第356話 祈り

「…… はなから狙って来てますねぇ」


 スレヤーは洞窟通路奥から迫る2体の黒魔龍を見つめ、数歩前に進みながらレイラに声をかける。レイラとスレヤーはミッツバンと横並びに立つ。


「一度に2体は、さすがに無理ね……」


 両腕に法力を溜めながら、レイラが穏やかに口を開いた。


「一撃で『核』に当たったとしても、1体残るわ。そちら、お願い出来まして? ミッツバンさん」


 害虫駆除程度の攻撃魔法しか心得の無いミッツバンは、情けない顔をレイラに向ける。


「無理です……私には……」


「バーカ! 無理を承知でレイラさんもお願いしてんだよ!」


 ミッツバンの後頭部を軽く叩き、スレヤーが代わりに応じた。2体の黒魔龍はゆっくり通路の宙を漂いながら、しかし、確実に「侵入者」たちを目指し進んで来る。


「……左を狙うわ。あなた方は右をお願いね、スレイ」


 法撃射程に近付いて来た黒魔龍を確認し、レイラが指示を出す。


「う……ご……伍長……」


 背後からバスリムが声をかけて来た。前方に集中したいスレヤーは、チラチラと顔を後方に向けながら応える。


「んだよ? こっちは忙しいんだ! 大人しく治癒魔法に励んでろや!」


「ミ……ミッツバン……さんの……法力を……水晶に……」


 大人しくならないバスリムの声に、スレヤーはしっかりと顔を向けて耳を貸す。


「なんだって? ミッツの水晶?」


「君の……剛力なら……水晶も弾に……出来る……だろ?」


「なるほど!」


 2人の会話を聞いていたミッツバンが、納得したように応えた。


「おわっ! なんだよ、急に……」


 スレヤーは隣のミッツバンを見下ろし尋ねる。


「水晶加工は私の得意分野だ! これを……」


 ミッツバンは通路に「生えて」いた水晶のかたまりに手をかざす。瞬時に球体へと加工された水晶玉が地面に転がる。ミッツバンはそれを拾い上げ、スレヤーの手に持たせた。


「……なぁるほどな投球か……。で? 遠隔でもこれを加工したりなんか出来んのかよ、ミッツさんはよぉ?」


「近距離なら……そうだな……10メートル以内なら『粉砕加工』が可能だ」


 バスリムが伝えようとしていた「物理攻撃方法」を理解し、スレヤーとミッツバンは視線を通路入口に向けた。満足げに、バスリムが親指を立てる。


「来たわよ、お2人さん! やるんなら、私の法撃範囲には入らないで下さいな!」


 レイラの声に反応し、スレヤーとミッツバンは黒魔龍へ視線を向け直した。鎌首を持ち上げる2体の威嚇音が通路内に響く。


「行くぜ!」


 黒魔龍の口から、2体同時に黒い矢の束が吐き出された。それをかわすと同時に、スレヤーとミッツバンは前方に駆け出し距離を詰める。一瞬早く左横後方から追い抜いたレイラの攻撃魔法が、左側の黒魔龍に向かい真っすぐ伸びて行く。その光を視界の端に捉えつつ、スレヤーは右側の黒魔龍に狙いを定める。再び襲いかかる黒矢を避け、水晶球を握る右手を大きく振りかぶった。

 投球のために足を止めたスレヤーの横を駆け抜け、ミッツバンはさらに黒魔龍に近付く。10メートル以内……水晶球の着弾に合わせる粉砕加工で、黒魔龍への被弾範囲を広げるため……ミッツバンの頭上を、スレヤーが投じた水晶球が通過する。頭頂部に風圧を感じたミッツバンは「着弾点」である黒魔龍の鼻先に右手の法術照準を合わせた。


 よしっ!


 右側の黒魔龍の顔前に水晶球が到達した瞬間、ミッツバンは水晶粉砕加工魔法を遠隔操作する。100片以上の小さなかたまりに再加工された水晶弾は、2メートル円に広がりながら黒魔龍の顔面と胴体を突き抜けて行く。


 キン……


 かすかに聞こえた「異物」との衝突音が、スレヤーとミッツバンの耳に届いた。黒魔龍は、次の黒矢を放つため鎌首を上げ直している途中で動きを止め、氷の結晶のような輝きを放ちながら崩れていった。


 ピキュン!


 標的としていた右側の黒魔龍を打ち倒した実感を噛みしめる間もなく、スレヤーとミッツバンの左横をレイラの第2法撃が過ぎ行く。こちらも1撃目で砕けなかった『核』を、今回の法撃で確実に捉えた。消えゆく右側の黒魔龍を追うように、レイラの標的であった左側の黒魔龍も、キラキラと光る粉のようになって薄れていく。


「よっしゃー!」


「よしっ!」


 スレヤーとミッツバンが同時に歓声を上げる。スレヤーより5メートルほど先まで進んでいたミッツバンは振り返ると、スレヤーとレイラに満面の笑みを向けた。2人もそれぞれの攻撃位置に立ったまま、ミッツバンに笑顔で応える。しかし、2人の先……洞窟入口に視線を向けたミッツバンの表情が見る間に笑みを失う。異変を感じ取り、レイラとスレヤーも背後を振り返った。


「ミゾベさん!」


 レイラの声が通路に響く。立ち上がり、こちらに背を向けていたバスリムは、一瞬だけ振り向くと、穏やかで人懐っこい笑顔をレイラに返す。


「……ズンさん……後ろを……閉じて下さい」


 水晶の谷に顔を向け法撃姿勢をとったバスリムが、背後のドワーフに声をかける。正面には6体の小型黒魔龍がゆらゆらと宙を漂いながら、視線を通路入口に定めて迫る姿があった。


「良いんだな? 連中も出られなくなるかも知らんぞ?」


 通路を塞ぐことで黒魔龍の群れが洞窟に侵入しないための措置だと理解しつつ、ズンはバスリムに最終確認する。


「レイラさんたちなら、後から何とかされるでしょう……さあ! 早く!」


 先頭2体の黒魔龍が攻撃姿勢をとり、大きく口を開いた。通路を駆け戻って来るレイラたちの足音はまだ遠い。ここで塞ぐしか無い……ズンは周囲の岩を法術で動かし、黒魔龍の黒矢が貫けない分厚い壁を作り出し通路を塞いだ。


 貴女に逢えて、本当に楽しかった……。ありがとう……レイラさん……御無事をお祈りしてます!


 岩壁が通路を完全に塞ぎ終わる直前、バスリムの放つ法撃音が響き渡った。



―・―・―・―・―・―・―



 レイラとスレヤーは、ズンの魔法で築かれた目の前の石壁に手をつき、しばらく言葉を失っていた。


「……レイラさん……」


 ミッツバンが静かに声をかける。その声で、ようやくスレヤーが動く。


「馬っ鹿ヤローが……ズンさんまで道連れとか……テメェが判断下してんじゃ無ぇぞ……クソッ!」


 目の前を塞いだ壁に、スレヤーは軽く拳を当て悪態を吐く。レイラは、いたわるように優しく壁を撫でると、フッと微笑み壁に背を向けた。


「参ったわねぇ、ミゾベさんったら……これじゃ、生き埋めと同じですわ。……スレイ、行きますわよ」


 呆れ声で苦言を呈したレイラは、通路奥に向かい歩み出す。未だ壁に拳を当てているスレヤーと、奥へ歩み出したレイラの背中をミッツバンはオロオロと見比べる。


「……へい」


 数秒遅れで振り返ったスレヤーの目は、赤く充血していた。


「……なぁに人の顔をアホ面で見てんだよ。ほら、行くぜ……」


 神妙な面持ちで見つめるミッツバンを促し、スレヤーはレイラの後を追う。ミッツバンは岩壁に向かい深々と頭を下げてバスリムに惜別の意を表すと、小走りでスレヤーの横に並んだ。


「もう少し先で道が広がります……その右手奥の壁近くに……黒水晶が立っているハズです」


 ミッツバンの言葉通り、数秒もしない内にレイラの目の前に開けた空洞が現れた。


「……あれね?」


 数十メートル四方に開けた空間の右手奥に、周囲の岩壁や水晶とは異質な物体を見つけレイラが立ち止まり問いかける。


「はい……ただ……以前とは少し形が変わっているような……」


 父親が滅殺された時の記憶がよみがえり、ミッツバンは恐怖に身を縮ませながらも目を凝らす。


「形が?」


「ええ……もっと大きくて……あっ!」


 レイラに問い質され応えたミッツバンは、途中で何かに気付き声を上げた。


「どうしたよ?」


 興味深く黒水晶に視線を向けていたスレヤーが尋ねると、ミッツバンは指さしながら応じる。


「あれ! ほら! 左端のほう! 手が……」


 レイラとスレヤーは、ミッツバンが指し示す箇所に視線を集中した。高さ2メートル弱、幅は1メートルも無い1柱の黒水晶の左端に、人間の腕のようなものが「生えている」のが見える。


「……もう少し近付きますわよ……」


 慎重に歩を進め始めたレイラの背後に、ミッツバンとスレヤーも付き従って進む。黒水晶から5メートルほど離れた場所まで寄ると、レイラは足を止めた。


「前はこの倍……いや、三倍ほどの大きな黒水晶でした。何柱かがひしめき合うように立っていたんですが……。それに、あの時は中央の黒水晶内に、少女の身体は全て収まっていました!」


 鮮明によみがえった記憶を元に説明するミッツバンの言葉を、レイラは黙って聞き終わると、目の前に立つ1柱の黒水晶を改めて確認する。


「気を付けて!」


 レイラが緊張した声で警戒を促した。スレヤーとミッツバンは一歩退くと、真意を確認するようにレイラの視線の先を追う。黒水晶から「生え出ている」少女の右腕がかすかに動いている。


「……ホントに、生きてやがる……」


 スレヤーがボソリとつぶやいた。


 ピキン……


 何かが砕かれる高い音が響き、続いて、少女を包む黒水晶の一部が宙を漂い始めた。


「あれは……」


「あれが、黒魔龍の『核』ね……」


 ミッツバンのつぶやきにレイラが答える。宙を漂う30センチ角ほどの黒水晶の周りに、霧のようなものが集まり始めていた。それはまるで、ここまで来る途上で倒した小型黒魔龍の消失を逆再生で見ているかのようだ。

 黒水晶を頭部に包み、霧のような粒子が長い胴体部の形を成していく様子を3人は黙って見続けた。黒魔龍全体の形が整い、霧のような粒子が輝きを収め、全身がグネグネと動き始める。そのタイミングでスレヤーは剣を抜き、黒魔龍に駆け込んだ。


「でりゃぁ!」


 スレヤーの剣は、発現した小型黒魔龍の頭部……その内側に包み込まれた黒水晶のかたまりを正確に直撃する。「侵入者」に視点を合わせる間もなく「核」を破壊された黒魔龍は、再び発現を逆再生するように崩れ消えていった。


「外の連中も、こうやって生み出されたんでしょうな……」


 水晶の谷の宙を漂っていた黒魔龍の群れを思い出しながら、ミッツバンが所感を述べる。


「そうね……王都に現れた黒魔龍は、あの大きさや知性の高さから見て、かなり大きな『核』を使って発現させた……ということでしょうね」


「……じゃあ、さっさとやりますかい?『本体討伐』を……」


 剣を構え直したスレヤーが、黒水晶から「生えている」少女の腕に視線を向けたままレイラに尋ねる。


「ええ……善は急げよ。次の思念体を生み出す前に……終わらせましょう」


 両腕を前方に突き出し、レイラは攻撃魔法態勢で黒水晶に視線を合わせた。スレヤーも態勢を整え足場を踏み固め、黒水晶をにらみつけている。2人から滲み出す緊張と殺気に、ミッツバンは両手を胸の前で合わせ、祈るように目を閉じた。

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