第349話 不意打ち
「どうした! キサマは逃げるしか能がないのか!」
ウラージは左右両腕から鮮明な法力光色を帯びた攻撃魔法を連続で放つ。10メートルほど離れ間合いを取るピュートは、ウラージからの初撃こそ防御魔法で防いだが、以降は法力強化した脚力を用いて攻撃をかわし続ける。
「ちょこまかと……」
初めの内こそ笑みさえ浮かべピュートを狙い放っていたウラージだが、いつまでも逃げ足を止められず、法撃を当てられず、その上、相手から反撃も放って来ない戦いに苛立ちを感じていた。
そんな感情あらわなウラージに対し、ピュートは地上樹上を問わずに駆けながら冷めた視線を向け続ける。
「たいがいにせぇよぉ……」
ウラージは怒りに満ちた表情を浮かべたまま法撃連射を止め、前方に突き出していた左右の腕を身体の前面に引き戻した。
「死にかけの割には、元気の良いじいさんだな。さすがレイラのじいさんってとこか?」
法撃が止んだ一時の間に、ピュートが声をかける。しかし挑発に乗って来ないウラージの法力集中姿勢に気付き、立ち止まり首をかしげた。
「……何をする気だ?」
ウラージは両腕を目の前に交差し法力を高めている。見たことの無い法術発現姿勢に、ピュートは関心をもって注視していた。
「フフフ……見せてやろう……冥土の土産になッ!」
法力の最大充填を終え鮮光を帯びた両腕を、ウラージはゆっくり解く。ピュートへの宣告を終えると同時に、ウラージは両手の平を足元の地面に向かって叩きつけた。その動作と共に地面へ流された法力波に、ピュートは致死的危険性を瞬時に感じ取る。
「くっ……」
法力強化を施していたおかげで、ギリギリ間に合う回避タイミングだった。ピュートは地を蹴って飛び上がる。その後を追うように、地面から鋭く尖った木の根が突き出して来た。それはまるで意思を持った槍の穂先のように、ピュートが移動する先々へと伸び、突き進んで来る。
なんだ……この法撃は?……根の先を硬質化させ、細胞に急速な成長を促しながら進行方向を調整して追撃する……エルフだからこその発現魔法か……
ピュートは初見の攻撃魔法に驚いたが、気持ちを整えると地面に両手をついたままのウラージを確認する。
仕方ない……殺るか……。レイラから怒られたら……謝れば良いのか?
ウラージを基点に半円を描くよう、ピュートは左右に身をかわしながら両腕に法力を充たしつつ駆ける。ピュートの戦闘意識が高まったことを感じ取り、ウラージの口端に笑みが浮かんだ。
「そうか……。じいさんを殺ったことは、レイラに黙っておこう……」
滅殺級の法撃態勢を整えたピュートはそうつぶやくと、ウラージとの間合いを一気に詰める法力移動に入った……しかし法撃距離に入る前に、空中で何かに身体を引き止められたことに気付く。遅れておとずれた腹部の痛みに、ピュートは視線を下げた。
まるで、蛇のように腹部から背中に突き抜け進んでいる「根」の外皮を、不思議そうにピュートは見つめる。直後、今度は背面から何かが突き刺さってくる衝撃と痛みを感じた。すぐにその痛みは腹部へ移る。硬質化された根の先端が、槍の穂先のように腹部の内側から体外へ突き出て行くさまを確認した段階で、ピュートは口内に逆流して来た血を大量に吐き出した。
「侮りおったな……生意気な……ガキめが……」
2本の木の根に突き刺された状態で宙に持ち上げられているピュートに向かい、ウラージが顔を上げる。その顔は、数分前までの浅黒く日焼けした張りのある精悍さを失い、げっそり痩せ細り、ドス黒くたるんだ皮が深いシワを何倍にも増やしていた。
「……2本目の……根か……。それに……しても……、ずいぶん……じいさんらしく……なったな……」
ピュートはウラージの顔をジッと見つめ、軽く首をかしげながら評する。
「ふぅ……ふっふっ……ほざいてろ……」
ヨロヨロと立ち上がり、ウラージは両腕を顔の前に持ち上げ交差した。
「よほど……騙し討ちが……好きなんだな、じいさん……」
「黙れ!」
騙し討ち……心にいつも「トゲ」となって刺さり続けて来た思いを指摘され、ウラージは怒りに任せて叫んだ。だが、法力も体力も限界となった「死に体」は、自らの声にさえ耐え切れず、よろめき膝をつく。
若き日にグラディーの戦地で「悪邪の子」を前にし感じた劣等感を思い出す。「勝てない相手」に対する恐怖心から選択した「騙し討ち」という攻撃手段……狙い通りの「勝利」を目前にしながら「空を飛ぶ」という有り得ない法術で現れたエルフの娘に、その勝利さえ奪われてしまった。「勝てなかった」のでは無い……敗けたのだ。
自尊心を粉々に砕かれたウラージは、その後、戦闘狂のエルフと恐れられるほどに数多の闘いへ身を置いて来た。勝てないと思う相手に勝つ……その勝利を得ることで、あの日負った敗北感から解放されることを願い続けて来た。
「……俺は……キサマを……騙してなんぞおらん!」
ウラージの言葉に秘められた思いを感じ取り、ピュートは言葉を変える。
「そうだな……騙されたワケじゃ無い……不意を突かれた……不意打ち、なら良いか?」
「戦いの中では……不意を突かれたほうが悪い。それは……力量の差だ!」
言葉に表しながら、ウラージは自らの勝利を納得したように笑みうなずく。再びよろめき立ち上がると、今度は腕を下げたままウラージは法力充填を始めた。
「ふぅ……ふぅ……待っとれよ……今……止めをくれてやる」
薄っすらと法力の灯り始めた右腕に、ウラージはさらに集中するため視線を向けた。その目の前を、細く青い法力光を帯びた攻撃魔法が通過する。直後、ウラージの右腕が弾け飛んだ。
「グオッ!」
傷口を左手で押さえウラージは地面に転がるが、視線は法撃元を凝視していた。木の根に身体を貫かれ宙に持ち上げられているピュートの右足先に、法力光が灯っている。
「ば……馬鹿な……。爪先から……法撃だと!」
ピュートはウラージの声に応じることなく、左右の手刀で腹部から飛び出す2本の「根」を断ち切った。「根」は背後に抜け、ピュートはよろめきながらも地面に両足で着地する。
「騙し討ちは恥だが……不意打ちは……力量なんだろ?」
ピュートは切れ切れの息で語ると、ウラージに向け両腕を突き出した。すでに両腕には法力充填のしるしが灯っている。しかし……
「……こういう不意打ちは……やはり困るな……」
最後の一撃を覚悟していたウラージだったが、その時が訪れる前に発せられたピュートの言葉に怪訝な表情を浮かべる。ピュートの視線が、自分のはるか上方に向いている事に気付き、ウラージも振り返り森の上方に目を向けた。
見上げた空を覆うほどに巨大な黒き蛇が、身を巻き鎌首を下げ、ピュートとウラージをジッと見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西の森全体を突如覆った禍々しい気配に香織は視線を上げる。木々の枝の隙間から上空に巨大な黒い影を見つけた。
「あれは……」
「黒魔龍?!」
樹上の枝を渡りながら移動していたエシャーが香織の声に答える。樹上を駆けている分、黒魔龍全体の姿も視認出来たエシャーは香織とミスラの前に降り立った。
「ねぇ! ねぇ! 黒魔龍が……上に居るよ!」
上空で身を巻く黒魔龍の存在を、エシャーは動揺と興奮混じりの声で告げる。
「黒魔龍……。柴田……さん……」
『なんだって! 黒魔龍が居んのか!?』
香織の言葉にミスラが反応し樹上に顔を向けた。しかし、下の角度からでは枝葉が邪魔で全体を確認出来ない。
「カオリさんも……知ってるんだよね? シバタカナって人……」
黒魔龍の本体が同級生の「柴田加奈」であることは、篤樹の情報からも認識している。しかし香織は、創世7神の神殿で自分が「見た」記憶に思いが向く。亮と2人で「見て」来た、創世7神と黒魔龍との戦い……柴田加奈が「封じられた」姿を……
「ねえ! どうする?!」
エシャーからの呼びかけに香織はハッと気づいて意識を向ける。不安と恐怖と……期待に満ちたエシャーの瞳に、香織はニッコリ笑みを浮かべた。
「方角からして……どうやらあの2人んとこみたいだねぇ……。黒魔龍の本体は、私の同級生……同じクラスの女の子だ。急に同級生が現れたら、あの子、どんな顔するかね?……何とか、話をつけてみたいもんだよ!……まあ、あの子の今の状態で話が通じるかどうかは分かんないけどさ」
「逃避」ではなく「立ち向かう方針」を香織から聞いたエシャーとミスラは、互いに顔を向け合い、強くうなずいた。
「だね! とにかく、女の子同士で話が出来れば……何とかなるかもだね!」
『邪魔なジジイと無表情小僧には、女子会の場から退場してもらわなきゃな!』
行動方針を確定した3人は笑みを残したまま意を決しうなずくと、数百メートル先の森上空に見え隠れする黒魔龍を目指し駆け出した。
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