第327話 私は私
「私は小宮直子……だけど、私は私の全てでは無い……私の一部なの……」
ピュートの立て膝の上で、小さな発光思念体となった直子がふわりと浮かび静かに語る。左脇の傷口を上に向け、回復体位で横たわる篤樹のそばにピュートは座す。もはや死期を遅らせる程度の役にしか立たないわずかな治癒魔法を、今も篤樹に施し続けていた。
篤樹だけでなく自分自身も、そして、この空間さえも「先が無い」のであれば、「その時」が来るまでの退屈しのぎにガザルの情報を話すようピュートは直子に要求し、2人の会話が始まった。
「あんたには、本体は無いのか?」
「在るわ……いえ……多分『在る』はずよ。まだ残っていれば……」
直子は困ったように笑みを浮かべる。
「『私たち』の身体……本体は、この世界……この『星』の核に在るのよ。言い換えるなら『私たち』の身体を中心に、この世界は出来ているの……」
「……それで? 『世界の中心』のあんたは、あちこちに思念体を分散させ世界を見ているってことか?」
ピュートは「理解を超えた直子の説明」に首をかしげながら、理解した範囲で尋ねる。
「あちこち、ってほどではないわ。『私』を含めて5体……初めはね。でも、2体はもう消えたわ。あとは3体……」
直子の思念体にノイズが走る。「終わり」が近いことを感じたピュートは、直子に話を進めさせた。
「分かった。では、このルエルフ村を造ったコミヤナオコはあんただが、世界のどこかに……今現在はあと2人、思念体のあんたが居るんだな? そいつらに助けてもらうワケにはいかないのか?」
「私からの呼びかけに応答が無いわ……問題がこっちにあるのか、向こうにあるのかも分からない。それに届いたとしても、それぞれに『役目』を負ってるから、動くのは無理ね……」
語る直子の言葉に、嘘偽りが無いことをピュートは読み取ると、短く息を吐く。
「……分かった。じゃあ仕方ない。話を戻そう。ガザルとあんたの関係は何だ? ヤツはどうしてサーガになった? 知ってる事を話せ」
ピュートの視線を真っすぐに受け、直子は厳しい表情を向ける。
「ピュートくん……あなたの存在には、ガザルの細胞……彼のDNAが含まれているわ。あなたの無意識下に在る『彼の記憶』まで刺激することになるかも知れない。危険よ」
投げかけられた言葉に、ピュートは首をかしげた。
「アツキの『センセイ』ってのにしては、面白くないヤツだな? 俺は俺だ。さっきも言ったが、俺とガザルを間違えるな。俺は……ヤツに喰われはしない」
―――・―――・―――・―――
この世界の暦で数えて4000年前、当時「ロ・エルフ」と呼ばれ、人間からもエルフからも迫害されていた異種族間婚姻者を保護するため、私はこの「ルエルフ村」を創りました。
生きる命の時を同じ期間に調整し、余ったエルフの寿命を法力源として、この村は安定したコミュニティーを構築して来ました。でも……エルフの寿命を用いるというこの魔法には、予期していなかった弊害がありました。
もともと極少出生適性の異種族間受精の上、特殊な法力操作が影響を及ぼし……身体の機能が他の子どもより著しく弱い子どもが、数百人に1人ほどの割合で生まれて来たのです。その内の1人が……ガザルでした。彼への影響は、左の手足に現れていました。
あの子の誕生と成長を、私も臨会の地で見守りました。ガザルの姉であるミミ……エシャーの曾祖母に当たるミミも、ガザルの面倒をよく見る子でした。気立てが良い、弟思いの良き姉でした。
そんなミミが、
この村には私が定めを置いてます。ガザルのように身体機能が弱い者に対し、周りの者が助けの手を伸べるよう、また、
村人たちは私の定めを守り、誰もが協力し助け合い、互いの存在を尊重してコミュニティーを築き上げて来ました。ガザルもその一員でした。でも彼は、いつしか「もっとみんなの役に立ちたい」と願うようになっていたのです。
生まれつき手足の不自由を負う身体で過ごして来た自分を、ガザルは「役に立たない存在」だと自己評価するようになっていたのです。ミミが旅立って半年……10歳の時に、彼は「もっとみんなの役に立ちたい」という一心で、私の下へやって来ました。
ただ、成者の儀を終えていないガザルが、頻繁に臨会の地へ渡ることは許されません。そこで私はこの洞窟を選び、彼がここを訪れる度に会うことを約束しました。彼は自分が抱く疑問や悩みを私に相談し、私は私の持ち得る情報で彼に答えました。私が元居た世界について語った時、彼は目を輝かせました。
『センセイの世界に行けば、僕の足も治るかなぁ?!』
私が持つ情報……知り得る限りの方法では無理である事を伝えると、ガザルは哀しそうな笑みを浮かべました。でも、彼の中には1つの希望がありました。
『……姉ちゃんが……きっと、良い方法を見つけて帰って来てくれるよね?』
それから約半年後、ガザルの希望は……やはり叶いませんでした。
ミミが外界で15年を過ごし、村に戻って来たのです。こちらの時間では1年半しか経っていません。期待と喜びでミミを迎えたガザルは、姉の変わり様に驚いていました。
30歳となっていたミミは、外界で出会った小人族の子をお腹に宿していたのです。今は効果が消えていますが、ルエルフの森には完全治癒の魔法を施しています。小人族との異種族婚で与えられた胎の子は、死産の危険が迫っていました。ミミはその危機を回避するため村に戻り、森の完全治癒を受ける選択をしたのです。
『姉ちゃん、お帰り! ねえ! 僕の身体、治せるようになった?!』
『ごめん……方法は……見つからなかった』
ミミからの回答に、ガザルは大きく落胆しました。しかし、その思いを彼は押隠し、身重の姉をおもんばかり、両親と共にミミの身の回りの世話を行いました。
やがて生まれた赤ん坊……エシャーの祖父となるシャルロの誕生を喜び、まだ乳離れも済んでいない赤ん坊を抱いて、ここに来た事もあります。
『センセイ……赤ちゃんって、小さいね……その上、シャルロは小人族の外見だから……こんなに小さいよ』
小人族の特徴とも言える手足そして指の短さを、ガザルはとても気にしていました。
『僕と同じだ……この子も。やりたいことが有っても……みんなのお役に立ちたくても、身体がみんなと違うから……きっと、寂しい思いをするだろうな……』
村人たちがどんなにガザルを受け入れていても、彼自身が自分を受け入れられなかったのです。私が彼にどれだけ説得しても、彼は寂し気な笑みを浮かべていました。
『みんな優しいよね……そんなみんなに、僕は何のお返しも出来ないばかりか……みんなに負担をかけてばかりだ……』
成者の歳を迎えたガザルは、外界への旅を許可して欲しいと何度も何度も私にせがむようになって来ました。ミミも私も「外の世界」がどんなに厳しい世界か、悪意を持つ者が居るか、危険に満ちているかを彼に伝え、諦めるように伝えましたが、ガザルはむしろ「だからこそ自分の目で確かめたい」と強く願うようになったのです。
『センセイ……僕は死ぬまでこの「檻の中」からは出られないの? 広い世界を見たいのに、自分の目で、耳で、「手と足」で、自由に生きることは出来ないの?』
私はルエルフを保護するために、この村を創りました。この村に住まう者たちを守る……それが私の使命だと信じて来ました。でも……20歳を迎えたガザルにとって私の「保護」は「束縛」であり、この村を「不自由な檻」だと感じるようになっていたのです。
自分自身の存在を肯定出来ない「檻」の中で、一生を縛られ不自由に生きたくはない……ガザルの切実な訴えを、私は拒み続ける事が出来ませんでした。
『いいわね、ガザルくん……何度も話したように、外界は「村」とは違うわ。危険な野獣も多くいるし、様々な種類のサーガも居る。充分に……気を付けるのよ?』
ガザルは今まで見せたどの笑顔よりも、自信と期待に満ちた笑顔を私に向けました。
一番安心して送り出せる場所は王都の壁外東部の森……私はこの泉を、王都の壁外東部の森とつなぎました。ユーラ川沿いの森に在る洞窟奥の泉につないだのです。その森には本当なら、ミミの夫であるシャンの一族が住んでいるはずでした。小人族の森に出れば、何かの支えを得られる……そう期待して送り出したのです。
でも……こちらの10年間はあちらでの100年……その間に、王都とその周辺地域は私の想像をはるかに超えて、大きく様変わりしていたのです。
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