第339話 危険な入口
「北のエルフがエルの友人とはな……」
浅黒く日に焼けた男は、エルフ族特有の大きく尖った自分の耳を左手で弄びながら、苦笑を浮かべてレイラを見定める。
捕縛されたレイラたち(むしろ意気揚々とついて来たのだが……)4人は、グラディー山脈の峰を越え、グラディー抑留地側中腹の集落へ連れて来られた。
一行を集落入口で出迎えたのは、現族長のヴェザ自身だった。途中で合流したエルフ属グラディー戦士による伝心を受けていたらしい。長命エルフ種とは言え、ヴェザは800歳近い齢を感じさせ無い精悍な初老戦士として一行と向き合っている。
「今は『エルグレド』と名乗っておられますわ。こちらで暮らして居た時には『エグザルレイ』とのお名前だったとか……」
レイラはヴェザが「真偽」を鑑定しやすいようにしっかりと目を見開き、視線を合わせたまま口元に笑みを浮かべる。ヴェザは短く確認をすると、視線を外しスレヤーを見た。
「北のエルフだけでなく、獣人の血が混ざった珍しい人間種か……彼らしい『仲間』だな」
「俺ァ、生粋の人間種だってぇの!」
「この2人は?」
「彼の仲間……というほどの関係では御座いません。が、今回私たちが同行させている者たちです」
「そんな……レイラさん……」
ヴェザの問いに応じたレイラの言葉に、バスリムが悲しげな声を出す。すぐにレイラは言葉を繋いだ。
「但し、お2人とも信用に値する同行者ですわ、ヴェザ族長」
―・―・―・―・―・―・―
ヴェザの指示で、レイラたちは集落の中央に設けられた広い
集落と呼ぶにも簡素で小規模な建物ばかりだったが、ここはグラディー側の「指示境界線監視隊基地」であることが移動中に説明され、レイラたちも納得する。「壁」が消えて400年―――山にも地にも草木が芽生え育ち、抑留地とされたグラディー領には今や3万人以上の人々が15の村や町を築いて生活を営んでいる、と聞かされた。
「……話は分かった」
これまでの経緯を聞き終えたヴェザは、最後に「真偽」を確認するようにレイラを見つめる、深く息を吐いて口を開く。
「エルの『身体』について……アイツらも知っているのか?」
東屋前の広場でグラディー戦士らと談笑しているスレヤーとバスリム、ミッツバンにヴェザは視線を向けた。
「スレイ……赤服の彼は全て知っていますわ。あとの2人……特に御老体の方は何も御存知無くてよ」
「法術士は?」
ヴェザはバスリムに視線を向ける。
「詳細は伝えていませんわ。もっとも、彼がどこまで『情報』を掴んでいるかまでは分かりませんけど……」
「『情報屋』か……。エルが『あの時』連れて来た男も情報屋だったな……」
レイラの返答に応じるというより、ヴェザは懐かしそうに呟きバスリムに視線を向けた。
「それで? 助力は仰げますかしら?」
ヴェザの様子から、レイラは好意的な雰囲気を感じ取り話を本題に向ける。ヴェザは視線をレイラに戻す。
「あの『黒魔龍』の本体が、この山の地底に居ると言うんだな? その討伐に、我々も加われと」
「ええ」
2人の会談がまとまりそうな雰囲気に気付いたスレヤーが、東屋に向かってゆっくり歩み寄って来る。レイラはうなずいて、スレヤーの参加を促した。
「どうなりやした?」
「ご協力下さるそうよ」
「まだ何も言ってない!」
ヴェザは思わず声を荒げてレイラを睨む。だが、すぐに笑みを浮かべた。
「こんなに早く『エルにいちゃん』とまた会える日が来るとはな。エグデン王国……この大陸が新生する戦いならば、我らグラディー族も全力で協力しよう!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……って言ってたワリにゃ、同行者はこれだけかよ……」
森としてはまだ「新しさ」を感じるグラディー領側の山脈斜面を進みながら、スレヤーは前後のグラディー戦士らに視線を向けて呟く。
準備のために集落で数日を過ごし、一行は洞窟の入口に向けて出発した。ヴェザが選んだ一行への同行者は、2名のドワーフ戦士とエルフ戦士1名、そして、捕縛の際に出会った半獣人戦士の計4名だけだった。
「あら? ドワーフの方々は、洞窟内ではエルフ以上の賢者でしてよ。半獣人剣士にエルフの法術士もおられるから、場合によっては中で2隊に分かれての行動も可能な最良人選ですわよ、スレイ」
スレヤーの呟きをレイラが拾う。もちろん、スレヤーもこのパーティーが「最低限」最良の人選であることは認めていた。
「そうですけどねぇ……相手があの『黒魔龍』ってなると、実際、どれだけの手勢が必要かも分かんねぇですから……同じ構成であと50隊も居りゃあ、安心かなと……」
「あそこだ」
先頭を行くドワーフ戦士が足を止め、斜面から突き出ている大きな岩を指さした。
「俺たちが見つけた『入口』はあれだけだ」
スレヤーの背後から、もう1人のドワーフ戦士が低いしわがれ声で語りかける。
「なるほどねぇ……」
その『入口』を目にしたスレヤーのこめかみから、汗が一筋流れ落ちた。突き出した岩の下に、1メートル四方も無い穴がポッカリと口を開いている。
「あのサイズの空洞が中で数十メートル続きます。大人数の部隊で入るには、少々難がありますから……」
エルフ戦士もスレヤーの横に立ち、静かに説明を加えた。スレヤーは苦笑いを浮かべ、バスリムを見る。洞窟の入口の狭さを見たバスリムは、思わず自分のお腹周りに手を当て、不安な表情を見せる。
「大部隊どころか……俺たちにも、ちとキツイサイズだなぁ、バスリムさんよぉ?」
バスリムと視線が合ったスレヤーが、肩をすくめて呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『あの岩礁帯から小舟に乗り換えだ』
ミスラの指示を篤樹がエルグレドに訳す。エルグレドは船長に指示を伝えた。
「……昔は、このサイズの船でも接岸出来る船着き場が有ったんですけどね……」
篤樹たちにだけ聞こえる小声で、エルグレドは苦笑いを浮かべながら語りかける。
「もう! エルが壊しちゃうから……」
エシャーがそれに応え、怒った表情を作って睨む。
『エグデンとの交易をしていた頃の港跡は、もう少し北のほうだけどな。100年前の地震と津波で、完全に海に飲みこまれちまったんだ』
ミスラが説明を加えた。
『このサイズの船体だと、あちこちの暗礁に乗り上げちまうだろうから、まあ、ここいらから小舟に乗り換えたほうが安全ってことだよ』
「ミスラさんの村は、海岸線から2日の距離ってことでしたよね?」
篤樹の通訳を挟みエルグレドが尋ねると、ミスラの表情が険しくなる。
『会議の時にも言ったけど、あくまでも「危険が伴う最短ルート」でならな。村は、あの浜から直線距離で40キロくらい内陸の森の中だ』
「危険が伴うことは了解済みです。6日もかかる迂回ルートは使えません。予定通り、最短ルートを使いましょう!」
エルグレドの言葉に、篤樹は不安を感じた。
「あの……」
思わず発した篤樹の不安げな声に、皆の目が向けられる。篤樹は言葉を選びながらミスラに尋ねた。
「400年前までは……『港』が在ったんですよね? こっちの海に……。地震とか津波も有ったせいで、地形が変わってしまったのは分かるんですけど……これほどの長期間、こちら側までミスラさんたちが『こちら』の海岸まで出て来なくなった理由……その……村から海岸までの間にある『危険』って、具体的には何なのかなぁって……」
質問内容を理解し、ミスラは数百メートル先に見える砂浜を指さした。
『……砂浜の先から始まる密林地帯……あれは村の東を流れる川のそばまで続いている』
ミスラの説明を、篤樹も自分の指も使いながらエルグレドたちに訳す。
『アタシたちはあの密林には極力近づかない……』
そこまで語るとミスラは小さく息を吐き、チラリとエルグレドに視線を向け、すぐに篤樹の目を見る。
『あそこは「蟲使い」たちの縄張りになっているんだ』
「蟲使い?!」
聞き慣れない……いや「元の世界」では漫画やアニメで聞いた事はあるが、「この世界」に来て初めて聞いた言葉に、篤樹は思わず通訳を忘れて聞き返した。エルグレドたちは話の流れが読めず、篤樹に通訳を促そうとしたが、同時に、ミスラが話を続けた。
『恐らく小人族の亜種だと思うが……言葉が通じない種族だ。いつの頃からか、あの一帯に蟲使いの連中が住みついちまった。だから、村とこちらの海を「安全に」移動するなら、南から大きく迂回するしか無い』
「危険な種族の支配域であることは、理解してますよ」
2人のやり取り内容を推察し、エルグレドが微笑みながら篤樹の肩に手を載せた。
「400年近くも交流の無かった大陸です。在住種族の中には、危険なグループも当然おられるでしょう。でも……1日も無駄には出来ない作戦ですから、覚悟を決めて進みましょう!」
にこやかなエルグレドに顔を向けてうなずく篤樹の耳に、ミスラの沈んだ声が飛び込んで来る。
『ヤツラは「黒弾虫」の群れも使いこなすんだ……』
「はい?」
顔を向けて聞き直す篤樹にミスラは視線を合わせ、またチラリとエルグレドを見た。
『黒弾虫だよ……ほら、アツキが言ってた……ゴキなんとかじゃないかって言ってたヤツ』
虫? ゴキ……ブ……リ?
砂浜の奥に広がる木々に目を向けるエルグレドの横顔と、不安げな表情を見せるミスラの視線を、篤樹は交互に見比べた。
「それ……エルグレドさんも……知ってるんです……よね?」
小さな声で篤樹はミスラに尋ねる。ミスラは困った笑みを浮かべた。
『蟲使いが居ることは伝えたよ。色んな虫を操る連中だって。……ただ……黒弾虫の話をする前に……作戦は決定したからさ……。エルフのじいさんの下手くそな通訳で……』
陸に向け、決意の表情を浮かべるエルグレドと仲間たちの横顔を見ながら、篤樹はどのタイミングで「黒弾虫=(おそらく)ゴキブリ」の話を切り出せば良いか、1人悩んでいた。
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