぇな正式交渉の時にはまたお前さんの力を借りることになるかも知ん無ぇけどよ。とりあえずは、別にこっちにベッタリ同行する必要は無いぜ。安心して、向こうで彼女と朝食たべて来な」
ニヤリと片頬を上げたオスリムに篤樹は苦笑し、軽く頭を下げてエシャーの待つテーブル席に移動した。
「……なんか、スレイがおじさんになった感じだよね」
席に腰を下ろすとエシャーが感想を述べて来る。
「ホント……俺も思った」
篤樹も同調し、2人は顔を見合わせた。どちらからともなく笑みを浮かべる。
「レイラとスレイ……元気にやってるのかなぁ……」
オスリムの雰囲気にスレヤーの面影を見たエシャーがポツリと呟く。篤樹も同じことを考えていた。これまで「旅」を導いてくれていたエルグレドが居なくなり、すっかり「3人組」で行動することが多かったピュートも失い、篤樹もエシャーも大きな喪失感に包まれる。
黒魔龍「本体」の居場所を突き止めたら、こっちに合流するって言ってたけど……
レイラとスレヤーは、既に居場所を特定している黒魔龍本体を「討伐」する計画について、篤樹とエシャーには秘密にしていた。あくまでも2人の別行動は「捜索活動」であると伝えることで、篤樹に「同級生殺し」の苦悩を負わせないためだ。
いまだその「計画」を知らないままの篤樹とエシャーは、所在情報の掴めないレイラとスレヤーとの再会に強い希望を抱いていた。
「カガワ、持って来てやったぞ」
モンマが朝食を木の板に載せて運んで来る。篤樹とエシャーはモンマに顔を向けた。
「あ……サンキュ、モンマ」
板の上には小さな木の器と、木の葉に包まれた料理が載っていた。どちらからも湯気が立っている。笑顔でモンマに礼を述べた篤樹の表情が、みるみる驚きの表情に変わる。
「こ、これ……え? どうしたの!」
木の器にはスープが入っているが、その見た目と香りは「味噌汁」そのものだった。同じく湯気立つ木の葉に盛られているのは、炊きたてのお米……「白米」と言うよりは玄米に近い色合いだが、懐かしい香りを放っている。
「『ご飯』じゃん!」
「うん?『ごはん』だよ?」
篤樹のあまりの驚き様に、エシャーは少し引き気味に笑みを浮かべて応じた。
「いや……『ごはん』って……そういう意味じゃ……」
「ユフ大陸でしか採れない、珍しい穀物だそうだ」
モンマが、すでに得ている情報を篤樹にも説明する。
「ユフ大陸南方の平野部でしか栽培出来ない種類のものらしい。ハルさんは『お米やん!』って喜んでたけど、村長は『くほ』と言ってた。そのスープはユフの民が生み出した発酵菌で豆を加工したものだそうだ。ハルさんは『味噌汁やん!』って言ってた」
「うん……ご飯と……味噌汁だ……」
モンマの説明の間も、篤樹は前に置かれた「ご飯と味噌汁」から目が離せなかった。
そうか……ご飯が炊ける匂いだったんだ……
集会所に向かう間に漂って来た「食欲をそそる香り」の正体と結びついた篤樹は、キョロキョロと卓上を見回した。
「どうしたの? アッキー。探し物?」
エシャーが不思議そうに尋ねる。
「あ、うん……えっと……『箸』は無いのかなって……」
「やっぱりそこも、ハルさんと同じリアクションするんだな?」
呆れ声でモンマは言うと、背後に隠していた2本の「棒」を取り出した。
「あのね……指を使って食べるんだって。村の人たちは……」
エシャーが情報を補足する。
「こう……親指と人差し指と中指でつまんで『くほ』は食べるんだって。でもハルカさんはモンマが持ってる2本の棒を使って食べてたよ。私は……どっちも下手ッピだったけど……」
照れ笑いを浮かべて語るエシャーに、篤樹も顔をほころばせた。
「うん、箸は急に渡されても困るよね。いやぁ、それにしても……まさかご飯と味噌汁が食べれるなんて……」
篤樹はさっそく器を持ち、味噌汁をひと口すする。「あれ?」という表情でもうひと口すすり、今度は少し時間をかけて飲み込んだ。
なんだろ?……薄い?
納得がいかない味噌汁の味に少し残念な気持ちになったが、ご飯は大丈夫だろうと気を取り直す。木の枝で簡単に作っただけの「遥特製箸」でご飯をつまもうとしたが、粘り気が足りないのか、ホロホロと崩れ落ちてしまう。何度か挑戦し、結局、数粒だけをつまんで口に運び入れた。
あ、あれ? 何か……違う?
「やっぱりハルさんと同じリアクションだな?」
再びモンマの呆れ声が耳に届く。
「あのね……」
キョトンとする篤樹に、エシャーが再び説明を加えた。
「ハルカさんが言うには……スープは『出汁とって無いやん!』だって。で、『くほ』は『炊いて無いやん! 煮ただけやん!』って……ゴメンね! アッキーが口に入れるまで、絶対に言っちゃダメって言われてたから……」
何故か申し訳なさそうに謝るエシャーを見ながら「ビックリするでぇ」と語った遥の声を思い出す。
そっか……喜びとショックの両方で「ビックリ」させたかったワケかよ……
いたずらっ子のような表情を見せた遥の意図が分かり、篤樹は苦笑した。
「でもさ、美味しいよね?」
エシャーは慌ててフォローを入れる。確かに味噌汁は味が薄いし、ご飯も少し固めだが「不味い」というほどでは無い。ただ、篤樹の本心としては「残念……」とは思ったが……それでも、久し振りに口に入れた食べ物が「米と味噌」だったことで、充分に満足できる食事だった。
「御馳走様でした!」
なんだかんだと思いながらも、用意された食事をすっかり食べ終えた篤樹は、自分でも知らない内に笑顔を浮かべ食後の挨拶を発する。
「どや? ビックリしたやろ?」
遥とタフカが、いつの間にか背後に立っていた。
「おっ……と……驚かすなよ。あ……タフカ……さん、おはようございます」
篤樹の挨拶に、タフカは軽く笑みを浮かべて応じる。約1週間振りに見たタフカはすっかり成長が進み、すでに遥よりも身長が高くなっていた。
「なんか、せっかくの米と味噌やのに『残念』って思わん?」
テーブルを回り込み、篤樹の正面の椅子に腰掛けながら遥が語りかける。
「さっき調理場見せてもろうたんやけど、ここの村では米は『炊く』んや無くて、やっぱり煮る感じで作ってたわ。味噌汁も、お湯に味噌を溶いただけみたいやし……」
「ハル!……提供者の好意に、不満を言うな。それに、充分に珍しい食材料理で、俺は満足だったぞ?」
不満を述べる遥を、隣の席に腰掛けるタフカが厳しい口調でいさめる。遥は肩を軽くすくめ、苦笑いを篤樹に向けた。
「あ……タフカさんも、もう食事終わってたんですか?」
てっきりタフカも「寝坊組」と思い込んでいた篤樹が尋ねる。
「ああ。もう普段通りに寝起き可能だからな。カミュキ族の特別な『御馳走』と聞いていたから、1番に並ばせてもらった」
イメージしていたよりも何となく「食い意地」を感じる妖精王の言葉に、篤樹は愛想笑いで応えた。その微妙な反応を特に気にせず、タフカは言葉を続ける。
「この『くほ』と『味噌』があったからこそ、初代エグデンはユフとの交易を始めたそうだからな。以前から興味を持っていた食材だ」
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