第335話 気配り
「ホントに……ここでお別れなの?」
レイラに肩を抱き寄せられ、エシャーが寂しそうに呟く。2人はミルベの港を眺める屋外カフェテリアのベンチに腰掛けていた。2人の前には円形の屋外テーブル席が数セット並び、日除けの傘がそれぞれに立てられている。
篤樹とピュートはテーブル席に座り、船への荷積みの様子を眺めていた。
「言ったでしょ? 少しの間スレイと私は別動隊で動くだけよエシャー。また、すぐに合流するわ」
「うん……でも……やっぱり寂しいなぁ」
レイラとスレヤーが黒魔龍本体の「捜索隊」として離れる事を、篤樹とエシャーは馬車移動の中で初めて聞かされた。
ミッツバンからの情報で、グラディー山脈の地底深くに黒魔龍本体―――すなわち「柴田加奈」の身体が、黒水晶の中に在ることを「大人たち」は共有している。しかし、篤樹とエシャー、そしてミスラにその情報は伏せられていた。
レイラとスレヤーの真の目的は、黒魔龍本体を見つけ出す「捜索」ではなく、すでに居場所を突き止めている黒魔龍本体を「完全に滅する」こと―――つまり「柴田加奈を殺すこと」にある。
『アツキくんに、友人を「殺させる」ワケにはいきません』
エルグレドの判断に、レイラもスレヤーも即座に賛成していた―――
「でも……」
エシャーたちの会話に篤樹も加わる。
「レイラさんとスレヤーさんだけで、柴田……黒魔龍の本体がどこに在るのかを『探す』のって、かなり大変じゃ無いですか?」
「目星はついてるから大丈夫よ。それに、他にも協力者がいるから」
レイラが優しく応じる。
「目星って……」
その返答に篤樹は興味を示す。
「エルが過去に黒魔龍と遭遇したのはグラディー抑留地でしょ? 大陸全体では無く、南部地域に的を絞れば手掛かりは見つかるわ」
落ち着きと自信に満ちたレイラの返答に、篤樹は素直にうなずく。
「それにね……」
レイラはさらに笑みを浮かべ、話を続ける。
「オスリムさんたちも組織の情報力を用いて協力して下さるわ。タグアの町でミゾベさんとも合流するのよ」
「え? ミゾ……バスリムさんとも合流するんですか?」
バスリムとの合流予定は初耳だったため、篤樹は驚きの声を上げた。エシャーもその声に被せ口を開く。
「なんか、そっちのほうが楽しそう!」
「まあ、エシャーったら……」
レイラは目を細めた。
「ミッツバンも一緒なんだろ?」
ピュートがおもむろに口を挟む。途端にレイラの目が、殺意を感じるほどの鋭い視線に変わる。
「ボウヤ、あなたは黙ってなさい!」
投げかけられた言葉と視線にピュートは一瞬首をかしげるが、納得したようにうなずいた。
「そうか……補佐官からも『この件には口を出すな』と言われていたな」
「え? 何? どういうこと?」
事情が分からない篤樹とエシャーは、それぞれの横に座るレイラとピュートに尋ねた。
「理由は知らない。エルフと伍長の動きについては口を出すなと言われてた」
ピュートは篤樹から視線を外し、再び船に目を向ける。
「内調時代の癖が抜けてないボウヤには、混乱を避けるために、下手な情報は話すなと指導したのよ」
レイラはピュートの横顔を睨みつけたまま、エシャーに答える。黒魔龍―――柴田加奈を「殺す」という目的を篤樹に悟らせないため、エルグレドたちはピュートにも「何かを知っていたとしても口を出すな」と釘を刺していた。
実際、ピュートはミッツバンとレイラの会話内容を知っており、黒魔龍本体の現在地までも知っていた。当然のように、レイラがミッツバンたちと合流する情報も得ている。篤樹が関知しない中で柴田加奈―――黒魔龍本体を滅すること……この計画を崩しかねない不用意な言葉を発するピュートを、レイラは口の端を結び苦々しそうに睨み続ける。
「そんな……別に秘密にするほどの……」
思わず篤樹がピュートを擁護する声を発すると、レイラはキツイ視線のまま顔を向けた。
「あなたを……いえ、そうじゃなくてよ!」
レイラは言葉を選び直し、話題を変えることにする。
「このボウヤはね……あなたたちも分かってると思うけど、人の気持ちが欠けた『不良品』なのよ! 思いやりや労わりや感謝って思いが欠けてるの! 昨夜だってこの子だけがスレイに『ありがとう』を言わなかったでしょ? 普通の……常識的な対人関係が出来ない子なのよ!」
突然始まったピュートに対する「ダメ出し」に、篤樹とエシャーは面食らう。
「そんな、人の気持ちも考えない精神未発達者が、どこで仕入れたか分からない情報をよく考えもせずに口に出せば、みんなが混乱するでしょ?! だからいっそ『黙ってなさい』って言ってるのよ!」
自分自身、かなり強引に話の方向性を変えたと理解しているレイラは、尖った耳の先まで真っ赤にしながらも無理やりに話をまとめた。
「黒魔龍本体の捜索に関しては、ミッツバンの人脈も利用するだけの話よ! 分かった?!」
暗に口裏を合わせることをピュートに強要する。そのレイラの意図を受け取ったのかどうかは分からないが、ピュートは不思議そうに顔を向け直した。
「『屈辱ね』と言った」
「はぁ?」
想定外のピュートからの言葉に、レイラが変な声を出して固まる。
「オーガ型を倒したアンタが、完全脱力で落下して来たのを受け止めた時、そう言った」
ピュートは淡々とした口調で続けた。
「自分の手に負えない事態への回避援助をした相手に対し『ありがとう』は言うものだと教わった。伍長が淹れなくても、茶は自分で準備出来る。戦闘や諜報活動も援助の必要は無い。だからアンタが言うような『ありがとう』を言う場面に、俺はまだ遭遇していないだけだ。だが、アンタはあの時『屈辱ね』と言った。俺の目には、自分の手に負えない事態に陥ってるように見えたが、違うのか?」
唖然としてる間に語られるピュートの言葉に、レイラは見る見る表情が強張る。ブラデン山脈麓の川にかかっていた橋が地震で崩落し、ビデルやルロエらと共に視察に行った際に遭遇したサーガの群れとの戦い―――ボルガイルらが研究所で作り出した「珍種のサーガ」とも言えるオーガ型を倒した際に、確かに重傷を免れたのはピュートの「助け」があったからだった。
「あ、あの時は……ほら……」
返答に窮するレイラに被せるように、エシャーが声をかける。
「えー! レイラ、ダメだよぉ! お父さんからもその時の話聞いてたけど、ピュートにお礼を言って無かったの?」
「あ……」
思わぬところで足をすくわれ、レイラはバツが悪そうに下を向く。
「あ、その話、僕もルロエさんから聞きました。結構大変な戦いだったって……。ピュートも大活躍だったって……」
篤樹はルロエから聞いた話を思い出し、ピュートに視線を向ける。ピュートは表情を変えずレイラを見ていた。
「あの時は、ほら……まだ……『敵』だと思ってたから……」
「・・・」
言い淀むレイラに「子どもたち」の視線が集中する。
「分かったわよ! ゴメンなさいね、あの時はお礼を
観念したように言い放ったレイラに、なおも3人の視線は向けられたままだ。レイラは深く溜息をつくと、表情を和らげてピュートを見た。
「そうね……ちゃんとお礼を言うべきだったわ。あの時はありがとうね、ピュート。助かったわ」
すっかり憑き物が落ちたようにやわらかな笑みと口調で、レイラはピュートに語りかける。そんな2人の顔を篤樹とエシャーは交互に窺う。おもむろにピュートは席を立ち、船着き場へ向かい歩き出した。
「ちょ……待ちなさい!」
慌ててレイラが声をかける。
「どうしたの? ピュート」
尚も足を止めないピュートに、エシャーも声をかけた。ピュートは立ち止まると、少しだけ振り返る。
「積込みが終わったようだ」
ひと言だけ告げ、再び船に向かって歩を進めて行くピュートの背を、3人はポカンと見つめた。
「あんのガキィ……」
やり場の無い怒りに身を震わせ抑えるレイラに、篤樹は恐る恐る声をかける。
「あ、なんか……終わった……みたいですよ? 僕らも……」
ゆっくり席を立ち上がった篤樹の声も届かないかのように、レイラは殺気の籠った視線をピュートの背に向けたまま、口元に薄い笑みを浮かべ呟いた。
「合流したら、徹底的に調教してやるわ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
港から出て行く3隻の船を見送り終わると、レイラとスレヤーは自分たちの馬車に向かい歩き出した。
「まあまあ、レイラさん。一応、上手く話題をそらせたんでしょ? ピュートのヤツも機転を利かせたってこって、良いじゃ無ぇですか?」
先ほどのやりとりを、レイラの恨み節として聞いていたスレヤーが声をかける。未だにレイラは分かりやすいほどに頬を膨らませ、不機嫌な様子を面に現わしていた。
「確かにお上手でしたわよ、あの子の話の変え方は! 私たちが黒魔龍本体を『倒すために動く』ことは、アッキーにもエシャーにも悟られなかったでしょうね! でも、元はと言えばあのガキがミッツバンの名前を出したからいけないんですのよ? 2人に勘繰られたら……エシャーなんか勘が鋭い子だから……」
「なぁるほどねぇ……」
スレヤーは御者台に上がるレイラに手を貸しながら応じる。
「2人の関心を話題から逸らすにゃあ、レイラさんと事を荒立てるってぇ作戦を取ったワケですかい? やりますねぇ、ピュートの野郎も」
「まっ! 何ですの、スレイ? あなたはあの子の肩を持つのかしら?」
引き馬の前方を横切り御者席側に回り込むスレヤーに向かい、レイラが不満の声を投げかける。スレヤーは嬉しそうな笑みを浮かべながら、御者台へ上って来た。
「いやぁ、レイラさんがアイツとの連携を喜んでるように聞こえたもんで、つい……」
スレヤーの言葉にレイラは一瞬目を見開き、何かを言おうとした……が、言葉を飲みこむと、やわらかな笑みを浮かべる。
「あなたの鼻って無駄に利き過ぎよ、スレイ。そうね……賢い子よ。戦闘力や魔法術力だけじゃ無く、状況判断もちゃんとしてるわ。ボルガイルの『育成の成果』だけで無く、あの子自身の才能でしょうね」
スレヤーは手綱を打ち、馬車をゆっくりと進ませた。その横で、水平線上の点となった3つの船影を見つめながらレイラは続ける。
「……戦闘能力強化に重きを置いたボルガイルの『育成』で、あの子の『心』は置き去りにされて来たんだわ。あの子の奥底から……置き去りにされた『心』の声が聞こえて来るのよ……」
「へぇ……エルフの真偽鑑定眼は知ってましたが、『心の声』を聞く耳もお持ちとは、知りませんでした」
軽口で応じたスレヤーの横顔を、レイラは睨みつける。
「茶化さないで下さるかしら?」
「すんません……」
素直に頭を下げたスレヤーを見つめ、レイラは笑みを浮かべて正面に向き直りつぶやいた。
「ガザル細胞だか何だか知らないけど、あの子はあの子よ……」
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