第343話 余計なお世話
「ムカデにゃ、熱湯が一番!」
得意気に説明する亮は、硬直して動かなくなった大ムカデを足で引っくり返し篤樹に見せた。
「理科の授業で聞いた話とか、こっちじゃ結構役に立つもんだぜ?」
「理科?」
亮の説明に、篤樹が訊き返す。
「ん? ああ! ほら……えっと……なんつったけ? あの黄色眼鏡のアイツが言ってたじゃんよ」
「黄色……ああ、松谷?」
記憶から抜け落ちていた懐かしい教師の名前に、亮は満面の笑みを浮かべる。
「そうそう! 松谷! あのオヤジが生物ん時に言ってたじゃん。大学の寮でムカデが出た時の対処法とか!」
つい数週間前まで受けていた授業だが、篤樹の記憶には残っていない話を亮は数例挙げて説明を加えた。
「……だからよ、あん頃の情報のおかげで、こっちに来てからの生活やら戦いを何とか生き延びて来れたんだろうなぁ……」
感慨深そうに話を区切った亮を、篤樹は苦笑いを浮かべて見ていた。
「んだよ?」
「いや……お前、よくそんな話覚えてたなぁ。ってか、やっぱ見た目通りに『オジサン』になってんなぁって……」
篤樹からの冷やかし染みた感想に、亮はムッとした表情を浮かべる。
「同級生にジジ臭ぇなんて言われたか無ぇよ!……ったく、ヤダねぇガキは!」
しかめ面で応じた亮は視線を移し、少し離れた場所で香織に抱擁されているエシャーを見る。
「……で? どうよ?」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ、亮は篤樹に視線を戻した。
「あ? 何がだよ」
「あの子との『アオハル』に、その後の進展はあったのか?」
「バ!?」
見た目は中年、中身は同級生から向けられた思わぬ問いに、篤樹は声を失う。
「あれからもずっと一緒に居たんだろ? あのエルフッ娘のエシャーちゃんとさ。あ、ルエルフだっけか? 香織さんも『良い子みたいだねぇ』って言ってたぜ?」
亮からの追撃に、ようやく篤樹は声を取り戻す。
「馬鹿! お前……何言ってんだよ! そんなん……無ぇよ! なんも!」
「なんだぁ? カマトト男子かよ。顔が真っ赤だぜ?」
「知るかよ! 何だよ『かまぼこ男子』ってのは! お前……オヤジ化し過ぎだろ!」
『リョウさん……』
言い争う2人の会話に、ミスラの服と良く似た粗い生地の上下を着た男が割って入る。亮の視線が移り、表情が引き締まったのを見ると篤樹も口を閉じた。
「どうだ?」
『5体仕留めました。2体は逃げて行きましたが……当面は大丈夫かと』
「亮……」
2人の会話に違和感を覚え、篤樹が口を開く。名を呼ばれた亮が、眉を上げ篤樹に顔を向けた。
「お前……ユフの言葉……分かるの?」
篤樹からの問い掛けに亮は一瞬首をかしげたが、すぐに納得したように笑みを浮かべる。
「ああ!……うん……まあな。詳しく話せば長くなるけど……まあ、簡単に言えば、俺も香織さんも、お前と同じような『特殊能力』を授けてもらったって感じだよ」
「誰に?! え? 先生に会ったのかよ!」
亮の説明に篤樹が被せるように食い付いた。亮は苦笑しながら首を横に振る。
「せっかちな若僧だなぁ……先生じゃ無ぇよ。とにかく、詳しくは後でな。あ、紹介しとくよ……」
篤樹からの質問を面倒臭そうに打ち切ると、亮は隣に立つユフの民を指した。
「この人、カミュキ族のメギドさんな。お前らと一緒に居るミスラって子の兄さんだ」
『初めまして。カガワアツキ。ミスラがお世話になったね』
紹介されたメギドがやわらかな笑みを浮かべ、正面を向いたまま頭を下げる。つられて「お辞儀」をしようとした篤樹は、ミスラから教わったカミュキ族の挨拶を途中で思い出し、メギドの額にそっと当たるように自分の額を突き出した。
「あ……初めまして。僕こそ、ミスラさんにはお世話になってます……」
20代半ばに見える精悍な目上の男性と、額を合わせて挨拶をした篤樹は、何となく気恥ずかしい気持ちになり言葉の後半がかすれ消える。そんな篤樹の気持ちには御構い無く、亮とメギドが情報交換を始めた。
『妹とエグラシス人たち9人も、向こうで蟲使い1体を倒してました。エルフが何かの魔法でエグラシス人1人の動きを止めてます。まだ倒れたままですが……それがエグラシスの代表者だそうです』
倒れたままの1人って……エルグレドさん?
メギドの報告に、篤樹は同行者らの無事を安心し微笑む。
「そうかい……じゃ、向こうにはコウが付いてるんだな?」
『はい。ミスラと一緒に、すぐ案内して来るはずです。……向こうの死体の処理が済んだら……』
真っ暗な森の奥深くにメギドが視線を向けると、篤樹と亮も同じ方向に顔を向けた。先刻の蟲使いの襲撃で殺された兵士たちを弔っているのだろうと理解し、篤樹は心が痛む。
エルグレドさんとウラージさんを合わせて生存者9名……兵隊さんたちが13人もやられちゃったのか……
そんな篤樹の心情を察したのか、亮が右肩に左手を載せて来た。
「賀川……俺も『こっち』に来て、『向こう』じゃ有り得無ぇほど、人が死んでく姿を見て来た。『ここ』はそういう世界なんだよ……いや……『向こう』だって、日本から出りゃ同じようなモンだったんだろうよ……。テレビのニュースとかじゃ実感が無かっただけで、あっちこっちで殺し合いが起こってたんだからな」
篤樹が同級生に視線を向けると、亮は言葉を続けた。
「誰も傷つけたくないし、誰にも傷ついて欲しくない……でもな、そんな世界を創るためには、誰かを傷つけなきゃならない……」
「なん……だよ……それ……」
自分自身も感じている「矛盾」を、亮から指摘された気がした。亮は篤樹の肩を軽く揉み、手を離すとニヤッと笑みを浮かべる。
「ま、なんだ……お前は『死ぬな・壊れるな』って事だよ!『この世界』を平和にしたら……子どものいない俺たちに代わって、お前とエシャーちゃんの子どもを抱っこでもさせてくれや!」
「バ……テメェ! いい加減にしろよ!」
同級生の中年オヤジのからかいに篤樹は耳まで真っ赤にすると、亮の腕を殴りつけて本気で抗議の気持ちを言い表した。
―・―・―・―・―・―・―
「……ちょ……おばさま……痛い!」
再会の喜びを「熱烈な抱擁」で表されたエシャーは、香織の胸元に在る「固いモノ」に頬を押し付けられる痛みに耐えきれず、両手で押し離れる。
「え? ああ! ごめんごめん!」
香織はエシャーの抗議の意図を汲むと、首から胸元に下げていたペンダントを取り出して見せた。
「それ……なぁに? キレイ……」
手に取って香織が見せたのは、エシャーがこれまで見たことも無い装飾の美しいペンダントトップだった。縦5センチほどの楕円形の土台石に、白い石のような素材で女性の横顔が浮き彫りに描かれ、金で縁取りされている。だが、紐部分は不釣り合いな皮紐だ。
「キレイだろ?」
自慢げに香織が皮紐部分を持ち上げると、ペンダントトップの装飾がゆっくりと回転する。裏面に、エシャーの知らない文字のような細工が施されていた。
「カメオって言うんだよ。浮き彫り技法って細工のモノさ」
「へえ……おばさま、お洒落なんだね!」
エシャーが笑顔で応じると、香織は照れ臭そうに顔を赤らめる。
「その『おばさま』ってのやめとくれよ。『おばさん』とか……あっ! 名前で呼んどくれ」
「え? お名前……えっと……カオリ……さん?……で良い?」
戸惑うように確認したエシャーに、香織は笑顔でうなずく。
「うん! それで頼むわ!『おばさま』って柄じゃ無いしね」
応えながら、香織はペンダントを胸元に戻そうとした。
「それ、この前は持って無かったよね?」
エシャーからの問い掛けに香織は手を止める。不思議そうに視線を合わせると、エシャーは慌てて言葉を続けた。
「いや! ほら、あの盗賊の村の時は、首に何もかけてなかったから……」
「ああ! そういう事かい!」
納得したように笑みを浮かべ、香織はエシャーの頭に左手を載せて撫でる。
「ホントにあんたは洞察力も鋭い子だねぇ! 大したもんだよ。ずぼらな賀川君にお似合いのパートナーだね!」
何だかよく分からないが、少なくとも高評価で褒められている事をエシャーは感じ、困ったように笑みを浮かべた。
「これはね……」
そのエシャーの笑みに香織は優しく応え、しまう直前だったペンダントトップを再び持ち上げて見せる。
「こっちに来て見つけた……いや……」
香織は言葉を選ぶように説明を続けた。
「……もらったんだよ。この大陸に来てから……大昔の友だちからね」
その説明の意味が分からず、エシャーは笑みを残したまま首をかしげる。香織はペンダントトップのカメオを裏返した。
「律義な友だちが居たもんさ……ずーっと昔の約束を覚えててくれてね……いつか、私の手に渡ることを信じて、作ってくれたんだろうねぇ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後の教室には、部活開始までの時間を潰す数名の生徒が残っていた。
高木香織は書道具セットと通学バッグを机の上に置き、朝読本用に持って来ていた本を開く。挟んでいたしおりが床に落ち、面倒臭そうに床に手を伸ばした。
あれ? 何だろ……
屈んだ拍子に、2つ前の席の下に落ちている「モノ」に気付いた。
ブローチ? かな……
本にしおりを挟み直し机上に置くと、香織は目にした「落とし物」を拾うため席を立った。拾い上げた「モノ」は、見慣れないデザインの小物……何となく、中高生よりは中高年の女性に似合いそうな、女性の横顔を浮き彫りにしたブローチだった。
やれやれ……。さて、落とし主は誰かなぁ……
香織は教室に残っている生徒らをさっと見渡す。男女共に運動場側の席に集まり、思い思いに雑談してる面々に、落とし主らしき雰囲気を感じない。香織には、何となく分かるのだ。落とした物と落とした人が引き合う「繋がり」が。特に今手にした「ブローチとの繋がり」が似合う生徒がいないため、香織は視線を教室の前方入口に向けた。
ちょうど2人の女生徒が廊下から教室へ入って来たところだった。
「あっ! 愛川さん!」
2人を見た瞬間にピンと来た香織が声をかける。美術部の愛川紗希と川尻恵美……間違いないだろう。
「え? あ……なんですか?」
声をかけられた紗希が驚いた顔を見せる。恵美は紗希の背に隠れるように半歩退いた。2年生のクラス替えから半年以上経つのに、香織とこの2人はあまり接点も無く過ごしていたため、なぜか互いに「敬語」となってしまった。
「あ、いや……ちょっとお尋ねなんだけど……」
2人の怯える
「これ……どっちかの落とし物じゃない?」
「え……」
手に持つブローチを香織が見せると、紗希では無く恵美が反応した。
「あ! それ、私のだ!」
怯えていた表情から、恵美は急速に喜びの笑顔を見せる。近づく2人に、香織も手を差し出したまま移動する。
「良かったぁ! 部室から廊下までずっと探してたの! ありがとう! どこに有ったの?」
「ん? そこの机の下よ」
持ち主の手に落とし物が無事に戻り、香織もなんだか嬉しくなる。
「川尻さんのだったんだね。それ、綺麗なブローチね。自分のなの?」
「ううん! お祖母ちゃんからお母さんがもらったカメオなの。で、真似して作ってみたくって、勝手に持って来ちゃった」
恵美はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「真似してって……さすが美術部ねぇ。作れるんだ、そんなのも」
「恵美は造形得意だもんね」
香織の問いに、紗希が応じる。
それから部活開始時間までしばらくの間、3人は絵画やアニメの話で盛り上がった。ひょんな事からすっかり打ち解けた別れ際、恵美は香織に約束を告げた。
「卒業までには私の手作りカメオ、香織にプレゼントするね」
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