第345話 旧友の世界

「名前負けしてるって……結構バカにされるんだよね……」


 篤樹と共に体育の授業を見学しながら、神村勇気がポツリと語った。

 2年生になって同じクラスになったクラスメイトだが、冬のこの時期になるまで篤樹は勇気の「声」も知らない程度の関係しか無かった。


「いや……まあ……たかが体育の授業なんだからさ……」


 校庭を右に左に駆け巡るクラスメイトらの姿を目で追いかけながら、篤樹は曖昧に答える。部活中に調子に乗って負った怪我のせいで、篤樹は不本意ながら2週間近く体育の授業も見学する羽目になっていた。


 あーあ……早く身体動かしたいなぁ……


「賀川くんはサッカーも上手いの?」


 会話を打ち切りたい篤樹からの空気を読まず、勇気が問いかけて来る。連続3回の体育授業見学で、見学常連の勇気からすっかりなつかれてしまった感に篤樹は困惑していた。


「上手くは無いけど、好きかなぁ……。遊びでやる分はね」


 ヒブス組とジャージ組に分かれてのサッカー授業。審判役の生徒もルールを理解していない「球蹴り遊び」に過ぎないが、見ているよりは参加したくてウズウズしてしまう。


「でも……ウチのクラスは『ダブルかずき』が居るじゃん?」


 勇気が演技染みた暗い声で話を続ける。


「あの2人さぁ、すぐムキになって指示を出すから苦手なんだよね……特に上田くんのほう」


 上田一樹か……


 篤樹は、大声で指示を出しながらヒブス組トップでプレーしている上田一樹を目で追う。体育祭のリレーでも、一樹の「リーダーシップ」に篤樹も確かに閉口した記憶がある。しかし……


「そんなん、俺に言ってどうすんの? 自分で言えば?『指示されるのは嫌いだ!』ってさ」


 確かに篤樹も上田一樹とは馬が合わないと自覚している。だが、神村勇気の発言には何となく同意したくない「嫌悪感」を感じた。


 何だよ、コイツ! 一樹の悪口なんか、興味無ぇよ!


 憮然とした態度で答えたつもりだが、どうやら勇気にはその思いも伝わらないらしい。特に悪びれもせずに話を続けて来る。


「そんな文句が言えりゃ良いけどさ……気ィ悪くさせちゃったり、怒らせちゃったら、何かイヤだしさぁ……。でも、争ってボール取り合うのなんか絶対無理だし……。サッカーなんて、何が楽しいんだろうね?」


 俺がお前との会話を楽しんでないって空気も読んでくれよ!


 誰彼とになく対して抱く苦情を、ぐじぐじと語り続ける勇気の声に苛立ちを感じながら、篤樹は「早く見学組から卒業したい!」と心底願った。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 カミュキ族の村に入り、村長との話し合いの場にはエルグレドとウラージ、ミスラの他、篤樹とエシャー、ピュートも同席することになった。「通訳」が出来る亮と香織も席に加わる。

 村の中央に設けられている「集会広場」に置かれた木製ベンチに、思い思い腰を下す。村長が来るまでの待ち時間、篤樹から亮と香織に話しかけた。


「神村勇気って……アイツだろ? 体育の授業をいつもサボって見学してた……」


「ん? サボってた? それはよく覚えて無いけど……」


 亮は首をかしげて話を続ける。


「まあ、あんまり陽キャなヤツじゃ無かったよな……確かに」


「賀川くんとは仲が良かったんじゃ無いの?」


 2人の微妙な言い回しを不思議に感じながら、篤樹は応じる。


「神村勇気と? 俺が? イヤイヤイヤ!! 全然仲良くなんか無かったし……ってか、どこ情報なの? それ」


 亮と香織は、もう少し時間がありそうな雰囲気を確認すると、2人で軽くうなずき合った。香織は胸元からペンダントを取り出し、亮は服の中から20センチ程度の握りやすそうな棒を取り出して篤樹に見せる。


「ナンチャラこんにゃく~!」


 不意に発した亮の声に、村長との対談を待つ一同の視線が集まる。


「もう! 馬鹿……」


 香織から後頭部をはたかれ、亮が「ゲッ!」と大袈裟に痛みを主張した。特に他愛も無い会話と理解し、皆、再びそれぞれの会話に戻る。


「何言ってんだよ、お前……」


 篤樹は「見た目中年の同級生」に苦言を呈すると、2人が示した品に視線を向けた。


「まあ……なんつうかよ……」


「これを手にしてから、私たちもここの人たちの言葉が急に分かるようになったの」


「は?」


 話がイマイチ飲み込めず、篤樹はキョトンとした目で2人を見る。


「俺らはさ……」


 亮が説明を始めた。


「山賊の山でメギドとコウに助けられて、で、エグラシスの北西海岸からこっちの大陸に渡って来たんだよ」


「ああ……ミスラさんから聞いたよ。黒魔龍に襲われた時の話……」


 篤樹は、亮と香織の生存をミスラに知らされた夜の話を思い出していた。亮と香織もそのことはすでに承知していたようで、話を続ける。


「前に話したろ? ユフ大陸で見つかった創世7神の神殿の話。あの情報源はメギドだったんだよ。で、3年くらい前に俺らはこっちに渡って来た。そん時は完全に身を隠しながらの旅だったんで、この村の連中にも見つからないように神殿に入ったんだ」


「ああ、聞いたよ。7体の神像が、全部クラスメイトの顔してたってんだろ? ダブルかずきと康平に牧野豊……あと、小平さんと……小林美月の6人だったっけ? あと1つは顔が崩れてたんだろ? 先生から俺も聞いたよ。先生はこの6人の他に『こっちの世界』で卓也にも会ったって。卓也と柴田加奈とあと2人……あ……」


 篤樹の弁をうなずき聞いていた亮と香織は、ニヤリと笑みを浮かべそれぞれが手に持つ品を軽く持ち上げて見せる。


「これ、恵美が……川尻恵美が私のために作ってくれたものよ」


 香織はペンダントトップを裏返し、アルファベットで刻まれた恵美の名が篤樹に見えるように持つ。


「こっちは『俺のため』ってワケでも無さそうだけど、とりあえず『こっちに来た誰か』のために神村勇気が作ってくれてた武器なんだなぁ」


 亮は手に持つ「棒」を、目の前に真っすぐに立てた。即座に上端から白光を放つ「刃」が60センチほど現れる。その光に反応し、ウラージとピュートが亮に向けて攻撃魔法態勢を取った。


「何だ! それは!」


 よほど強力な攻撃能力波を感じ取ったのか、ウラージは「剣」の持ち主である亮に向かって怒声で問いかける。すぐにエルグレドがウラージの肩に手を置き、法撃体勢を解除するよう促しながら会話に加わって来た。


「リョウさん……その剣も……『 成者しげるものつるぎ』ですか?」


「お、分かりますか? さすが!……そう……『同じ人間の作品』ですよ」


 亮はそう言うと「刃」を戻し、篤樹に視線を向けた。


「陰キャで目立たない古い古い友人が、後々来るであろう同級生のために命懸けで作ってくれた最高の剣なんですよ。これも……賀川が持ってるのも……」


 篤樹が背負っている「竹刀型の成者の剣」に視線を移し、亮はエルグレドに説明する。そのまま視線を動かし篤樹に戻すと、亮は話を続けた。


「村の西にある『禁制地』の中に、創世7神の神殿が在る。俺と香織さんは、そこで今回……『見て来た』んだよ。『創世の戦い』ってヤツを……」


『村長!』


 メギドの声で会話は中断した。一同の目がメギドと同じ方向へ向けられる。


『蟲使い共に襲われたらしいな?』


 小柄で細身……と言うよりも、極端に痩せ細って見える高齢の男性が、2名の中年男性をひきいて近づいて来た。肌の色はミスラやメギドらと同様に浅黒いが、頭髪は真っ白な短髪で、白い眉毛は両眼を隠すほどに長い。

 村長の問い掛けに慌てて亮はベンチを立ち、エルグレドに訳して伝えながら村長に近付いて行く。


「はい。しかし、村の方々がお出で下さったおかげで、事なきを得ました」


「ふん! どこかの愚か者のせいで、危うく全滅しかけたがな」


 エルグレドの返答に、横からウラージが小さく抗議の声を上げる。亮はエルグレドの言葉だけを村長に訳した。


『昨日から蟲使い共の動きが妙だったのでな……何者かが森におると思った。「最悪の場合」にはエグラシス人に助力を仰ぐよう使者たちには伝えておったしな……。だが、まさかミスラ1人を残すことになってしまうとは……』


『申し訳ございません……』


 ミスラが歯を食いしばり、うつむきながら謝罪の言葉を述べる。村長は左手を上げてその謝罪を制した。


『お前の責任ではあるまい、ミスラ。黒魔龍の力を侮り、戦士らを遣わしたワシの責任じゃ。スマンかった……辛い思いをさせたのぉ……』


 村長は優しくミスラを見た直後、鋭い視線をウラージへ向ける。


『……だが……まさか、エグラシスのエルフに虜にされ、恥辱を味わされるとまでは予想外だったがの!』


 村長の両脇に立っていた男たちの手から、真っ赤な攻撃魔法が放たれた。法撃光は真っ直ぐウラージの上半身を目指して伸びる。しかし、ウラージの手前50センチほどの空間で防御魔法の「壁」に当たり飛散した。散弾を避けるように香織とエシャーはベンチから飛び退き、ピュートは瞬時に自分と篤樹の前に防御魔法を張る。エルグレドは跳弾を避けると、すぐにウラージの右腕を左手で押さえた。

 反撃を放とうとしていたウラージがエルグレドを睨みつける。


「あなたが悪いんですから、反撃など認められませんよ、ウラージさん」


「謝罪の前に、いきなり攻撃して来た 彼奴きゃつらが悪い!」


 エルグレドに抗議しつつも、ウラージは大人しく右腕を下げた。


「チガセ! 訳せ!」


 ウラージは篤樹に視線を向けて指示を出すと、真っ直ぐに村長に顔を向ける。


「貴様の村の娘を捕縛し、手荒に扱ったことは間違いだった。その事について、何ら言い訳はせん! スマンかったな」


 え……これが……謝罪の言葉?


 篤樹は訳す前にウラージを見る。隣に座っているエルグレドが苦笑しながらうなずいた。篤樹は心配しながらも、なるべく「言葉」を選んで通訳する。


『長命種とは言え、その老体でそれほどの法力波を持つ者が、自らより力の劣る者を蹂躙するとはな。エルフの英知なぞ、その程度の愚かさなのだな』


 返された村長の言葉に、ウラージは不敵な笑みを浮かべただけだった。


『まあよい……簡単に消せぬ命なら、今はこれで終わりとしてやろう。ミスラへの協力も惜しまなかったようだしな。続きは事が終わった後に……』


 エグラシス大陸での行動報告を受けた村長にとって、ウラージがミスラに対して行った「赦されざる蛮行」は看過出来ないものだった。しかし、今は私情よりも差し迫っている危機対策を優先することを選ぶ。村長は視線を篤樹と香織に向けた。


『その者に、神殿の件は話したか? カオリ、リョウ』


「ええ……簡単には」


 香織が応える。


『では、その者を連れてすぐに行って来い。神々のもとへ』


 唐突に告げられた村長からの指示に、篤樹は困惑して香織を見る。香織は「大丈夫……」とつぶやき、篤樹に力強い笑みを向けた。

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