第364話 支配者

 え? 何?


  成者しげるものつるぎを握り締めている状態の篤樹は、法力強化された脚で飛び上がろうと力を入れた。しかし、かえってその動作が「沈下」の速度を上げてしまったようで、一気にお腹まで泥土の地中に沈み込んでしまう。


「うわぁー!」


 ようやく事態を理解した篤樹は、沈下の恐怖に怯え叫んだ。溺れる者はワラをも掴むと言うが、今、篤樹は自分が握っている成者の剣を両手で必死に掴んでいる。地面の ふちに両手と剣をつき上半身を持ち上げようとしたが、ついた両手も固い地面ではなく泥土の上にあり支えとならない。あっという間に両腕も土中に沈み、泥土が顎まで届いた段階で、篤樹は本能的に大きく息を吸い込んで息をとめた。

 その対応にどれだけの「延命効果」が有るかは分からない。篤樹が最後に見収めた光景は、心底楽しそうに笑うガザルと、血相を変えてこちらに駆け寄って来るピュートの姿だった。


 なんだ……ピュート……お前でも、慌てふためく事があるんだな……


 泥沼に沈むように地中に引き込まれた篤樹は、恐怖と不安と絶望に襲われながらも、どこか冷静にピュートが見せた表情を楽しんでいた。



―・―・―・―・―・―・―



「カガワー!」


 ガザルの横を駆け抜け、泥土に沈みゆく篤樹に向かいピュートは転がるように膝をつくと手を伸ばす。しかし地面の異変に気付き、すぐにその手を引き戻し上方に跳び上がり木の枝を掴んだ。眼下の泥土は、まるで生き物の口のような形を見せ、ニタァと笑っている。そればかりでなく、周囲の地面も粘質の高い泥に変わり、大きな人面形の姿を現わしていた。


「おっと、残念! テメェも簡単に喰われるかと思ったのに……よぉ!」


 ピュートが掴む枝を目がけガザルが右手から法撃を放つ。だが、枝が折られる前に別の枝に向かって移動したピュートは、さらに反動を利用して大きく跳び退きタフカのそばまで降り立った。


「何をした? 早くカガワを土から出せ!」


 両腕に滅殺級の法力を充たし、ピュートはガザルを睨みつける。しかしガザルはお手上げのポーズをピュートに見せた。


「悪ぃが、これは俺の魔法じゃ無ぇよ。あ、別にテメェに詫びる必要は無ぇか!」


 ピュートは泥中で人間が存命出来る時間を計算しつつ、改めてガザルに尋ねる。


「じゃあ、あれは何だ?」


「完全な……支配者……だ……そうだ……」


 ニヤけ顔で推移を見守るガザルに代わり、両腕を失い瀕死の状態となっているタフカがピュートの足もとで答えた。その言葉の真偽を確かめるように、ピュートはガザルに鋭い視線を向ける。


「何だよ、チビッ子王さまはまだ木霊化して無ぇのか? 答えもすぐにバラしちまうし、ホントに可愛げの無いクソガキだぜ!」


「どういうことだ?」


 篤樹の生存可能時間は数分も無い……ピュートは救出方法のヒントとなる言葉を求め、改めて問いかけた。


「サーガの実の生みの親だよ! いや……サーガとこの世界の生みの親? 何か知ら無ぇが、この世界を創った1番偉くて、1番強くて、1番ムカつく野郎だよっ!」


 ガザルの言葉に眉をひそめ、ピュートはタフカにも情報を求める。


「そう……みたい……だな。前の……私も……彼の……『支配』を……感じていた」


 転生前のタフカが「サーガの実の摂食者」だったという情報はピュートも聞いていた。「その実」を食べた者は、何か共通して理解出来る感覚があるのかも知れない。だが、今はもう、それが何かを確かめる猶予も無い。


 ピュートは地に現れた「巨大な人面」に向け腕を突き出すと、おもむろに左右の手から法撃を放った。しかし全ての法撃は「ベチャッ……べチャッ……」と泥土に飲み込まれ消えていく。


「お前も馬鹿か? 効くワケ無ぇだろが! ハッハー!」


 ガザルはピュートの行為に罵声を浴びせ、ひと息を吐くと笑みを消した。


「……お前は何も出来ないんだよ。無力だ。大人しく指を咥えて、死と滅びに飲まれる世界を、ボーっと眺めてろや」


 ピュートはガザルをジッと見つめ、目を閉じた。軽い溜息の後、目を開き天を仰ぐ。


「イヤだね」


「はぁ?」


 視線を戻したピュートの一声に、ガザルは首をかしげた。直後、何かの気配に気付いたガザルはハッと空に顔を向ける。ピュートも再び顔を上げ、空を飛んで近付く「光の球」に視線を定めた。淡い緑色の法力光を放つ球体の中に、誰かが横たわっている。


 あれは……湖神か?!


「エシャー!」


 光球体の中には、エシャーが横たわっている。自分の状況に驚き、目を見開いたまま横たわっているエシャーと、ピュートは一瞬だけ目を合わせた。光球体は勢いを緩めることなく、泥土化している人面形の地面に沈み込んで行った。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「じいちゃん!」


 遥は女児妖精3人と共に、シャルロとモンマのもとへ駆け付けた。法力枯渇で動けないはずのエシャーの姿が見当たらず、遥は慌てた声でシャルロに語りかける。


「エシャーちゃんはどこなん! モンマ!」


 ポカンと空を見上げていた男児妖精も遥の声に気付き、振り返った。


「あっ……ハルさん!」


「おお! ハルカさん。御無事じゃったか。……ウチの連中は?」


 シャルロは駆け寄って来たメンバーを確認し、遥に問いかける。立ち止まった遥は「あ……」と表情を曇らせ、一瞬目をそらした後、真っ直ぐにシャルロに顔を向けた。


「……ゴメンなさい……ガザルに……敵わんかった……みんな……」


 詳しく聞かずとも、ルエルフ村の男たちが木霊となったことをシャルロは理解し、それ以上の説明を制する。


「そうか……。して? 今、どうなっておるのじゃ?」


 遥は知り得る範囲での状況をシャルロに伝え終ると、改めて問いかけた。


「……ほんで、ウチらもこっちに合流しとこ思って。で? エシャーちゃんはどうしたの? まだ自分では動けんやろうもん?」


「あ……そ、それが……」


 モンマは応えようとしたが、上手く説明が浮かばず、助けを求めるようにシャルロへ視線を向ける。シャルロも困った様子で目を閉じると、両手で自分の長い顎髭を掴んで言葉をまとめ、自信無さげに口を開いた。


「どこに行ったのか……なんでなのかは分からんが……」


 前置きに続き、シャルロは視線を遥に合わせ、事情を説明する。


「地の中から……突然、小さな法力光が滲み出て来てのぉ……それが1つにまとまると……ワシとエシャーの内に語りかけて来たんじゃ……」


「ボクには……聞こえませんでした……」


 モンマが遥の視線を感じ、すぐに応えた。


「エシャーさんと、シャルロさんにだけ聞こえる『声』だったそうです」


「ウム……」


 シャルロはモンマの言葉にうなずき、話を続ける。


「ワシら『ルエルフ村の者』に向けての言葉だったんじゃな……湖神様の『声』じゃった」


 その言葉に、遥がハッと反応した。


「湖神って……先生? 直子先生が?」


「そうらしいのぉ……カガワアツキの『先生』……いや、君らチガセ全員の『先生』が……この世界、そしてワシらの村を創った『湖神様』なんだそうじゃな……」


 遥は無言でうなずいた。シャルロは言葉を続ける。


「村の外で……こんな所でお会いするとは思ってもみんかったが……まあ、とにかく、慌て急がれた様子で、ワシらの身体を『依り代』に貸して欲しいと言われてな……」


「依り代って……身体を支配させろっちゅうこと?」


 聞き直した遥に、シャルロは手をあげて話を最後まで聞くように示す。


「強大な法力量を持たれる湖神様の依り代は、普通の者じゃ務まらん。また、依り代の内に自己法力が多く充ちておれば、湖神様の法力を受け容れられん。だが小人の 咆眼ほうがんを持つワシやエシャーという『器』は、他の者たちよりも大きい……しかも、今、ワシらは2人とも自己法力がほぼ枯渇状態じゃ。湖神様の依り代として選ばれるのに、ワシもエシャーも最適な状態だったんじゃろうな……」


「それで……エシャーさんは湖神様の法力球光に包まれて、どこかに飛んで行かれてしまったんです」


 シャルロの話を受け、モンマが最後に現状を伝えた。


「とにかく……分からんことが多過ぎる……。そもそも……」


 シャルロは首をかしげながら言葉を続ける。


「なぜ湖神様はワシでは無く、エシャーを依り代に選ばれたのか……」


「・・・」


 遥と妖精たちは、互いに伝心を使わずとも「そりゃそうでしょうねぇ……」という思いで一致していた。

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