第346話 3ペア
篤樹は前を行く亮の背を見つめて歩く。改めて見ると、成熟した男性の広い背中に圧倒される。
サイズは違うけど、スレヤーさんの背中みたいだな……。すっかり頼りがいのあるおじさんになっちまいやがって……
苦笑しつつ、篤樹は亮に声をかけた。
「なあ、亮……」
「ん? どうした? もうへばったか?」
歩を止める事無く、少しだけ顔を向け亮が応える。篤樹は歩を速め、亮の横に並んだ。
「んだよ……狭いから後ろに付けって!」
海岸線からの森と比べれば、しっかりした「獣道」が続く森の中―――カミュキ族の村長から出された指示に従い、2人は創世7神の神殿を目指し小一時間ほど歩いて来た。
「いい加減に教えろって! 創世7神の神殿で、お前と香織さん、何を『見て来た』んだよ!」
「またかよ! しつこいなぁ……言ってるだろ?『百聞は一見にしかず』だって!……大体、口で説明するのも面倒なんだよ」
亮は面倒臭そうに語りながらも、目は笑っている。
「何だよそれ……岡部の口癖じゃん。よく覚えてるな、そんな変なことわざ」
篤樹は不意に投げかけられた懐かしいフレーズに虚を突かれ、詰め寄る口調も穏やかになる。
「あと『新聞は一軒に一部』だっけか?……役に立た無ぇ言葉も、案外耳に残ってるもんだぜ? 年を取ってもな」
亮は篤樹に顔を向け、今度は目だけでなく表情全体に笑みを浮かべた。
「……ってか、最近の事はすぐに忘れっけど『あの頃』の事は案外鮮明に覚えてるもんなんだよ。お前もいつか分かるさ!」
「マジでおっさん化してるな、お前……」
父親からも何度も聞かされた「お前もいつか分かる」という言葉に、篤樹は失笑しつつ「同級生」の背を軽く叩く。しばらく2人は元世界での日々を語り合いながら歩を進めた。
「……信じらん無ぇかもしんないけど……」
会話が止まったタイミングで、亮が口調を改め語り始める。篤樹は雰囲気から、亮が大事な情報を語り始めたと感じ黙って続きを待つ。
「俺……なんつうかさ……」
亮が視線を篤樹に向けた。
「その……神殿の中で……『神村勇気の中に』入って来たんだ……」
「はぁ?」
思わぬ情報に、篤樹は足を止め素っ頓狂な声を上げる。慌てて亮が説明を加えた。
「ほらな! そうなるだろ? だから百聞は一見に……」
「お前もかよ!」
被せた篤樹の声に、今度は亮がキョトンとする。
「俺……俺もさ、エグデンの王都で……江口の中に入って、アイツが過ごした時代を見て来たんだよ!」
「はぁ?!」
―・―・―・―・―・―・―・―
創世7神の神殿に向かう途上、篤樹はエグデン王室宝物庫で「見た」江口伝幸の記憶を亮に語った。後半に「見た」磯野真由子も交えた会話まで語り終えると、亮は厳しい表情で押し黙る。
「……なあ? どう思う?」
沈黙に耐えられず篤樹が声をかけると、亮はハッと我に返ったように表情を戻す。
「ん?……そうだな……俺と香織さんが『見た』ってのとは、ちょっと違う形みたいだけど……でも『過去』に来た連中が『今』の俺たちに、この世界の情報を伝えてくれてんのは間違い無いだろうな」
「何のために?」
思わず疑問を投げかけた篤樹の言葉に、亮は再び厳しい表情を浮かべる。
「……『この世界』は……俺たちの世界……地球とは全く違う次元の世界だ。何て言うか……『異世界』ってヤツさ。成り立ちから何から……全然違う世界なんだよ」
言葉を選び、噛み砕くように語る亮の説明に、篤樹は黙って耳を向ける。
「エグデン王国……やっぱ『あの』江口と関係が有ったんだな……。ま、なんつうか……江口と磯野が作った『生体実験国家』だけじゃないんだよ。お前んとこの隊長さんも、妖精もエルフも、この世界の全てのモノが……『俺たち』によって創られてたんだよ。……サーガも、ガザルってヤツもな」
どういう……ことだよ?
篤樹は亮が語る言葉の「重さ」に押され、声にならない質問を瞳に宿す。その視線を受けた亮は小さく息を吐き、いつの間にか下がっていた顎を上げ真っ直ぐ道の先を見る。
「この世界は……『創世そのもの』から……間違っていたんだ……。だから、終わらせなきゃなら無ぇ……」
「……その理由が……分かるんだな?」
納得顔で語る亮に、篤樹はもう細かく尋ねることをやめた。
「『百聞は一見にしかず』……なんだろ?」
亮は篤樹に顔を向けると、ニマッと笑う。
「そういうこと! さ、行こうぜ! 神々なんかに祭り上げられちまった同級生たちの『家』によ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「賀川くんのことが心配?」
村の西側門付近を所在無げに歩くエシャーを見かけ、香織は近づき語りかけた。
「え? あ……うん……」
不意に声をかけられたエシャーは、一瞬愛想笑いを浮かべたが、思い直したようにうなずく。
「おじさ……リョウさんが一緒だから、サーガや獣が出ても大丈夫とは思うんだけど……」
同行者である亮への信頼を述べ、エシャーは香織の反応をうかがう。
「じゃあ、何が心配?」
答える前から自分の気持ちを汲んでくれているような香織の優しい瞳に、エシャーは微笑む。
「うーん……『心配』ってのとは、ちょっと違うかも……」
エシャーが言葉選びに詰まると、香織が尋ねる。
「寂しい?」
問われた香織からの的を射た言葉に、エシャーは驚きの表情を浮かべた。だが、すぐに目を閉じ気持ちを整えニッコリと笑顔を向ける。
「うん! 寂しい!」
的確な表現で気持ちを表せた満足感からか、エシャーは自分の思いをスルスルと紡ぎだす。
「前もさ……王都に入った後、私だけ学舎の寮に入る事になったんだ……。最初は、皆それぞれの働きがあるから仕方無いなって思えてたんだけど……段々、なんだか自分だけ『置いてけぼり』にされてる気がしてきて……嫌だった……」
村の出入口に打込まれている大きな木の柱にエシャーは寄りかかった。香織はエシャーの横に並び立ち、自分も柱に背を預ける。
「でもね……」
エシャーは香織の右肩に自分の左頬を寄せて言葉を続けた。
「置いてけぼりで寂しいって気持ちだったんだけど……皆が何をやってるのかなぁって考えて……。その時、エルやレイラがどうしてるのかなぁって考えてる気持ちと、アッキーはどうしてるのかなぁって考えてる気持ちが……なんだか、違う寂しさだったんだ」
香織はフッと笑みを洩らし、エシャーの独白を受け止める。
「アッキーが剣術試合に出るって話を聞いて……すごく心配だった。でも……『怪我をしないかな? 大丈夫かな?』って思う心配と違って……何だろう……」
「そばに居たかった?」
言葉につまったエシャーに、香織が助け舟を出す。エシャーは左手を香織の右手に合わせてギュッと握った。
「……カオリさんって……凄いね。私の気持ちなのに、私よりも上手に言葉に出来るなんてさ……。これもチガセの力なの?」
香織はエシャーからの評価を、軽い笑みで否定する。
「ただのおばさんだよ、私は。でもね……これでも一応は『女の子』だからさ。気持ちは分かるよ。『好きな子』のそばに居たいって気持ちくらいはさ」
ガハハと笑い、香織はエシャーに顔を向けた。
「エシャーちゃんにとって、賀川君は『特別』な男の子なんだろ?」
「……うん!」
少し自分の気持ちを確認し、エシャーは香織の言葉を満面の笑みで肯定する。
あら? やっぱり可愛いねぇ、この子は!
香織は握りしめられている手を解き、そのまま、エシャーの頭を自分の胸元に引き寄せ抱きしめた。
「やっぱり賀川くんは隅に置けないねぇ……。大丈夫だよ、エシャーちゃん。賀川くんはウチの人がちゃんと連れて帰って来る。そしたら、皆でガザルとやらを打倒して、一緒に楽しく暮らせるさ!」
エシャーは香織の優しい抱擁に身を任せ、笑顔でうなずく。
「ん?」
しばらくの抱擁後、香織から発せられた怪訝な声に気付き、エシャーは顔を上げた。
「どこに行こうってんだろうね……あの組合せで……」
口角を上げ、探るような瞳を向けている香織の視線の先にエシャーも目を向ける。
「あ……ピュート……」
村の外周を北側から進んで来た2つの人影が、西の森へ姿を消した。先に森へ入ったウラージの背中と、後から入って行くピュートの横顔に気付き、エシャーが小さく名を呼ぶ。
「あのウラージって言うエルフも……爆弾を抱えてるね……」
香織の言葉に、エシャーは視線を戻す。2人が姿を消した森を香織は凝視している。
「爆……弾?」
問い掛けたエシャーに、香織は笑みを浮かべ首を横に振った。
「なんでも無いよ! さ、賀川君たちはどうせ明日の朝まで帰って来ないんだし、中に戻ってよっか?」
エシャーを促し村の中央に向かって歩み出した香織は、外周柵の隙間から見える森をチラッと確認する。
参ったわねぇ……。出会う顔、出会う顔……みんな死相に染まってるなんてさ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……早く用件を言ったらどうだ?」
森の中を駆けるウラージの背に、ピュートはピタリと張り付くように追走しながら声をかける。
「やはりバケモノの分け身だけの事はあるな、小僧。そんな身体で、俺に付いて来れるとはな」
ウラージは速度を緩めることなく、すぐ後ろに感じる「殺気」に向けて応じた。途端に、真横を追い抜き法力強化した右腕で殴りかかって来たピュートに気付き身をかわす。
その場に立ち止まり、ウラージは「攻撃者」への反撃を放つが、放たれた法力光はピュートの残影を通り抜けただけだった。
「フ……見た目と違い激しやすいか? それとも短命人間種の若僧ゆえの未熟さか?」
「俺は、無駄がキライなだけだ。レイラのおじいちゃん……」
ピュートの気配を探っていたウラージの首元に、いつの間にかピュートの手刀が押し当てられている。
「貴様に……その呼び名を許可した覚えは無いぞ……」
「俺の言動に、アンタの許可は要らない」
しばらくの沈黙の後、ピュートは手刀を外す。
「用が無いなら戻るぞ?」
「大事な薬はどうした?」
背を向け立ち去ろうとしたピュートに、ウラージが嫌味の籠った声をかける。ピュートは足を止めて振り返り、ウラージをジッと見る。
「『悪邪の子』から聞いたぞ。貴様の身体の内に在るガザルの分け身が、貴様の命を蝕んどるとな」
ウラージの問いに、ピュートは口を開かず真意を測る。しかしウラージはピュートの答えを待つ気は無かった。
「あと2週間分と言っておった貴様の薬……残りはどれだけある? 見せてみろ」
しばらくの間を置き、ピュートは外套の中から薬箱を取り出す。ウラージの視線に応じ、その箱をゆっくり左右に振ると「カラッ……」と軽い音が響いた。
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