第361話 語りべ
「カトウ?……ミサキ?」
自分の予想していなかった名前で自己紹介する光粒子の女性に、スレヤーは不思議そうに聞き直した。美咲がその問いに応じるより先にレイラが応える。
「ミサキさんね。『導く者の杖』の持ち主……アッキーたちを連れて来た『バス』を操る者の1人……」
レイラの言葉が届き、スレヤーの脳裏にこれまでの情報が再構築されていく。
アッキーは……同級生32人と一緒にこの世界に来た……いや……「32人」じゃ無ぇ……「センセイ」と呼ばれるコミヤ・ナオコも一緒だった。そして……「バス」って馬車を繰る人間……それに……タフカの目にブッ刺した「導く者の杖」は……「バスガイドさん」ってのが持っていた道具……
「バス……ガイドさん……」
思わず洩らしたスレヤーの言葉に、美咲は驚いた表情を浮かべる。
「うわぁ! 懐かしい! え? どうして知ってるんですか、その呼び方! そうです! バスガイドの加藤美咲です!……って、ああっ! 自分で名乗るのも、凄く懐かしい!」
話しながらどんどんテンションが上がって行く美咲の様子に、スレヤーが浮かべた愛想笑いは段々と困惑した表情に変化して行く。
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
整理が追い付かない状況に、スレヤーは声を上げた。
「レ、レイラさん? えっと……知ってたんすか? その……この方のこと……」
当然顔で現状を受け入れているレイラに、スレヤーは顔を向ける。
「あら? まさか。今はじめてお名前をうかがいましたわよ?」
「じゃ無くてぇ! 俺ぁ、てっきり湖神様……アッキーの先生の分心思念体ってのがここの『
動揺を隠せないスレヤーの訴えを、レイラは微笑みながら首をかしげて聞き終えると口を開いた。
「ミシュバでエルから『昔話』をうかがった時、アッキーも言ってたでしょ? 導く者の杖は『バスガイドさん』の道具だったって。それに『バスの御者さん』のお話しも聞いていたわ。繰る者が必要な乗り物だったと。そしてコミヤナオコ……『先生』のこともね。お名前は存じ上げていなくても、アッキーたち『子ども32人』の他にも
レイラからの問いかけに、スレヤーは呆然と首を横に振って応える。レイラはわざとらしく驚いた表情を向け話を続けた。
「エルが黒魔龍と初めて対峙した時、『予言者の鏡』に宿っていた女性のイメージとコミヤナオコのイメージに違和感を覚えましたの。何となく『同一人物』と感じませんでしたのよ。だから抱いた印象のままに『別の人物』として考えてみましたの。それならすぐに納得がいきましたわ。黒魔龍と共におられるグラディーの思念体は『バスガイドさん』という女性なのだと。湖神様……コミヤナオコでは無く、ね」
この段になると、スレヤーもようやく状況の整理が追い付き、苦笑いを浮かべながら話を聞く余裕が出て来た。
「なぁるほどねぇ……『この世界』にゃ、アッキーの先生の他にも『神さま』が居たってぇことですか。面白ぇ話ですねぇ」
「『面白い』……ね」
レイラはスレヤーの言葉尻をとらえ、美咲に目を向ける。
「『面白い素材』……だったかしら? 私たちの隊長さん、エルグレドの事を貴女もそう呼ばれたとか?」
「エルグレド?……そう……それが『あの子』の名前なのね……」
問いかけられた美咲は驚いたようにレイラを見、目を閉じると口元に笑みを浮かべた。
「あ、あの……」
黒水晶の動きを気にしつつ、3人のやり取りを聞いていたミッツバンが口を挟む。
「お話し中にすみません……その……黒魔龍の件は……どのように……」
美咲は目を開け、黒水晶に視線を向けた後、レイラに顔を向け直した。
「お話ししましょう。加奈さんのことも……『あの子』……エルグレドのことも……この世界の成り立ちについても」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……ル……い?……目を……
エルグレドは「再生」の時と同じ不思議な意識内にいた。時も空間も自己存在も認識出来ない、白く輝く意識の中―――しかし、誰かの呼びかけを認識し始めると、急激に自己存在に気付き始める。意識が自己存在の認識へと向かうのに比例し、激しい頭痛と恐怖が襲って来た。
エル……目を……なさい……
何が……誰の声……頭が痛い……私は……私は……
「うわァ!!!」
一気に五感が目覚め、エルグレドは意識に流れ込む膨大な情報量に圧し潰されそうな恐怖に抗い叫び声を上げた。全身が細かく震え、目を剥き出しに開き、身体が欲するままに荒い呼吸を繰り返す。汗腺の全てから汗が吹き出し、肌を伝う不快な感覚に包まれる。
「……そうなっちゃうんだぁ……驚いたな……」
周囲の状況を把握する前に飛び込んで来た新しい情報……記憶の中に鮮明に刻まれている懐かしい「声」に反応し、エルグレドは目を見開いたままゆっくり顔を向けた。
「ミ……ツキ……さん?」
明るい陽射しとやわらかな風が吹く丘の草地で上体を起こし、エルグレドは恩師である大賢者ミツキの笑顔に出会う。その視線は、三月の背後に立つ1本の木に自然と向けられた。
「フィリー……」
穏やかな風に揺れているだけではない、明らかな意思を感じさせるように枝葉が揺れている。樹木化したエルフ「フィルフェリー」が、エルグレドとの再会を喜ぶように立っていた。
―・―・―・―・―・―・―
「もう良いのかい?」
フィルフェリーの木から離れ戻って来たエルグレドに、三月は微笑み尋ねた。
「ええ……会話は……やはり今も『出来てる気持ち』までしか……」
「そう。まあ、それじゃ……」
三月は自分が座す丘の斜面横にエルグレドを招く。歩み寄ったエルグレドは、招きのままに腰を下ろした。
「……不思議な気分です。つい先ほどまで……まるで夢の中に居たような。でも……」
エルグレドは三月に顔を向け、少し強い口調に変える。
「『向こう』で起きていることは現実です。一刻も早く、あちらに帰らせて下さい!」
「君は変わらないなぁ……」
三月は楽し気に声を上げて笑う。エルグレドは一目でそれと分かる不機嫌な表情を三月に向けて抗議の意を示した。
「君は……」
ひとしきり「弟子」の抗議の視線を受け止めると、三月は薄い笑みを浮かべ、教え諭す口調で語る。
「もう、向こうには戻れない」
「は?」
師匠からの唐突な宣告に、エルグレドは尋ねるべき質問の言葉さえ思い浮かばず、口をパクパクと無音で動かし三月を見つめた。
「君はホントに楽しい子だなぁ!」
満足げに笑みを浮かべ応えた三月に、エルグレドは怒りもあらわに立ち上がる。
「ミツキさん! いい加減にして下さい! どういうつもりなんですか! あちらでは皆が……アツキくんやエシャーさんやウラージさんたちが……」
自分で名を挙げながら、エルグレドはそれぞれの「仲間」が苦境に立たされている姿を脳裏に思い描き、ますます怒りが湧き上がる。
「すぐにでも元の場所に私を戻して下さい!……で無ければ……」
真っ直ぐに師匠ミツキに伸ばした右腕に、エルグレドは法力を充たす。しかし三月は余裕の笑みを浮かべたまま、視線だけをエルグレドに向けた。
「で無ければ?」
しばらく睨みつけた後、エルグレドは観念したように右腕を降ろし、溜息を吐く。
「……彼らが困ってしまうでしょう。私が居なくなれば……あなたの友人であるアツキくんも……」
全て承知の上で三月が語っている事をエルグレドは理解しつつ、それでも尚、篤樹の名を出す事で最後の揺さぶりをかけてみた。
「ああ……聞いたよ。賀川くんは君と出会えていたんだね。不思議な気持ちだよ、ホント……」
目を細め、森の上に見える青空を見上げた三月の穏やかな表情を見ると、エルグレドは再びゆっくり腰を下ろした。
「ハルカさんの事も御存じなんでしょう? マキタ・リョウさんとタカギ・カオリさんにもお会いしましたよ。あなたの友人方は、今、『向こう』の世界を変えるために必死で戦っておられます。それなのに私もあなたも、このままここにとどまっているべきなのでしょうか?」
答えは分かっている。しかし、その理由を知りたい……エルグレドの思いを受け止め、三月はうなずいた。
「『世界を変えるため』……か。フフ……そりゃね……僕だってみんなと会いたいよ。賀川くんや亮くん、高木さんにも高山さんにも……。でもね……」
エルグレドは三月の視線が自分に向けてでは無く、自分の背後に向けられている事に気付き急いで振り返る。
3メートルも離れていない草地に、人の形をした「光のかたまり」が立っていた。その「光のかたまり」に、エルグレドは抵抗出来ない力量差の「おそれ」を即座に感じ身を硬くする。それは三月に対する「力量差に対する恐れ」とは異質な、別次元の……抗うことを試みることさえ思いつかない「畏れ」だ。
「どなた……ですか?」
薄く輝きを放つ、小柄な人の形をした光粒子体……思念体のような法力波も感じない「その存在」に、エルグレドはようやくの思いで口を開く。しかし、その問いに応えたのは背後の三月だった。
「彼の意思によって、君はここに留められることになった。まあ、ついでのように僕もね。理由は……これは『あなた』からちゃんと説明して下さい」
後半、三月は「その存在」に向けて声をかけた。
「そうだね……じゃあ、話そうか」
エルグレドと三月の正面に「その存在」は移動する。人の形をした、淡く白い光粒子の結集体に明確な輪郭や凹凸は無い。しかし、顔部分と思われる場所に、エルグレドは「にんまり」と笑う口が見えたように感じた。
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