第342話 蟲使いとの戦い

 背後から聞こえるウラージたちの法撃音も、だいぶ断続的になって来た。

 エシャーの手を握って森に入った篤樹だったが、結局、ピュートの法力波を追えるエシャーが今は篤樹の手を引いて前進している。


「ピュートのヤツ……どこまで追って行ったんだよ……」


 背後と周囲に警戒の目を向けながら、2人は前進を続ける。突然、エシャーが立ち止まったため、勢い余って篤樹はその背にぶつかった。


「きゃっ!」


「あ、ごめん! どうしたの?」


 エシャーは軽く笑みを篤樹に向け、すぐに顔を進行方向に向け直す。


「ピュートの法力波が、完全に消えちゃった……。多分、ワザと消したんだよ、あの子……」


「は? どういうこと?」


 篤樹の問いに、エシャーは周囲を見回しながら応じる。


「さっき感じた蟲使いの呪縛法力波が薄く残ってるんだけど……敵は警戒魔法も使ってるみたい。気付かれないように、ピュートは自分の法力波を消したのかも……」


「へ……ぇ。そんなことも出来るんだ……アイツ……」


 内充法力量が多ければ多いほど、その法力波は無意識の内に体外に滲み出すと聞いていた。にもかかわらず、エルグレドにも認められる程の法力量を持つピュートが、その法力波漏出さえコントロール出来ることに、篤樹は軽い劣等感を覚えながら驚きの声を漏らす。


「アッキー! 後ろ!」


 向き合っていたエシャーの目が大きく見開き、篤樹の腕をグイと引っ張る。その声に含まれている危険信号を感じとり、篤樹は振り返って「何か」を確認するよりも勢いよく「後ろ」との距離をとる事を選んだ。


 ピシュッ!


 エシャーの左手から放たれた法撃を横目に、篤樹はエシャーの背後に膝から崩れ落ちて身を避ける。その段になって振り返ると、エシャーの法撃を空中で受けた「何か」が、炎のような光と共に地面に落ちて行く所だった。空中にはまだ複数の「何か」が飛んでいる。法力を含有しているのだろうか、淡い法力光を放っている「蟲」だ。


「トン……ボ?」


 広げた羽まで含めると30センチ位はありそうなトンボに似た羽虫が、10匹近く飛んでいる。


「来るよ!」


 エシャーの声とほぼ同時に、その飛翔虫たちは一斉に2人へ向かって突っ込んで来た。篤樹は成者の剣を握ると、飛翔虫に意識を集中する。途端に、それまで瞬間移動のように上下左右に進路を変えていた飛翔虫の動きを、充分に追える動体視力へ法力強化された。


 成者の剣の法力増幅効果か……


 王都の湖中島でガザルと戦った時の感覚が甦る。篤樹はエシャーと横並びに立つと、剣の間合いに飛び込んで来た飛翔虫1匹に狙いを定め成者の剣を振り抜いた。形状は「竹刀」のままだが、エシャーの法力も受けて増幅された剣の威力は想像以上だ。「叩き落す」つもりで狙った飛翔虫は、篤樹の目の前で剣に打たれ粉々に砕け散る。


 次ッ!


 篤樹は飛翔虫1匹を砕くと、次の目標を探す。薄暗くなって来た森の中では、法力光を淡く放つ「虫」は見つけやすい。しかし……


「あれ? クソッ……」


「あっちに行けー!」


 剣幅5センチ程度もない竹刀形状の成者の剣では、狙いをすましてもなかなか飛翔虫に当たらない。エシャーの法撃も、2匹目以降はかわされてしまう。攻めあぐねている2人の耳にピュートの声が飛び込んで来た。


「網を張って放て!」


 は? 網?


 声が聞こえた方向に思わず篤樹は顔を向けた。左側10メートルほど離れた場所で、ピュートが法撃を放っている姿を確認する。


「やった!」


 すぐ横でエシャーの歓喜の声が聞こえ、篤樹は視線を戻した。エシャーの前方で「蜘蛛の巣状」の法力光が2匹の飛翔虫を捕らえ、そのまま弾き飛ばす光景を目にする。


 あ……網って……そうゆう……


 攻撃魔法のスタイルを指示したのだと納得し、同時に篤樹は「法術使えない俺には無意味な指示じゃん……」と苦笑いを浮かべた。


「カガワッ! 蟲使いを何とかしろッ! これじゃあキリが無い……」


 篤樹の心情を知ってか知らずか、ピュートが「意味のある指示」を叫んだ。


 そうだ……蟲使い……本体を倒さないと! でも……どこに……


 エシャーとピュートが、それぞれ「網状」の法撃で周囲の虫を駆除している法力光を頼りに、篤樹は暗い森の中に必死で蟲使いの姿を探す。


 小人の亜種って言ってたよな……背が低い……下草の中から? いや……


 篤樹は視線を少し上にあげて周囲を見る。


 虫を遠隔操作……どうやって操作してる? 隠れて見てるん……あ!


 10メートルほど離れた木の上に、枝葉とは違う1メートルくらいの黒い塊が動いたのを確認すると、篤樹は真っ直ぐ駆け出した。樹上の黒い塊も篤樹の動きに気付いたのか、慌てて動き出したように見える。


 逃がすかよ!


 エシャーから法力を受けた成者の剣は、まだ十分に光を放っている。篤樹自身の「法力呼吸」も整い、ガザル戦の時のように周囲の動きが急激に遅くなったように感じた。樹上の黒い塊の動きも遅くなり、まるで風船がゆっくり落ちる位の速度で地面に下りているように見える。


「止まれ!」


 篤樹は法力移動ですぐに黒い塊の背後をとり、成者の剣を突き出し声をかけた。剣が放つ法力光が黒い塊―――蟲使いの背中を照らす。


 毛皮? 小人?


 地に降り立った蟲使いの身長は、エシャーの祖父シャルロと同じくらいだ。全身に雨合羽のような毛皮を被っているように見える。篤樹は剣をさらに突き出し、その姿を確認しようとした。


「ウザラザラシー!」


 振り向くかと思っていた蟲使いは、突然、目の前の木の幹を駆け上るようにして飛び上がり、空中で回転すると、その動きを唖然と見ていた篤樹の頭上を越えて背後に降り立ち即座に蹴り込んで来た。


「うわっ! ちょ……なん……」


 蟲使いの足は身長に比例して短かったため、篤樹は体勢を崩しながらよろけつつ、剣を中段に構え直し向き直ることが出来た。正面に捉えた蟲使いの顔は、人間や小人族とは全く違い、長い体毛に覆われている。


「は? え……猿?」


「キキウレベ!」


 蟲使いは正面に突き出されている成者の剣を忌々しそうに睨みつけ、尚も両手を中段に構えて手を開き威嚇して来た。その指先には、剣の法力光が反射するほどに鋭い爪が黒光りしている。


「なん……だよ! このッ!」


 目の前に居る「敵」が、動物園で見たことがある珍しい猿と似ている事に篤樹は驚き、目を見開く。だが同時に、小馬鹿にされているような雰囲気を感じ、篤樹は剣を横なぎにはらって威嚇し返す。


「クソッ! この……」


 対峙している「敵」が浮かべる「小馬鹿にした表情」に熱くなり、篤樹はさらに二撃、三撃と剣を振る。だが、しっかりと間合いを取られたまま全て避けられてしまう。


 なんだよ……コイツ!


 さらに追撃を加えようとした篤樹だったが、視界の端にフワッと薄青い法力光を感じ、直感的に身を屈めた。直前まで篤樹の頭部があった空間を、薄青い光が通り抜ける。


「は……はぁ?!」


 地面に降り立った1メートルほどの薄青い光。それが法力を帯びた虫であることを篤樹は瞬時に理解した。と同時に、全身に鳥肌が立つような恐怖を感じる。


 あ……あれって……ムカデ?!


「キーカラカ!」


 篤樹の恐怖を嘲笑うように蟲使いが跳びはねて叫ぶと、さらに2本の薄青い光が草むらから飛び出して来た。先ほどと同じくらいの大ムカデだ。


「うわぁ! な……ちょ……」


 法力を帯びて操られる3匹の大ムカデが、篤樹を囲むように近づいて来る。


 う……そ……


 無我夢中で成者の剣を地面に叩きつけるが、大ムカデは剣先を避けながら篤樹の足元へ走り込んで来る。何とか1匹を踏んづけるが、靴の裏で暴れる大ムカデの動きが気持ち悪く、篤樹はすぐに後ずさった。


 き……気持ちを……法力呼吸を!


 敵の動きを見切れないと対処が出来ない。意識では法力呼吸で気持ちを整えようと考えるが、目の前に……足元から這い寄る恐怖に篤樹の呼吸は乱れ続ける。


「ウワァ!」


 よろけながら地面に叩きつけた一撃が、ようやく1匹の身体の真ん中辺りに当たった。大ムカデは成者の剣が当たった部分だけ弾け飛んだが、切断された尻尾部は不気味にのたうち回り、頭部は半身になっても尚、篤樹を目がけ走り寄ってくる。


 絶望的な恐怖に篤樹が飲みこまれそうになった時、懐かしい声が鼓膜を震わせた。


「なぁにやってんだよ、小僧!」


「賀川くん!」


 届いた声とほぼ同時に、篤樹は自分の周囲に熱気を感じる。直後、真っ白な蒸気が辺りを包んだ。


「うわ……ッチ!」


『リョウさん! これで良いですか!』


 篤樹は、自分の叫び声に被さるように聞こえた声に……その言葉に確信を持つ。


「りょう……亮! 居るのか! お前かよ!」


「ピーピーうるせぇなぁ……」


「賀川君! 大丈夫?」


 周囲に満ちていた白い湯気が晴れ、2つの人影が篤樹に近付いて来た。


 なんだよ……はは……香織さんも……


 「こっちの世界」で30数年を過ごし、すっかり中年夫婦のような風格を帯びている同級生―――牧田亮と高木香織の笑顔に、篤樹の表情は安堵と喜びでクシャクシャに崩れてしまった。

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