第357話 アイコンタクト

 黒魔龍本体である黒水晶の少女を討つため、攻撃態勢を整えていたレイラとスレヤーは、先ほどから10秒以上微動だにしていない。ミッツバンは細く目を開く。


「……さあ、スレイ。終わりにしましょう!」


「……はい? あ……ほんじゃ、ま……どうぞ!」


 スレイからの勧めに、レイラは「えっ?」という表情を向ける。


「な……スレイ? これは『本体』でしてよ? あなたの剣でも討てるでしょう?」


「は? いや……そんな……ほら……黒水晶入りの人間なんか斬ったこと無ぇですから……ちょっと力加減が……ここはやっぱりレイラさんの攻撃魔法っすよ!」


「馬鹿を言わないで! イヤよ! フォローして上げるから、あなたがやりなさいな!」


 2人はチラチラと黒水晶に目を向けながら、お互いに「討伐役」を譲り合っている。呆気に取られたミッツバンは、恐る恐る口を開いた。


「あ、あの……早くしないと……」


「じゃあ、お前ぇがやれよ!」


「では、あなたがやったら良いんじゃなくて?! ミッツバンさん!」


 突然、2人からの怒声を浴びせられたミッツバンは、身を縮ませる。


「そんな……私の法力では、その黒水晶に傷ひとつだって付けられませんよ……」


 2人の剣幕に怯えるミッツバンを見て、レイラとスレヤーは互いに視線を合わせた。スレヤーはフッと笑みを浮かべると攻撃態勢を解き、両肩をストンと下げる。レイラも大きく息を吐き出し、改めて両腕を黒水晶に向けた。すぐに法力光が腕を包み始める。


「いいわ……私が討つ……」


 レイラは再び黒水晶に視線を合わせた。半透明の黒い水晶……か細い少女の白い右腕だけが、力無く水晶外にダラリと伸び出ている。黒水晶内には全裸の少女が1人、立ったまま眠っているようにまぶたを閉じていた。


 エシャーと同じくらいの歳の子ね……当たり前か……アッキーのドウキュウセイなんですものね……


 心を決めて黒魔龍討伐に乗り込んだレイラとスレヤーだった。しかしいざ、目の前の黒水晶内にいる少女の姿をハッキリ確認した時、自分たちが行おうとする「正義」に対する迷いが生じた。

 全ての情報、全ての出来事を通し、この黒水晶の少女が「黒魔龍本体」であることは間違いない。ここで「本体」を討つことで、外で猛威を振るう黒魔龍を倒す事が出来るだろう。この少女が居る限り、彼女の思念体である黒魔龍は何体でも復活してくる。分かっている……理解してはいるが……水晶の中で無防備に目を閉じている少女と、エシャーや篤樹の姿が重なって見えてしまうのだ。


「レイラさん……」


 スレヤーが声をかける。


「スンマセン……ちぃと、気が弱ってました。もう大丈夫です……やれます!」


 その目にもはや迷いは無い。レイラはスレヤーに視線を合わせ、口元に笑みを浮かべる。


「でしたら……一緒に背負いましょうか? よろしくて?」


「……はい」


 スレヤーは剣を構え直し、踏み込む態勢に入る。レイラの腕に法力光が充分に輝きを帯びた。2人は呼吸を合わせるように目を閉じ、大きく息を吸い込む。一拍を置き、2人は同時に目を見開いた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 黒魔龍は眼下に開けた「森の跡地」をジッと見下ろしている。ガザルの法撃により木々は数百メートルに渡りなぎ倒され、粉々に砕け散った木端が覆う地面―――その地表一ヶ所が赤い法力光を帯び始めていた。


 宙にとぐろを巻き、鎌首を上げ威嚇音を発していた黒魔龍は、その異様な地表の変化を探るためゆっくり鎌首を下げ始める。匂いを確認するように鼻を鳴らし、空気の変化を感じ取るよう、分れた舌をチョロチョロと出す。目指す光源地表まで20メートルまで近付き、再び攻撃態勢を整えた。

 突然、見つめていた赤い光源地表が内部から爆発する。同時に、無数の石や木端、攻撃魔法球が周囲に飛散した。黒魔龍は反撃よりも先に、飛来物を避けながら頭部を 退く。


 周囲に巻き上がった 塵埃じんあいが霧のように漂う。黒魔龍は頭部を左右に揺らしつつ激しい威嚇音を発しながら、目の前で起きた爆心地を睨みつける。漂っていた塵埃が薄れ、人影が薄っすら確認出来る段になり、黒魔龍は躊躇なく口を開いた。口内に集束していた黒い法力光が、数千本もの「黒い矢」の雨となり、その人影を目指し数十秒間放たれる。


 黒矢の攻撃により新たに巻き起こった塵埃の霧の中から、得体の知れない恐怖が飛び出して来た。黒魔龍は直感的に上胴身を避け、森の中へ倒れ込む。飛び出して来た「恐怖」は宙空で黒魔龍の下胴身に向け法撃を放った。思念体であるにもかかわらず、粒子を集積して形を成していた黒魔龍の尾部3分の1ほどが、その法撃によって消し飛ばされる。


 傷みは無い……しかし、圧倒的な恐怖におののき、黒魔龍は反撃行動よりも防御体勢をとる。だが、宙に飛び上がった「恐怖」は、追撃行動に移らない。ただ、ゆっくりと地上に落下して行く……


「エシャーちゃん!」


 宙から落ちて来たエシャーの身体を受け止めたのは、10歳位の少女と少年……妖精王の妹ハルミラルの身体をもつ遥と妖精モンマだった。


「どないしよぉ、モンマ! エシャーちゃんが死んでしもうたー!」


「ハルさん、落ち着いて! 生きてますよ! 気を失ってるだけ……」


 遥をなだめようとするモンマの言葉が止まる。目を開き始めたエシャーに向けていた2人の安堵の笑みが、見る見る消える。開かれたエシャーの瞳に2人は愕然とした。ひまわりの花のように黄色くなった白目部分……虹彩は普段のエメラルドグリーンではなく、鮮やかな真っ赤に変わり、漆黒の瞳孔はまるで猫の目のように縦長に開いている。その瞳孔の闇に、遥とモンマは意識を吸い取られていく恐怖を覚えた。


「アカンてモンマ! 目ぇそらしぃ!」


 恐怖に引き込まれそうになった遥は、慌ててモンマを突き飛ばし、その反動を使って自分も背後に転がり退く。2人の支えの腕を失ったエシャーの身体は、勢いよく地面に落とされた。


「キャッ!」


「あ痛ッ!」


 エシャーとモンマが、それぞれに声を上げる。遥は恐る恐るエシャーの顔を見ようとしたが……


「アカンやん! エシャーちゃん、その目ぇ! なんでアンタが『小人の 咆眼ほうがん』なんか使えてんの! ビックリするやん!」


「え?……何?……あれ?! ハルカ……さん?」


 遥の姿に気付いたエシャーが、キョトンと応える。再び確認するように遥はエシャーを見ようとしたが、すぐに目を閉じ顔を背けた。


「モンマぁ! ええか? 絶対にエシャーちゃんの目ぇ見たらいかんけんねぇ!」


「は……はいっ!」


「ねぇ……あの……どうしたの……私……」


 遥とモンマのやり取りに、エシャーは困惑の声で尋ねる。


「あのねぇ、エシャーちゃん……」


 顔を背けたまま、遥はここまでの経緯を説明した。


「……でな、兄さまと賀川と牧田くんは、この先のほうに感じた法力波に向かったんよ。で、ウチとモンマでこっちの様子を確認に来たら、エシャーちゃんが黒魔龍の尻尾を吹き飛ばして落ちて来たやんか? ナイスキャッチしたんは良いんやけど……ほら! その目ぇ!」


 説明の終わりに、遥はエシャーの目が元に戻ってることを期待しつつ視線を向けてみた。しかし、エシャーの「小人の咆眼」は、まだ発現したままだ。


「だから、さっきも訊いたけど、何でルエルフのエシャーちゃんが、小人族の目ぇをしてんのよ?!」


「あ……今……私の目……『小人の咆眼』になってるんだ……」


 エシャーは自分の「目」が祖父譲りの特性を持っていることと、制御出来ずに過去に暴走したことを遥に説明する。遥とモンマはエシャーの目を見ないように注意しながら、話をうなずき聞き終えた。


「なるほどなぁ……んじゃ、今回はガザルからの滅殺級法撃から身を守るために、無意識に『小人の咆眼』が発現したっちゅうワケかもなぁ……」


 そう言って、遥はエシャーに笑みを向けようとしたが、慌てて目をそらす。


「アカン……うっかり見てしもうたら、意識持って行かれそうやわ。コワッ!」


「えっ……あ……ゴメンなさい」


 エシャーは申し訳なさげに遥に頭を下げた。


「え? あ……そんな! エシャーちゃんが謝るハナシや無いって! なぁ? 困ったなぁ? まあ、いつかは元に戻るやろうし……戻らんでも、見つめ合いさえせんどきゃ良いんやけん、謝るのはナシや! こっちこそゴメンなぁ!」


 遥は、自分の言葉で傷ついたらしいエシャーに慌てて謝り、別の話題に移ろうとする。


「ハルさん……」


 繋がろうとする2人の会話に、モンマが口を開き遥の名を呼ぶ。


「ハルさん!」


「なんやモンマぁ? 空気読めないクンか、キミは。せっかく久々の再会を喜んでる女子に……」


 モンマが指さす方向に視線を移しながら、遥は笑いながら苦情を並べていたが、その笑みが引きつる。


「せやったなぁ……絶賛暴走中の柴田さんがおったんやった……」


 見上げる木々の隙間から、黒魔龍が顔を覗かせていた。


「……エシャーちゃん」


「え?」


 遥が声をかけると、エシャーが顔を向けた。即座に遥は顔を背ける。


「ゴメンなぁ……目ぇは合わせれんけん、勘弁ね。で、今さ、エシャーちゃんの法撃力、むっちゃ上がってるやん?」


「え……そう……なの?」


 唐突な遥からの問いに、エシャーが問い返す。


「うーん……やっぱり理解も制御も出来て無いしなぁ……」


 エシャーが間違いなく「小人の咆眼初心者」だと認識する遥は、言葉を選び直して話を続けた。


「その目ぇの力な、瞬発的やけどむっちゃ凄いんよ。やから多分、エシャーちゃんだけであの黒蛇を吹き飛ばせると思うんよねぇ。そん代わり、力の量を制御出来て無い初心者が使うと、もしかすると一気に法力枯渇になるかも知れん。やから……」


 遥の説明を聞きながら、エシャーはうなずいた。


「うん! やる!」


「いや……話は最後まで聞きなさいってーの!」


 遥は思わず顔をエシャーに向け、慌てて背ける。


「ああ、メンド! とにかく聞いてな? 黒蛇はウチの友だちの思念体やん? 身体のどっかに『核』があるハズなんよ。それさえ打ち砕けば、周りの身体ごと全部消し飛ぶんよね。でも『核』はどこにあるか分からん。そこでエシャーちゃんの法撃や! アレの頭から尻尾の先っぽまで……あ、尻尾はさっき吹き消したなぁ……まあ、とにかくよ! アレの身体全部を貫く量の法撃って、イケる?」


 早口でまくし立てる遥の計画を、エシャーはしっかりと理解して応じた。


「うん! 大丈夫と思う! なんか……出来る気がする!」


「そっか!……で、さっきも言うたケド……多分、今のエシャーちゃんだと1発放ったら法力枯渇になるやろうから……失敗は出来ひんよ? やけん、ウチとモンマでタイミング作るから、絶対に1発でキメてな?」


 目を見て話が出来ないフラストレーションを感じつつも、エシャーと遥、そしてモンマは、意思の疎通を確認し、黒魔龍に立ち向かう計画へ動き出した。

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