第360話 合流

「黒魔龍は来ィへんよ? サーガの王さまガザルさん。アレは消し飛んだからなぁ。残念やったなぁ?『足』がのうなってしもて」


 遥は不敵な笑みを浮かべガザルに告げる。ミツキの森で訓練を受けたルエルフ法術士5人は、いつの間にかガザルとピュートの周囲を取り囲んでいた。


「なんだとぉ?……テメェ……妖精か?」


 突然現れた襲撃者たちをガザルは忌々しそうに見回し、遥に視線を合わせた。人間種の幼い女児に見えるが、発せられている独特の法力波で、ガザルはすぐにその正体に気付く。


「妖精王タフカの妹……遥だよ。初めましてやなぁ? ほんで……」


 周囲を取り囲むルエルフ法術士たちの法力波が一気に高まる。


「さよならやーっ!」


 遥の号令一下、ガザル目がけ強力な攻撃魔法が次々に放たれた。飽和法撃に巻き込まれないように、ピュートは法力強化を施した脚力を活かし跳び退き、数メートルの高さにある枝へ移動する。

 十数秒ものあいだ一点集中で放たれ続けた法撃は、ガザルが立っていた空間自体を消滅させるかのように大きな球体に膨らんでいく。


「どや?!」


 頃合いを見て遥が声を上げると、男たちは法撃の手を下げる。球体状に集束されていた法撃光も徐々に縮小していく。ガザルが立っていた地面は1メートルほどの深さまですり鉢状にえぐれ、法撃球体の威力を物語っていた。

 影も形も残さずにガザルを消し去った―――そう認識し始めたばかりの脳は、しかしすぐにその誤情報を打ち消すことになる。


「スカスカしてて、旨く無ぇんだよなぁ……妖精種ってのはよぉ……」


 聞き覚えある声に反応し、遥と男たちは視線を一方向に向ける。取り囲んでいたルエルフ法術士の内の1人の背後にガザルは立っていた。掴まれている男の首は、有り得ない角度に落ちかかっている。その頭部を支えていたであろう「首筋」を口に咥え、ガザルはクチャクチャと 咀嚼音そしゃくおんを響かせた。


「消えちまう前に、喰えるだけ喰ってもよぉ……あんまり腹にたまら無ぇんだよなぁ……」


 すでに事切れている男の首から吹き出す赤い体液を浴びながら、ガザルはさらに左手で男の身体の一部を引きちぎり口に運び入れる。


「ほらな?」


 その時点で、ガザルに捕食され始めたルエルフ法術士の身体全体が淡く光を放ち、舞い上がる火の粉のように身体全体が虹色の光粒子へ変わっていく。


「キサマ!」


 狂気に満ちた笑みを浮かべるガザルの一番近くでその様子を見ていたルエルフ法術士が、ようやく状況を理解し右腕を上げながら叫んだ。しかしその腕を上げ終わる前に、男は自分の腕が宙に舞っていることに気付く。すぐ真横にガザルの顔が現れる。


「誰に口を……きいてんだコラァ!」


 ガザルの声に反応する間も無く、男は自らの死をその目で見ることとなった。振り抜かれたガザルの左手刀によって切り離された男の頭部が、草地に転がる。


「みんな、距離をとって!」


 なおもガザルに飛び掛かっていく3人のルエルフ法術士たちに、遥は必死で声を上げた。だが、その制止の声に反応する前に、ガザルから放たれた法撃が男たちを細かく切り刻む。


「うわ……ダメやん……」


 一旦退くため後方に跳ぼうとした遥の背が、すぐに何かにぶつかり押し戻された。


「ルエルフってのはエルフよりも早く消えちまうんだよなぁ……下等種だからか? じゃあ、妖精種の中の妖精種ならどうだよ? 純粋な妖精なら、エルフよりも食べ応えがあるもんなのかぁ?」


 振り返るとそこに、光の粒子に変わりかかっている肉片を手に持つガザルが立っている。遥は引きつった愛想笑いを浮かべ小首をかしげた。


「う……ウチは……同族喰いなんかせんから、よう分からんな……」


「同族じゃねぇよ!」


 ガザルは遥の小さな背中を蹴り飛ばす。数メートル前方の地面に転がり倒れた遥の横に、すでにガザルは立ち構えていた。


「死ねよ!」


 仰向けに倒れた遥の頭部目がけ、ガザルは右足を踏み下ろす。思わず目を閉じた遥は、次に訪れるであろう絶命への痛みがなかなか下ろされて来ないことを不思議に思い、ゆっくり片目を開いた。


「攻撃以外なら、あんたとの干渉は起きない」


 遥の横に屈みこみ、右手でガザルの踏撃を受け止めたピュートが淡々と語る。


「いい加減に……しろや! この『分け身』がぁ!」


 ガザルはよほど頭に来たのか、受け止められた右足を引き離すと、屈んだ姿勢のピュートの顔面に右足甲で蹴りを入れた。蹴撃に吹き飛ばされたピュートは宙で身をひねって体勢を整え、両足で地面に着地する。即座にガザルの顔面にも打撃痕が現れたが、倒れる事無く数歩後ろによろけながらも踏み止まった。


「痛……ってぇなぁ! ちくしょう!」


 ピュートもガザルもそれぞれ自分の鼻に手を当て、砕けた鼻骨の修復を済ませる。その間に遥は立ち上がり、ピュートの背後に回った。


「何や、これ! ホンマに相互干渉体なんてのがあるんやねぇ! ビックリしたわ!」


「……チガセのハルカ……カガワの友だち……妖精王の妹の身体を使ってるんだったな? 補佐官の魔法なんだろ? 俺もビックリだ」


 互いに視線を一瞬だけ合わせ、共通の敵に目を戻す。


「なんか、手ぇは有るかな? アレを黙らせる方法……」


「無理だな。お前の力量で倒せる相手じゃ無い。俺は攻撃出来ない。……『妹』が居るのなら『兄』も近くだろ? 呼べよ」


「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞ!」


 ガザルは叫びながら遥に向けて法撃を放つ。しかし、ピュートとの「相打ち」を避けるために加減を施したガザルの法撃に切れは無く、簡単に遥は身をかわす。だが、その逃避行動でピュートとの距離が開いたことを確認すると、ガザルは口端を上げ、今度は強力な次撃を遥に向けて放った。


「はッはァ! バカが!」


 自分の法撃に手応えを感じたガザルは、目標位置で破裂した法撃光を見ながら笑い声を上げる。しかしすぐに、その笑みは消えた。


「呼んだか? ハル」


「兄さま……」


 遥の前に立ち防御魔法壁を発現しているタフカの視線は、冷酷な暴君のようにガザルを睨みつけている。


「なんだよ……ホントに来やがったのか、生まれたての妖精王……」


 苦虫を噛み潰したように歪んだ表情で、ガザルはタフカを睨み返す。


「テメェだって一度は食ったんだろ?『アイツ』からもらったサーガの実をよぉ……せっかく『本物の王さま』になれるチャンスを捨てちまうなんて、やっぱ妖精ってぇのは馬鹿な種族なんだなぁ?」


「黙れ負け犬。お前の負け惜しみなど聞きたくも無い」


 ガザルの挑発に軽く応え、タフカは遥に声をかける。


「ハル……お前はそこの男を連れてこの場を離れていろ。下手に人質になられては困るからな。あの程度の害虫なら、私一人で充分だ。」


 突き放すように語るタフカの言葉の中に、遥は充分に「兄さまのいたわり」を感じとっていた。転生から日が浅いために、兄と言うよりも弟と言うほうがしっくり来る外見だが、妖精王タフカの内充法力はエルグレドに並ぶだけのものを持つ。


「わかった、兄さま。……賀川と牧田くんは?」


 うなずき離れようとした遥だったが、一緒に行動していたはずの篤樹と亮の姿が見えず、タフカに尋ねる。


「……少し向こうに居る。地中に……何かを見つけたようだ」


 タフカは一瞬答えに窮し、言葉を選び直して伝えた。遥の友人である牧田亮が地中で見つけたモノ……高木香織の変わり果てた姿を、この場で伝えることを躊躇したからだ。


「カガワも居るのか?!」


 2人の会話にピュートが食い付く。タフカはこれ幸いとばかりに、ピュートにも指示を出す。


「そっちの森、少し奥だ。マキタリョウと一緒にいる。合流して戻って来い。それまで俺が相手をしておく!」


 ピュートの表情が先ほどまでと違い、感情を帯びているように見えた。遥はタフカが何かを隠している事には気付きつつも、今は篤樹と亮を早くこの場に連れて来るべきだと判断する。


「よっしゃ! じゃあ、行こっか? ピュートくん。兄さま! 無理は禁物よ!」


 声をかけた遥が走り出すと、すぐにピュートも並走に付いた。あまりの動きの早さに、遥は走りながらピュートに話しかける。


「何ぃ? そんなん大怪我しとる身体で、ようキビキビ動けるなぁ? 賀川と会うんが、そんなに嬉しいんか?」


「……ああ……トモダチだからな……」


 横目でチラッと確認したピュートの表情は、相変わらず読めない。だが、明らかに先ほどまでとは違う「期待の光」を宿したピュートの瞳に、遥は何となく嬉しくなり、笑みを浮かべ駆け続けた。

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