第363話 大口

 タフカと亮が待つ戦いの場へ向かい、篤樹は森の中を駆け抜けていく。


 満身創痍……なんだよなぁ?


 左斜め後方を追走しているピュートの気配を横目に感じながら、篤樹は心の中で呆れたようにつぶやいた。どれほどの大怪我をピュートが負っているか、正確には理解出来ていない。ただ、本人の説明と遥の所見で一致しているのは「お腹から背中に突き抜ける穴が2ヶ所開いている」ということだった。

 「問題無い」と判断するピュートと「絶対安静やん!」と主張する遥の言い争いは、結局ピュートに軍配が上がる。遥と妖精たちがピュートを力ずくで止めようとした拘束魔法をかわし、さっさと森の中へ駆け出してしまったのだ。篤樹も慌てて追いかけ森に飛び込み、結局、そのまま走り続けて来た。


「ピュート!」


 篤樹は背後に感じるピュートに、走りながら声をかける。返事は無いが、ちゃんと聞こえてるはずだと確信し、篤樹は話を続けた。


「策が有るって? どんな作戦なのか、先に教えておいてくれよ!」


「・・・」


 聞き取れないほどの声でピュートが何かを伝える。


「え? 何だって? ごめん、もっかい言って!」


 篤樹は駆け足を緩め、左後方に顔を向けピュートに視線を合わせ改めて尋ねる。ピュートは一瞬視線をそらした後、顔を正面に向け直し応えた。


「カガワが俺の邪魔をしないでくれれば、全て上手く行く。カガワは自分の全力で戦え」


「はぁ? んだよ、それ……」


 相変わらず淡々口調での返答に、篤樹は呆れて舌打ちをする。


 まあ、でも……口下手でも、やる時はやるヤツだからな……


 これまでの経験から「この世界での戦い」に関し、ピュートはかなり優秀だと認めざるをえない。篤樹は自分がピュートを「頼もしい仲間」と感じていることは受け入れていた。


 でも……面と向かって言われると、さすがに照れるよな……


 遥たちの目の前で、唐突に発せられた「友だち宣言」を思い出し、何となく笑みがこぼれる。


 空気の読めなさとか、言葉や配慮の足りなさってのは確かにあるけど……案外、良いヤツだよなぁ……


 内調部隊の一員としてエルグレドをつけ狙い、無関係の侍女アイリまで「道具」として使った非情さは許せなかった。しかし、ボルガイル隊が解消され、エルグレドの管理下に置かれたピュートは、今では篤樹にとっても大きな存在……仲間の1人だと認識している。


 エルグレドさん……


 この「旅の仲間」を率いてくれていたエルグレドの所在が気になる。ふと、アイリに仕込まれたピュートの法撃で、エルグレドが「死んだ日」の事を思い出した。ミラの従王妃宮で「蘇生」したエルグレドに、スレヤーが語ったひと言……


『ホント、大将に何かあったら、俺ら全員バラバラになっちまいますからね……』


 レイラさんもスレヤーさんも、黒魔龍本体を捜すためにいなくなった……エシャーも動けない状態……エルグレドさんは「賢者の森」に連れ去られて……あれ?……全員バラバラに?


 ゾクッ……


 篤樹は嫌な胸騒ぎを感じた。上半身の皮膚全体が鳥肌に覆われるような悪寒……顔の表面がジンジンとする。


「カガワ……」


 ピュートからの呼びかけが、いつのまにか無意識で駆けていた篤樹の意識を引き戻す。


「近いぞ……」


 横に並んだピュートが、視線で進行方向を示した。篤樹もその視線を追う。直後、前方から強大な力を感じ、篤樹は成者の剣を両手で握り立てて防御態勢をとった。その手にピュートの手も添えられる。


「耐えろよ!」


 何を指示されたのか分からず、篤樹はピュートに目を向けた。しかしピュートは前方から押し寄せる強大な力に集中する。すぐに2人を包む球体型の防御魔法膜が発現された。その発現完了を確認する間も無く、篤樹は前方から激しい衝撃がぶつかって来たことに気付く。

 法力強化の高速移動中に襲われた2人は、球体防御魔法膜の中で体勢を崩しながらも、突如加えられた法撃に耐え続けた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……残念だったなぁ? チビッ子王さま」


 ガザルは転生初期形態の幼いタフカの腹部を刺し貫く左手を引き抜いた。タフカの小さな身体は、力無くその場に膝立ちで崩れ落ちる。


「大口叩いてたワリにゃあ、手応え無さ過ぎだったぜ?……クソガキがぁ!」


 左腕をもぎ取られ、腹部に大きな 穿孔傷せんこうしょうを負って膝立ち状態となっているタフカの頭部を目がけ、ガザルの 蹴撃しゅうげきが放たれる。何とか反応したタフカは、残されている右手でその足を受け止めようとしたが、抑えられるだけの力は残っていなかった。


「ぐはぁッ……」


 辛うじて蹴撃での頭部破壊を免れることは出来たが、5メートル近く蹴り飛ばされた身体を、再び起き上がらせることは叶わない。タフカはうつ伏せの状態で、何とか身を起そうと必死にもがいている。


「ふぅ……」


 ガザルは手首まで再生が進んでいる右手に目を向け、左手で右脇腹を押さえひと息を吐いた。乱入して来た男の攻撃で、ゴッソリえぐり取られた右脇腹への治癒魔法を左手で施しながら、ガザルは視線をタフカからそらす。


「へっ……腹ごしらえでも……しとくかよ……」


 血と泥にまみれた外套をまとい、タフカとの戦いに乱入して来た人間種……ガザルはこのチガセの男が放った殺気を思い出す。明確な殺意、それを成し遂げられるだけの力量……そして「成者の剣」。

 何を勘違いしたのか、誰かの仇だと吠えながら襲いかかって来た男に対し、ガザルは一瞬危機感を抱いた。もしタフカとの連携をこの男がとっていれば、倒されていたのは自分であっただろうと、ガザルの本能は今も告げている。


「馬鹿な野郎で助かったぜ……」


 ガザルは思わず心の声を洩らす。亮は確かに強大な力を有して現れた。タフカとのギリギリのせめぎ合いの中、この新手の乱入者にガザルは敗北を半ば覚悟した。しかし……怒りに任せて攻め込む亮と、隙を見て攻撃を繰り出すタフカのリズムは、最後まで噛み合う事が無かった。

 

 タフカの腹を貫いた左腕から放たれたガザルの法撃は、幼い身体のタフカごと両断するため飛び込んできた亮を真正面から捉え吹き飛ばした。


 ガザルの法撃により上部が消し飛ばされた森の一画に、根元だけ残された木が数本燃えくすぶっている。その内の1つに、上体を預け動かなくなった亮の身体が寄りかかっていた。


 すでに事切れているのは明らかだが、それでもガザルは慎重に歩み寄り、亮のそばに転がっている「成者の剣」を爪先で押してみる。思った通り、微動だにしないその「法剣柄」を忌々しそうに睨み、ガザルはさらに亮に近付いた。


「直撃でも吹き飛ば無ぇってのは……ムカつくなぁ……」


 両足を投げ出す座位で、背を木の根元に預け座っている亮の上体を、ガザルは足で横に押す。グラリと仰向けに倒れた亮の胸から上は、黒く炭化していた。その姿を確認し、ガザルはようやく口元に余裕の笑みを浮かべる事が出来る。


「は……ハハ……ヒャーハッハッ! テメェ!」


 高笑いの後、ガザルは亮の頭部を踏み砕いた。


「偉そうに……フザケた目で俺を睨んでんじゃ無ぇぞ、クソ虫がぁ!」


 先の戦闘の中、一瞬でも恐怖を感じさせた亮に対する怒りがガザルの中に込み上げる。抵抗する一切の力を失っている命無き亮の骸は、ガザルの怒りのはけ口に蹂躙され破壊されていく。ガザルはその一部を口に運び入れるため、地面に手を伸ばした。しかし何かを察知し、後方へ飛び退く。


「調子に~乗るな~雑魚め~!」


 地を揺らすような声……いや……地面そのものが泥土のように形を変え、口のような形の穴と成り、ベチャベチャと動いている。ガザルに破壊された亮の身体は、ズリズリとその穴に引き寄せられ消えていく。


「なんだ……そいつ……は?」


 ガザルに 穿うがたれた腹部の「あな」に、自分の右手を載せ治癒魔法を始めていたタフカが問いかける。ガザルは地面を睨みつけたまま舌打ちをすると振り返り、タフカに左腕を伸ばし法撃体勢をとった。


「さあな? バケモンなのか……神さまなのか……『完全なる支配者』ってヤツさ」


「ヴバァッ、ヴバァッ、ヴバァッ!」


 粘着性のある土を噴き上げながら、泥土の口は笑う。


「完全な……支配者……だと? あれが……」


 タフカは回避行動をとれる状態までの回復を目指し、時間稼ぎに問い直す。唐突にガザルから放たれた法撃が、タフカの右肩ごと腕を吹き飛ばした。


「グ……」


 痛みに呻くタフカに、ガザルは冷徹な視線を向ける。


「チマチマと時間稼ぎなんかしてんじゃ無ぇよ、王さまのクセによぉ? 質問タイムは終わりだ。もっかい、どっかの木ん中に帰って指でもしゃぶって……痛ぇ!」


 タフカに向け滅消法力のこもった法撃を放とうとしたガザルの後頭部に、石が投げつけられた。


「なるほどね……確かに『痛ぇ』だな……」


 ガザルは攻撃目標を変え、背後の声の主に法撃を放とうと振り返る。そこには、後頭部をさすりながらたたずむピュートと、少し下がった位置で成者の剣を構え立つ篤樹の姿が在った。


「直接だけでなく、間接攻撃でも干渉する……あんな石ころでも律義に返って来るんなら……やっぱり先ずはカガワから行け。俺は妖精王を回収する」


 ピュートは言葉を終える間も無く、タフカのそばに法力移動を済ませる。急に、目の前で「壁」になっていたピュートが消えたため、篤樹は真正面でガザルの睨みを受ける立ち位置になってしまった。


「またチガセのガキか……」


 ガザルはチラッと視線を落とし地面を確認する。「泥土の口」はいつの間にか消え、普通の地面に戻っていた。その様子には気付かなかった篤樹だが、ガザルの洩らした言葉に反応しサッと周囲を見回す。


「『また』?……ってことは、亮も居たんだろ? どこに居る?……亮ッ!」


 問いかけた相手が素直に答えるハズも無いと思い直し、篤樹は少し大きめの声で亮の名を呼んだ。しかし、その呼びかけに応じる声も気配も無い。


 亮……


「さっきのヤツはあれかい? やっぱりテメェの『ドウキュウセイ』ってヤツか?」


 ガザルからの返答に、篤樹は亮が確かにこの場に居たと確信する。


「ああ……どこに……亮は今どこに!?」


 嫌な予感が働くが、ハッキリと決まったワケでは無い……篤樹は慎重に足を運び、前に出る。ガザルは口端に笑みを浮かべると、回復途上の右手を伸ばし、篤樹の左横をさし示した。ガザルの動きに注意しつつ、篤樹は視線を示された地面に向ける。


 あれは……亮の「成者の剣」……


「それ、あれだろ? さっきのチガセの忘れ物だよな?」


 完全に攻撃姿勢を解いて語りかけるガザルに目を向けたまま、篤樹は亮の「成者の剣」まで近付き、拾い上げようと屈んだ。


「ちゃんと届けてやれよ? その忘れモノをよぉ」


「……どこに? 亮はどこなんだよ!」


 ガザルはまだ攻撃態勢をとっていない。篤樹は自分の剣を真っ直ぐガザルに差し向けたまま、強い口調で問い質した。ガザルは不快そうに舌打ちをする。


「ガキが……大口叩いてんじゃ無ぇよ……教えてやるよ……」


 篤樹はガザルの次の言葉を待つ。


「『あの世』だよ、バーカ!」


 え?……


 ガザルの言葉の意味を脳が理解しようと動き出す前に、篤樹は自分の身体が足元から地中に沈んでいく感覚に襲われる。足裏の大地が泥土と化し、篤樹は「大きな口」に呑み込まれて行った。

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