第320話 スラム街のサーガ
「サーガだぁ!」
通りに響く声にエシャーたちは一瞬視線を交わし合うと、即座に駆け出した。
「エシャーちゃん! 先走んなっ!」
真っ先に行くエシャーの背に、スレヤーが声をかける。しかし、エシャーはグングンと先を駆けて行く。
スラム街区は、木々や瓦礫で作られた壁に囲まれていた。今回の大群行で出た「新しい瓦礫」ではなく、昔から組まれている「壁」であることをエシャーは横目で確認しつつ、出入口となる壁の切れ目へ向かう。
「止まれ!」
街の出入口に駆け込もうとしたエシャーの前に、数人の男たちが慌てて飛び出して来た。何人かは剣を握り、何人かは片腕を突き出し法撃体勢をとっている。エシャーは男たちの前で足を止めた。
「中から、サーガが出たって声が聞こえた! 中にサーガが居るの? 中に入れて!」
「はあ?」
突然目の前に現れた「エルフの少女」から、想定していない入街許可を求められた男たちは互いに視線を交わし合う。
「まだサーガの生き残りが居るって聞いたの! 犠牲者が出てるって!」
尚も入街を求めるエシャーの言葉に、男たちの中から1人が応じる。
「何の話か知らねぇなぁ? それに、この街によそ者が入る道は無ぇよ! とっとと向こうに行きやがれ!」
エシャーは驚きと悔しさの入り混じる視線を男に向けた。しかし男はニヤニヤしながら、手に持つ短剣を左右に揺らしエシャーに立ち去るよう促す。
「よう、ゼファー!」
数秒遅れで追いついたスレヤーが足を緩め声をかける。
「あ? おっ、なんだよスレイ……あ?」
不審な「エルフ」に対応していた男は、遅れて現れたスレヤーと、さらにその背後に立つスヒリトを確認し笑顔と困惑の表情を浮かべた。
「スヒリトさん! お久しぶりです!」
「何しに来たんだよ、スレイ!」
門衛に出て来た男たちが、次々にスレヤーたちに声をかける。2人はそれぞれ、既知の関係者に笑顔で挨拶を返し、ひと段落後、スレヤーはエシャーの対応をした男に近寄った。
「……サーガの残党がうろついてるって情報があってな。んで、俺とヒリーに調査の命令が下ったんだよ」
「はぁ? なんでよりによってお前がオズマーンの馬鹿息子と……」
ゼファーと呼ばれた男は、理解出来る事情と理解出来ない組合せに首をかしげる。
「それに、アイツはなんだ?『協議会』のエルフかよ? どんな組み合わせなんだ?」
エシャーに視線を向けたゼファーは、さらに険しい表情を見せた。
「あの子は……俺の『連れ』だ。それ以上でも以下でも無ぇよ。ヒリーちゃんは……まあ、腐れ縁ってこった。それより……ホントのとこはどうなんだ?」
2人の男と親し気に話をしているスヒリトと、心配そうに成り行きを見守っているエシャーをサッと確認し、スレヤーはゼファーに尋ねる。
「つい今しがたも中から声が聞こえたぜ?『サーガが出た!』ってな。……どうなってんだよ?」
ゼファーはしばらく返答に迷うが、決心がついたようにフッと息を吐いた。
「分かった……中で話そう。ここじゃ、王都民の連中に見られる……」
出入口前の通りと王都側の壁外街区にサッと目を向け、ゼファーはスレヤーたちを招き入れる。
「ちょっと、
街内に進み出しながら、ゼファーが男たちに指示を出した。エシャーとスヒリトも、スレヤーとゼファーを追って街中へ入って行った。
―・―・―・―・―・―・―
「……波みてぇな大群は全部、都の壁に向かってったから、こっちにゃほとんど被害は無かったんだよ」
ゼファーは横並びのスレヤーに説明しながら歩を進める。エシャーとスヒリトは、その背後に付いて街路を進んでいた。
スラム街区の街並みは、どことなく薄汚れている。建物も、材質は個々によって違う。廃材を積上げただけのような低い建物が、所狭しと道の左右に建てられていた。軍服姿のスレヤーとスヒリトだけでなく「エルフ」の姿がよほど珍しいのか、建物の内外あちらこちらから視線を向けられながら、その狭い路地を移動する。
「壁内から例の黒魔龍が飛び去った後、急にサーガの群れがバラバラに動き出しやがった」
物珍しそうに駆け寄って来る子どもたちを追い払いながら、ゼファーは話を続ける。
「
しばらく進むと、にわかに周囲が騒がしくなって来た。何人もの女性や子どもたちが進行方向からこちらに向かい、逃げるように走り去っていく。
「でもよぉ……あの次の日から、街の中にサーガの残党が姿を現し始めたんだ。どっから入り込んで隠れてやがったのか知らねぇけど、ちょこちょこ出て来ては街の人間を襲い喰いやがった。……街の中にいるヤツは俺たちが駆逐したが『外』に出ていったヤツに関しちゃ、どうなったかは知らねぇ。お前の話からすりゃ『外』でも喰い散らかしやがったってことだろ?」
ゼファーの説明を、スレヤーは険しい表情で受けとめていく。
大群行の群れから外れた連中が、この街の中に? いや……ガザルの指揮系統が活きてる内にそんなこたぁ無ぇだろう……。んじゃ、ガザルがいなくなってから潜り込んだのか? 門も壁も街の連中が目を光らせてる中、指揮系統を失ってるただのサーガが誰にも見つからずにか? 有り得ねぇ……だとしたら、一体どこから……
「とにかく、街の中に現れて来るヤツラは、街の中で処理をしている」
思考を巡らすスレヤーの様子を気にせず、ゼファーは話を続けた。
「王都の連中……軍部のヤツラも度々来やがったが、街頭の判断で誰も中には入れさせねぇことに決まった。また『昔』みてぇに、街を助けるフリして人や物を奪われちゃ、たまったもんじゃ無ぇからな!」
「おい、ゼファー!」
街の奥まで進むとさらに騒ぎは大きくなっていた。ゼファーに気付いた住人が駆け寄って来る。
「どうした!」
「また出やがった! それも4体もいやがる!……って、なんで軍部の……あ? スレイ?!」
駆け寄って来た男は情報の伝達途中でスレヤーに気付き、素っ頓狂な声を上げる。スレヤーはニッと口角を上げ男に声をかけた。
「よう、キリト! どうした、4体って? サーガが居んのかよ?」
「え、ああ……って、おい! ゼファー……良いのかよ?」
キリトと呼ばれた男は、ゼファーに顔を向ける。
「街頭んとこに連れてく途中だったんだよ。で? 4体って……どこに隠れてやがったんだ?」
「やっぱり『例の倉庫』みてぇだ。北と西の通りで見張ってた連中が襲われたらしい。しかも今回はトロル型まで混じってやがる!」
ゼファーが顔をスレヤーに向け、首をかしげた。
「どうする? 軍人さんよぉ」
「へっ……街の人間らだけでも、充分やれるだろうよ?」
「ちょっと待て、スレイ!」
大柄なスレヤーの背後に隠れていたスヒリトとエシャーも身を現わす。キリトは目を見開いて2人を凝視した。
「『例の倉庫』って……おい! まさか、父の倉庫か?!」
「は? うわっ! なんでオズマーンのカス野郎が一緒に居んだよ! それにエルフまで!」
スヒリトの問いを受けたキリトだったが、先ほどのゼファーと同じくこの奇妙な組み合わせ面子を指さし、驚きの声を上げる。
「……ったく、そりゃもうイイって……」
スレヤーは面倒臭そうに、指し伸ばされたキリトの腕に手を置き降ろす。
「ヒリーは腐れ縁から今の『連れ』だよ。あと、エシャーちゃんは『エルフ』じゃ無くって『ルエルフ』だ。で? オズマーンの倉庫なんだな?」
まくし立てるように確認するスレヤーの問いに、キリトは我に返りうなずいた。
「とにかく、まずは街頭んとこだが……ついでに、サーガ退治して行くか?」
ゼファーが改めてスレヤーに尋ねる。スレヤーは笑みを浮かべうなずいた。
「そうだなぁ……ヒリーの親父さんとこの倉庫ってのも早く調べてぇが……こう騒がしくっちゃ、仕方無ぇな。チャチャッと片付けてくかねぇ」
軽い口調とは裏腹に、スレヤーの目は緊張感のこもった光を帯びている。エシャーも迫りつつあるサーガの気配を感じ取っていた。左手首にはめていたクリングをゆっくり外し、右手に握る。
「わ、分かった! よし、それなら早く!」
元来た方向に振り返り、駆け出そうとしたキリトの頭部右横を、エシャーのクリングが空気を切り裂く回転音だけを残し追い抜いた。その先5メートルほどの建物の陰にクリングが曲がると「ギャッ!」と悲鳴が上がる。キリトが瞬きをする間に、その曲がり角に向かいスレヤーが駆け込んでいく。
「な、な、なんだぁ?」
突然の動きにゼファーとキリトは言葉を失い、スヒリトは驚きの声を上げる。
「ゴブリン型が居たよ。この人を狙ってた」
そう言ってキリトを指さしたエシャーは、スレイの後を追って走り出す。残されたスヒリトたち3人は、エシャーの背中を唖然と見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます