第347話 再発

「船を下りた後から、薬は3倍量に増えた」


 ピュートはウラージと視線を合わせたまま、淡々と口を開く。ウラージは口の端に笑みを浮かべ続きを促した。


「これまでは2日に1度の服薬で良かった。だが、こっちに来てからは1日に1錠にした。身体に兆候を感じたからな。今は1日に3回だ。それでも、兆候を感じる間隔は短くなっている」


「聞いてた以上の量を隠れて服薬しておったからな……そんなトコだとは思っておったさ」


 ウラージはピュートから「素直に」情報を得られ、満足した笑みを浮かべる。


「アンタに見られてたとは気づかなかった……。うかつだったな。注意力が下がるのも、俺の終わりが近い兆候の1つなのかも知れないな」


 ピュートは箱の蓋を開き、逆さに手の平に載せる。箱を取り除けると、直径1センチほどの円形に固められた錠剤が2つ、手の平に残っていた。


「これで最後だ……」


 感情の籠らない瞳で薬を確認した後、ピュートは顔を正面に向け直しウラージに視線を合わせる。

 

「で? 何の用なんだ?」


 問われたウラージは目を閉じ静かに息を吐き出すと、次の瞬間、全身に法力光を帯びた。


「貴様を倒したい。死に体の状態では無い、完全な状態の貴様をな」


「……アンタが戦闘狂とは聞いていたが、ここまで愚かなエルフが居るとはな。己の死を前に、最後の戦闘相手を見定めるためにこの旅へ加わるなんて……馬鹿だろ?」


 ピュートは冷ややかな目でウラージを見る。


「だが……てっきり、補佐官かガザルを本命に狙ってると思ってたが……俺で良いのか? アンタの最後の相手は」


「気付いておったか?」


 ウラージは殺気を静める事もせず、ピュートに尋ねた。


「長命種のエルフとは言え、900年も生きれば充分に高齢者だ。しかもアンタは若い頃からの戦闘病で、すでに自己治癒が追い付かない臓器の傷もあちこちに抱えている。我が身に終わりの兆候を感じ、最後の戦闘相手を求めていた……阿呆だな」


「ふん! 生意気を抜かしおるなぁ、小僧。……貴様こそ、そんな身体でなぜノコノコ付いて来た?」


 ウラージからの問いに、ピュートは軽く眉を上げて答える。


「……『友だち』と、旅をしてみたかった」


「フフ……貴様こそ腑抜けた阿呆よ!……まあ良い。さぁ、楽しませてくれよぉ……」


 ピュートは軽く溜息を吐くと、手の平の薬をしばらく見つめ、それを口に運び入れた。そのまま顔を上げ、錠剤を喉の奥へと落とし込む。


「俺はアンタの最後の戦闘なんかに興味は無いが『レイラのおじいちゃん』だからな。付き合ってやる」


 蛍光色のような緑の法力光を放つ左手を見つめ、ピュートは静かに応じる。


「貴様にその呼び名は……認めとらんわ!!」


 両手から放たれたウラージの攻撃魔法が見る間に巨大な球体となり、ピュートの全身を包み込んだ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「カオリさん!」


 エシャーの肩を抱いて村内を歩く香織を見つけ、村長の屋敷の窓からエルグレドが大声で呼ぶ。


「すみません! ちょっと良いですか?!」


 その声色に緊急性を感じた香織とエシャーは顔を見合わせ、すぐに屋敷に向かって駆け出した。


「どうしたの?!」


「何かあったの?!」


 屋敷に入るよりも先に、窓から顔を出すエルグレドにエシャーと香織が問いかける。


「『何があったのか』を通訳して欲しいんです!」


 緊張感漂うエルグレドの声に香織はうなずき、開かれたままの戸口に駆け込んだ。土間にはミスラとメギド、そしてコウのほかにも3人の若い男たちが慌てた様子で長老と語り合っている。


「アリガト、イソグ。サーガ!」


 ミスラが、片言のエグラシス語で香織を手招いた。


「ミスラさんの通訳では詳しく分からなかったので……」


 香織の横に立ち並んだエルグレドはひと声かけると、エシャーに視線を向ける。


「ウラージさんとピュートくんを見かけませんでしたか?」


「見たよ!……何か、2人で森に入って行ってた。西の森に」


 エシャーの返事を聞き、エルグレドは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにメギドと香織の会話に注意を向けた。香織はメギドから語られる概要を通訳し始める。


「北と南の集落がサーガの群れに襲われた。それぞれ数百体以上の群れ。あと1時間も待たず、集落の人々と……サーガの群れがこの村に来る!」


『エグラシスの民よ! 我々はこの村を守らねばならん! お前らはどう動く?』


 村長の問い掛けに、エルグレドは瞬間、思考を巡らせた。


 ガザルが動き出した? いや……それにしても早過ぎますね……「魔点」の力は、想定していた以上に大きいものだった……ということでしょうか……


『男衆は3隊に分かれ、1隊は村の周囲を守れ! 2隊は北と南へ向かい、集落の者たちと共闘せよ!』


 エルグレドからの返答を待たず、村長はメギドたちに指示を出す。その指示を追い、エルグレドも口を開いた。


「カオリさんとエシャーさんは、ここに留まって村の防衛に協力して下さい! 部隊の兵士らに急いで事情を伝え、特に北側と南側の防衛に当たるようにお伝えを!」


 そう言うと、村長からの指示を受け飛び出して行くメギドらを追ってエルグレドも動き出した。


「エルは?!」


 そのまま屋敷を飛び出しそうなエルグレドに、エシャーが慌てて問いかける。


「私は北の前線に向かいます! ウラージさんとピュートくんを見つけたら南の前線に向かうようにお伝え下さい!」


 エルグレドは一旦、足を止めてエシャーに告げた。緊迫した空気の中、エルグレドが見せた「いつもと変わらない余裕の笑み」に、エシャーは言葉に出来ない不安を感じる。


「エル……」


 その不安が何なのかを確認しようと、小さく呼びかけたエシャーの声を置き去りに、エルグレドは屋敷の外へ駆け出して行った。香織はエシャーのそばに戻ると、肩に手を載せる。


「エシャーちゃん……」


 エシャーの全身から滲み出す不安を感じ取った香織は、静かに優しく語りかける。


「……大丈夫さ。さ、私たちも戦闘準備だよ! 戻って来るみんなが休める場所を守っとかないとね!」


 後半、いつもの元気な調子で声を上げた香織に、エシャーは顔を向け「うん!」とうなずく。香織も笑顔でうなずき返し、エシャーと共に屋敷外へ歩み出す。


 「戻って来るみんな」……か。嘘ついちゃったな……


 屋敷の外に出た香織は、エルグレドが駆けて行った中通りに顔を向けた。警戒情報が既に村中に共有され、人々が慌ただしく走り回っている。


 賀川くん……亮……せめてアンタたちだけでも、エシャーちゃんのもとに戻って来てやってよね……


 香織はエシャーの肩に手を載せ、エルグレドから指示された行動に動き出そうとした―――次の瞬間、村の西に位置する森の奥から、強大な法撃音が辺り一面に鳴り響いた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 篤樹は亮の案内で、創世7神の神殿に向かっていた。カミュキ族の村を出て5時間近く経っているが、元世界の話やそれぞれが「この世界」で過ごした日々を語り合いながらの移動は、見た目の年齢差こそ有れ「友との雑談」として時を感じさせ無い楽しい道程だった。


「さ、着いたぜ……」


 うっそうと茂っていた森の木々の「厚み」が急に薄くなり、前方に陽の光に照らされる岩肌が見えてきた。


 「魔点」の地の内側に創世7神の力を集約させるため、数千年も前の神話時代末期に建てられた「神殿」……300年前、大法老と呼ばれた同級生の相沢卓也は、ガザルを封じ大群行を鎮める手段として、「魔点」に集まるこの創世7神の力を用いた。だがボルガイルにより、その封印に「傷」が付けられてしまった……

 ガザルの再生を阻止するため、カミュキ族の長老たちは創世7神の知恵を求め、厚い岩で覆われていた神殿を「開現」させたが、時遅く、ガザルは再び世に放たれた。


 森の「端」に立ち、眼前に広がる巨大な岩山……そして、左右に開かれた岩山の裂け目に姿を見せる白石造りの神殿の姿に、篤樹は歩を止めて魅入る。


「どうしたよ? 馬鹿みたいに口をポカーンと開けて」


 亮から声をかけられ、篤樹は慌てて頭を左右に振り気持ちを整え直す。


「ま、スゲェよな、確かに……。あ、ちなみにあれも川尻恵美の作品なんだってよ」


「は?」


 新たな情報に、篤樹はまた目を見開き亮を見る。言った本人はワザとらしく自分の口に手を当て「おっと! 見てからのお楽しみ……」とつぶやいた。


 こんな……大きな建物を……あの小柄な川尻恵美が?


 篤樹は、まるでギリシャ神話に出て来る神殿のような、真っ白い石造りの建物を再び呆然と眺めた。



―・―・―・―・―・―・―



『どうした? リョウ……そいつは?』


 幅広い10段ほどの石段を上り神殿の入口まで来ると、カミュキ族の戦士2人が篤樹たちの姿に気付き、近付きながら語りかけて来た。


「俺たちと同じ『チガセ』だ」


 亮の説明に、2人は目を見開く。


『伝説のチガセが3人もこの地に……一体、どうなってんだ……』


 2人の目は、驚きというより、この事態に不安を感じ怯えているように見える。しかし、亮はお構いなしに歩を進めた。


「村長とは話がついてる。俺たちにしか『見る』ことの出来ない神々の知恵を、こいつも授かりに来た」


 亮の背後から付いて進む篤樹を、カミュキ族の戦士たちは物珍しそうな目で見送る。


「亮……大丈夫かよ、ここ?」


 入口に立った篤樹は、今にも崩れ落ちて来そうな天井を見上げ、不安げに尋ねた。


「ん? ああ……見た目ほどは弱くないみたいだぜ? 石組みはしっかりとしてる上、川尻恵美が『魔法のコーティング』を施してるんだと」


「へぇ……」


 眩し過ぎるほどの陽の光に照らされていた「外」から神殿内部に一歩踏み入れると、まるで真っ暗な洞窟に足を踏み入れたように視界が閉ざされる。しかし、しばらくすると目は慣れ、内部の壁や通路がハッキリ認識出来るようになった。


「法力光石ってのが混ざってるらしくってよ……奥まで松明無しでも大丈夫なんだわ」


 亮は篤樹の視覚が戻ったことを確認すると、奥に続く石廊に歩を進める。だが……


『うわー!』


『なんだ、あの数は!』


 外を守っていた戦士たちの叫び声が入口から響いて来た。篤樹と亮は足を止め、互いの顔を見る。


「なんだろ……」


「襲撃か?」


 2人はうなずき、すぐに身を返して入口へ駆け出した。真っ白な光の壁に見える神殿の入口から、法撃音と共に不気味な声がこだまする。ただごとでは無い雰囲気を感じ取った篤樹と亮は、それぞれの「成者の剣」を手に取り、入口から飛び出した。


「なんじゃ……こりゃ……」


 目の前の光景に亮が驚愕の声を漏らす。石段の下、神殿入口前に開けた100メートル四方ほどの広場には、大小様々な種族のサーガが隙間なくびっしりと詰め寄って来ている。

 先頭付近のサーガたちは、いくつもの部位に裂き分かたれた「戦士たちの身体」を奪い合う。眼下の光景に篤樹は声も出せず、構えていた剣をゆっくり下ろし、呆然と目を開いた。

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