第348話 危機

「見ろ! あそこに、まだ2人居るぞ!」


 その声がどこから聞こえたのか確認する暇も、意味も無かった。目の前一面を覆い尽くすサーガの群れは神殿入口前に立つ篤樹と亮を見つけると、津波のように押し寄せて来る。その圧は激しく、石段下で「食事」を始めていたサーガたちさえ踏み潰すほどだ。


「賀川! 中で迎え撃つぞ!」


 亮は即座に応戦策を篤樹に伝えた。神殿の入口前では、正面からだけでなく左右からも攻められる。ならば幅5メートルほどの神殿内通路で迎え撃つべきとの判断に篤樹もすぐに同意し、身をひるがえして通路に駆け込む。


「来たぞ! 正面で迎え撃て!」


 入口から10メートルほど駆け込んだ通路で、亮は振り返り剣を構えた。篤樹も亮の右隣に並び立ち、成者の剣を構える。亮の狙い通り、サーガの群れは入口で混雑し、互いに押し合っているため進入速度が弱まっていた。


「……こんな、ワケの分かんねぇ世界で、バケモンの糞になるために生まれて来たんじゃ無ぇからな……やるぜ?『小僧』!」


「ああ……こんなハンパなとこで……死んでたまるかよ! なぁ?『おっさん』」


 群れの隙間を縫い、先陣を切って槍を突き出し襲いかかって来た4体のホビット型サーガに向かい、篤樹と亮はそれぞれの剣を構え斬りかかっていった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『こえせをなちい!』


 北部前線に向かって走るメギドたちに追いつくと、エルグレドは速度を落とし並走する。


「メギドさん! 敵は私が食い止めますから、人々を村へ!」


『こ? ひいのての?』


 やはり、言葉が通じないのは不便ですねぇ……


 メギドの返事にエルグレドは苦笑すると、片言のユフ語を並べた。


「のす、いにつ、にかて。ゆいひ、えいも!(敵は私が倒す。みんなを村へ!)」


 同時に両手でジェスチャーを交えた「作戦伝達」に、メギドは疑念の籠った視線を向ける。


 やれやれ……どうやら私の戦闘力評価はかなり低いみたいですね……


 海岸から続く森の中で初めてメギドに出会った時、自分がウラージの拘束魔法に固められていた状況を思い出し、エルグレドは笑顔を取り繕って見せた。


『えうみちをひくまけし……』


 何となく「弱者を労わる」雰囲気をメギドから感じ取ったエルグレドは、小さく溜息を吐くと、前方に顔を向け直す。


 論より証拠……って事ですね……


 ユフの民と思しき一群がこちらに駆けて来る姿を確認する。先頭集団は女性と、大人に抱きかかえられた幼い子どもたちだ。集団と衝突しないようにかわしながら、エルグレドは速度をほぼ落とす事無く駆け抜けた。


『なんて速さだ……』


 数十メートル以上引き離されたメギドたちは、逃げまどう集団との衝突を回避するために立ち止まり、エルグレドの背を見送る。


『みんな! とにかく村に向かえ! 互いを助けろ!』


 コウが人々に叫びながらメギドのそばへ近づく。


『エグラシスの隊長さんは何だって?』


『自分が敵を倒すから、みんなを村に行かせろ……だそうだ』


 すでに完全に見失ったエルグレドの背を集団の先に捜しながら、メギドがコウに答える。


『アイツだけじゃ足止めにもならないだろ? 俺たちがここで食い止めるか?』


 集落の民の最後尾と思われる男衆が、何度も不思議そうに背後を振り返りながら近づいて来た。


『お前達で最後か?』


『ああ……。メギド……あの男は何者だ?』


 集落の男衆を率いていた頑強な男が、驚きを隠しもせずに尋ねながら寄って来る。


『エルグレドという名の、エグラシス人の隊長だ。サーガどもは?』


『すぐ後ろに10数体が迫って来ていたが……全てあの男が一瞬で消し去って行った。とんでもない法力波だったぞ……』


 男の報告に首をかしげ、メギドは視線を森の奥へ移した。


 10数体を一瞬で……だと? バカな……


 情報では、なおも数百体の群れが追撃してきているはずだ……しかし数十秒経っても敵の先頭個体が現れない事を不審に思う。メギドたちと集落の男衆は、戦闘態勢を解き森の小道の先に集中した。

 数秒後、見つめる森の奥数キロ先一帯を、強烈な法力光が稲妻のように突然駆け抜けるのを目撃し一同は顔を背ける。


『何だ! 今の法力波は!』


『とんでも無い法力量だぞ! ガザルか?!』


 騒ぎ立つ戦士らを見回した後、メギドは法力光が消えた森の奥に再び視線を向けた。


『まさか……今のが……あの男の法撃?』



―・―・―・―・―・―・―・―



 エルグレドは、北の集落から逃げて来た人々の背後に迫るサーガの先頭集団に向け次々と法撃を放ち、ついに数百体規模の群れの足を止めた。しかし、その後ろからは、まだまだサーガの群れが迫って来ている。


 全くキリが無い……確定ですね。ユフ大陸で大群行が再発……ということは、ガザルもほぼ復活し動き出しているということですか……


 突然自分たちの進路を阻み、瞬時に先頭集団を大量に倒した男を前に、サーガの群れは立ち止まって様子を窺う。大型のトロル型や小型のホビット型など、多種多様なサーガを一瞥し、エルグレドは左右の腕に法力を充填した。


「あなた方と遊んでいる暇は無さそうです……消えて下さい」


 最前列で槍を握っていたホビット型のサーガが、意を決して跳びかかって来る。エルグレドは充分に法力を溜めた左右の腕を前面で交差すると、次の瞬間、その両腕を左右に広げる勢いに乗せ、横一閃に広がって行く強大な攻撃魔法を放った。その法撃は瞬時に数百メートル先の森までをサーガ諸とも半円形に消失させる。


「やれやれ……まだ奥まで続いていましたか……」


 1キロ近く先まで見通しが良くなった「森」の先から、サーガの群れの雄叫びが響いて来た。


 来ますか……


 続々と湧き出て来る大小様々なサーガの姿を遠目に確認し、エルグレドは再び、法力を両腕に溜め始める。


 ハシャハシャハシャ……


 聞き慣れない「風切り音」に気付き、エルグレドは法力充填を中断し、音の発生源を探す。眼前の切り拓いた「森の跡」からではなく、右側……東方向の森の中に発生源を感じ取る。それと同時に、聞き覚えが無いはずのこの「風切り音」に対し、言葉に出来ない不気味さを感じ始めた。


 何の……音ですか? 風?……葉音……いや……羽音?


 北方から押し迫って来る第2弾のサーガの大群に対する注意力が薄れ、東の森を見つめるエルグレドは、言い表せない不安と恐怖心に支配される。両手足に発汗を覚え、呼吸が乱れ、動悸で胸に違和感を感じ始めた。法術士として研ぎ澄まされた感覚ゆえに「恐怖」の気配を過敏に感じ取っている状態だと自分でも理解する。だが、身体のコントロールが出来ない。音の主を探すエルグレドの視界の端に、何かが樹上を横切る影が映った。


 今のは……猿?


 意識としては、サーガの群れに対峙しなければならないと理解出来ているにもかかわらず、エルグレドは呼吸を荒げ、東の森を注視する視線を外せなくなってしまう。

 研ぎ澄まされた聴覚に、地表を移動するいくつもの小さな足音と、短時間飛翔を繰り返す「ハシャハシャハシャ……」という羽音が大きくなって来る。


 一瞬の静寂後、エルグレドの右側の森から、無数の虫……黒弾虫の大群が飛び出して来た。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『門を閉じ、防御壁魔法を施せ!』


 カミュキ族の村に戻って来たメギドたちが、北側門近くで指示を出す声が聞こえた。エシャーと香織はその様子に気付き、ミスラと共に駆け寄る。


「サーガは?!」


「エルは?!」


 香織とエシャーがそれぞれまくし立て尋ねると、コウが顔を向けた。


『エグラシスの隊長が大部分を蹴散らしたらしい! 何者だ、アイツは? 人間どころかエルフの法力量もはるかに超えてるぞ!』


 その返答を香織はエシャーに訳す。


『とにかく、こっちは何とかする! お前たちは南の連中を!』


 3人に告げ、コウはすぐ北門の防衛に駆け出して行った。


「さすがだねぇ、あの補佐官さんは」


 香織が笑みを浮かべ、感心したように首を横に振る。


「あっ……そうだ! ピュートたち……」


 北からの群れはエルグレドが居れば大丈夫と安堵したのも束の間、南から迫って来るサーガの群れへの対応指示を思い出す。


『西の森に入って行ったんだね?』


 ミスラが香織に確認する。


「さっきの法撃は、レイラのおじいちゃんの法力波だったよ……。西の森にもサーガの群れが来たのかな……」


 エシャーが心配そうにつぶやいた。香織がその懸念を訳すと、ミスラの表情が見る見る曇って行く。


『あのクソジジイ……マジでやりやがったか……』


「どういう意味だい?」


 ミスラの言葉を聞き逃さず、香織が問い質した。


『ジジイが言ってたんだよ、この旅に同行する理由を……。死期が迫ってるから、最後に最強の相手と戦いたいってな。自分が敵わないと感じた3人の内、誰でも良いとか言ってやがった。下手な言葉だったし、まさかそこまで頭がイカれてるとは思わなかったから、冗談だと思ってたよ……』


「え? じゃあ、何? さっきのはレイラのおじいちゃんがピュートに放った法撃だったってこと?!」


 香織が訳したミスラの言葉に、エシャーは目を大きく見開いて尋ねる。その問いに、香織とミスラは溜息混じりにうなずいた。


「あの組合せで『森のお散歩』ってことも無いだろうさ。……ったく、行くよ!」


 呆然と立ち尽くすエシャーに、動き出した香織が声をかける。ミスラもすでに、西門に向かって駆け出していた。


「え?」


「ジジイだろうが無気力くんだろうが、馬鹿な男子を止めるのは賢い女子の務めだよ。やるべき仕事に、キッチリ引き戻してやんなきゃね」


 そう言うと、香織はエシャーに笑顔でウインクを見せる。一瞬、キョトンとした目で香織を見つめたエシャーも満面の笑みで応じた。


「うん! 行こッ! ホント、こんな時にしょうがない男の子たちだね!」


 先に駆けだして行くミスラの背を追い、エシャーと香織も村の西門に向かって駆け出した。

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