第358話 サプライズ
『モンマ! 左に回れ!』
黒魔龍の口から放たれる「黒矢の雨」の範囲とタイミングを遥は測る。木々の隙間から見え隠れする黒魔龍の動きを確認しつつ、遥は伝心を使いモンマに指示を出した。
左右に距離を取り、遥とモンマは「法撃と逃避」を交互に繰り返す。全長200メートル以上だった黒魔龍は、尾部4分の1ほどを失ってるとは言え、まだ150メートル以上はある。
「核」の場所が頭部なのか胸部なのか、それとも残されている尾部に在るのか確定できない以上、広範囲で、尚且つ「核」を砕けるだけの力を持つ法撃が必要となる。黒魔龍の全身にエシャーが隙間無い法撃を1発で決めるには、角度が大事だ。エシャーが構える位置から狙って最良の体勢となるように、遥とモンマは黒魔龍を誘導していた。
『ハルさん! 尻尾が再生してきてる!』
黒魔龍の尾部が再び具現化し始めた姿に気付き、モンマは伝心を遥に送る。情報を確認するため、遥は位置を変えた。
ホンマや……参ったなぁ。こんな巨体相手やと、たとえ「小人の
黒魔龍を相手に出来るほどの法力を、自分もモンマも持っていない。遥は初め、黒魔龍との直接対決は避け、タフカに状況を報告するだけのつもりだった。しかし、たまたま再会したエシャーが「小人の咆眼」の使い手だと分かった事で、自分たちで対処が可能かも知れないと判断した。黒魔龍の尾部4分の1を消し飛ばしたエシャーの法力があるなら何とか出来るかも知れない……と。
だが黒魔龍と対峙する中で、その見込みが甘かったと気づき始めた。思念体を構築する「核」を破壊出来る力を法撃に持たせるなら、効果範囲を集束させなければならない。しかしその「核」の位置が分からない以上、広範囲に放ち込むしかない。となると「核」を破壊出来る力を保持したまま、エシャーが放てる攻撃魔法の最大範囲は50メートル円内……良くても黒魔龍全長の4分の1ほどだろう。
どないしょ……
「ほう! アレと戦っとるのは、妖精じゃったか!」
思いを巡らせながら、黒魔龍に対する法撃と避難を樹上で繰り返していた遥に、下方から突然、声が投げかけられた。
―・―・―・―・―・―・―
『エシャー! 黒魔龍の上半分を狙い全開で放て! 下半分はワシが放つ!』
遥とモンマからの指示を待っていたエシャーの「耳」に、突然、伝心の声が飛び込んで来た。
「えっ!?」
あまりにも予想外の「声」に、エシャーは目を見開く。しかし、すぐに新しい指示が届いた。
『集中するのじゃ! 今、妖精がヤツの鎌首を上げさせる! 良いな? おぬしは樹上に現れるヤツの上部全体を狙え。下部はワシが討つ! さあ、来るぞ!』
その「声」の通り、黒魔龍が首を上げ始める姿が木々の隙間から見えた。エシャーは気持ちを整え直し、指示通り黒魔龍の「上半身」を狙うため樹上へ駆け上がる。木の上から黒魔龍の姿を確認すると、木々の上辺から70~80メートルほど上まで鎌首を上げ、今にも法撃を放とうと口を開いていた。
『いくぞ! 3・2……』
すぐに伝心が届く。エシャーは両腕を伸ばし、黒魔龍の上半身に狙いを定める。
『……1……放てぇ!』
「声」とのタイミングを合わせ、エシャーは無心で攻撃魔法を黒魔龍の上体に向けて放つ。遥が言っていた通り、自分自身でも経験したことの無い強大な法撃効果をエシャーは全身に感じた。身体の隅々から集まった法力が、一旦、小人の咆眼が発現している眼底で幾倍にも増加したように感じた後、その全てが両腕に流れ放たれていく不思議な感覚だ。
15センチほどのエシャーの手の平から放たれた左右の法撃は、見定めている目標に向け見る見る拡大されていく。巨大な光球に膨れたエシャーの法撃は真っ直ぐ黒魔龍の上体に当たり、その全てを消し去りながら突き抜けて行った。同じタイミングで黒魔龍の下部が隠れている森の中にも同規模の法撃球光が広がり、大きな爆発を引き起こす。
やっ……た?
黒魔龍の姿が消滅していくのを確認しながら、エシャーは身体の力が抜けるのを感じ、グラリと木の枝から落ちていく。
あ……法力……枯渇状態って……こんな風になるんだ……
フワフワとした意識で、枝葉に身体を打ちつけながら落ちるエシャーだったが、落下の途中で誰かに抱き止められたと感じ目を開いた。
え? 誰?……!? エルフ?
木漏れ日の逆光に目を細め、エシャーは自分を抱きかかえる者を確認する。自分と同じ、見慣れた「尖った大きな耳」がすぐに目に付いた。
「大丈夫か!」
「ああ! ちゃんと受け止めた!」
枝々を巧みに渡りながら地面へ降りていく感覚と、呼びかけ合う男たちの声。地上で待つ人々の顔がチラッと目に映ったエシャーは「えっ……」と小さく声を洩らす。
「よし!」
着地の振動に一瞬目を閉じたエシャーは、すぐに目を見開き周囲の人々を見回す。そこには、エシャーの顔見知りであるルエルフ村の男たち数人が、笑みを浮かべて立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……私、知ってる……『ミツキの森』……」
エシャーは木の根元に座った状態で、モンマから治癒魔法を受けている。正面には6人の男性……全員、エシャーと同じ特徴的な耳を持つ「ルエルフ村」の男たちが立ち、その前に小人族の血を引く一族の
「そうか。おぬしも知っとったとはのう……。とにかくじゃ、湖神様からの指示通りに北の森へ向かったワシらは、外界の『結びの広場』ではなく、大賢者ミツキさまが創りし森の中に招かれたのじゃ」
黒魔龍を消し去り、遥とモンマと共にエシャーの
「さすが、大賢者ミツキさまだぜ……」
ルエルフ村でガザルに襲われ、篤樹の機転で瀕死の状態から蘇生したシャルロを背負い、北の森への坂を駆け上っていった村人……シェイが横から会話に加わった。
「村人たちが避難して来る事をミツキさまは御存知だった。そして、ガザルや黒魔龍……終末の戦いに備えるために、ミツキさま自らが志願者全員に法術の指南をして下さったんだ」
「南方から襲って来ていたサーガの群れも、今頃みんなが打ち倒してるはずだよ」
別の村人が言葉をつなぐ。エシャーはただ驚き、いつもと同じエメラルドグリーンに戻っている虹彩を広げ、零れ落ちそうなほど目を見開いて発言者たちの顔を見る。
「
エシャーの横でしゃがんでいた遥が、笑いを噛み殺しながらつぶやく。
「あ……そっか……。ハルカさんも知ってる人なんだよね……ミツキって」
「杉野ッチやろ? そりゃ、よう知っとるよぉ……」
遥は嬉しそうにエシャーの問いに応える。
「向こうにおる頃は、ウチと同じくらいの背ぇでな。小っこい時からフルートって楽器を上手に吹いててなぁ……喧嘩とか争いとかがキライで……虫一匹だって殺せん優しい、可愛らしい子やったよぉ……」
語りながら、遥の瞳に寂し気な陰りが見えた。エシャーは、法力枯渇状態でまだ自由に動かせない身体をわずかに動かし、遥に視線を向ける。
「みんな……こっちに来て……変わってしもぉたんやね……」
ポツリと漏らした遥の言葉に、エシャーは胸がチクリと痛んだ。しかし、すぐに遥はエシャーに笑みを向ける。
「それにしても凄かったなぁ、あの法撃! じいちゃんのも!」
遥は改めてシャルロに視線を移す。
「で? 杉野ッチはどこにおるん? 久し振りに会っときたいなぁ」
その問いかけにルエルフ村の面々は複雑な表情を浮かべ、シャルロに返答を委ねる様に視線を向けた。
「うーむ……」
膝まで伸びる白く長い髭を右手で撫でながら、シャルロは言葉を整える。
「それなんじゃがな……ミツキさまはワシら村人全てをこの森にお出しになられた後、御自身は人をお探しになると言われ、姿を消されたのじゃ。ただ……ミツキさまは賢者の森を出られれば、数刻も身体が持たぬ死の病に侵されておる身……。ワシらも心配になって捜しておったんじゃが……」
シャルロからの情報に遥は落胆の表情を浮かべるが、すぐに明るい笑みを返す。
「そっかぁ……うん! まあでも、近くにはおるんやろ? なら、すぐに会える!」
そう言うと膝を伸ばし立ち上がった。
「モンマ、お前はここでしばらくエシャーちゃんの治癒に専念な。で、エシャーのじいちゃんもここで待機しとって! さっきので法力がほとんど抜けとるんやろ? つぎに備えて溜めといて。 で、残りはウチと一緒に来てもらおっかな? まだ、大物が残っとるんよ!」
10歳くらいの女児姿である妖精遥からの指示に、ルエルフ村の面々は一瞬、不審な表情を浮かべる。しかしすぐにシャルロが応じた。
「ほっほっ。スマンのう……確かに今の法力状態じゃ、ワシが行っても足手まといにしかならん。法力もほとんどカラになっとるしのぉ。シェイ、お前は南方に向かった者たちを連れて来るのじゃ。他の者はハルカさんに従いなさい。ガザル征伐のためにな」
遥だけでなく、
「ありがと! よし! ほなら行こか? 大賢者さまの手解き受けたんなら、法力強化でウチにもついて来れるやろ? 全力で行くでぇ!」
告げるや否や、遥はタフカの法力波を頼りに駆け出して行く。ルエルフ村の男たち5人も脚力を法力強化し、遥の背を追って走り出した。
「おじいちゃん……」
少しの間を置き、エシャーがシャルロに声をかける。
「うむ……無事で何よりじゃったな、エシャー」
シャルロはエシャーのそばに近付き、小さな丸みを帯びた手で孫の頭を優しく撫でる。
「ルロエも無事か?」
「うん……でも……お母さんが……」
エシャーは視線を下げ、母エーミーの死を告げようとした。しかし、シャルロはそんなエシャーの態度に首をかしげて応える。
「エーミーか? あの子ならワシらと一緒におるぞ?」
「えっ!?」
当たり前の事実を語る口調で告げたシャルロの言葉に、エシャーは素っ頓狂な声を上げた。
「そうか……会わんまま離れ離れになったからなぁ……じゃが安心しなさい。エーミーはワシらと一緒に賢者さまの森に逃れ、今もちゃんとワシらと一緒にこの地に来とる」
とんだサプライズをエシャーに提供出来たことを悟ると、シャルロは満面の笑みで状況を伝える。
「そんな……だって……お家に残ってたお母さんの服に血が……」
「ん?」
未だ信じられないと目を見開き尋ねるエシャーに、シャルロは首を傾げ見せ、すぐに合点がいった表情になった。
「ああ! なるほど『その服』じゃったか!」
「どういうこと?」
笑いを抑えずにうなずくシャルロを、エシャーは問い質す。シャルロは楽しそうに応えた。
「あの子が賢者さまの森に来た時、身体にテーブルクロスを巻き付けとったんじゃ。落ち着きを取り戻した後、一体、なぜにそんな恰好をしとるのかと聞けば……ルロエがあの朝に持ち帰った獲物の血で服が汚れたそうじゃ。着替えようとしとったところでガザルの襲撃があり、湖神様からのお告げを受けたもんで、慌てて掴んだテーブルクロスを巻き付け走って来たと言うとったぞ」
嬉しそうに語るシャルロを、法力枯渇による脱力だけでない気の抜けた表情を浮かべエシャーはポカンと見つめる。2人の会話を聞きながらモンマは軽く口の端に笑みを浮かべ、エシャーに治癒魔法を施し続けていた。
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