第319話 虚心坦懐

「なぁるほどねぇ……」


 スレヤーはスヒリトと並んで歩きながら、長城壁東門での避難者誘導時の話を聞いていた。


「だから、あの子たち……ジャメスとミカはこの国の『未来の光』なんだ。俺が責任をもって、あの子たちを育て上げて見せる! お前みたいな狂犬になんか、絶対にならないようにな!」


「ひょえぇ……言うねぇ、ヒリーちゃん」


 スヒリトの熱弁にスレヤーはいつもの調子でチャチャを入れるが、その声はどこか楽し気だ。


「んでもよ、あの子らに『お兄ちゃん』なんて呼ばせて、何を企んでやがんだぁ? あの子らと一緒にいた女でも狙ってんのかよぉ?」


「ば……馬鹿! メサナさんは……良い人なんだ! そんなゲスな目で彼女を見んじゃねぇよ!」


 顔を赤らめたスヒリトが、スレヤーを殴ろうとする。しかしスレヤーは左手でスヒリトの拳を軽く掴み止めた。


「……当然、お前ぇの素性もバレてんだよなぁ?『オズマーン商会のお坊ちゃん』よぉ?」


 スレヤーからの問いに、スヒリトは目を泳がせる。


「別に……家の商売についての話は……まだしてない。ありふれた家名だし……」


 スヒリトの態度にスレヤーは笑みを浮かべ、掴んでいた拳を解放した。


「いつかはバレるぜぇ? お前ぇさんの家のことも、お前ぇさんが今までやって来たことも、全部よぉ」


「それは……そうかも知れない。でもな、スレイ! 俺は彼女たちと共に、新しい未来に歩み出したいんだ! 頼むから……邪魔はしないでくれよ……」


 決意と不安の入り混じった切実な表情で訴えるスヒリトの言葉に、スレヤーは口角を上げてうなずく。


「……エシャーちゃんに感謝しな。あの子が止めなきゃ、危うくいつもの調子で、あの場で俺が全部バラしちまうとこだったぜ」


「え?」


 2人の後ろから付いて歩いているエシャーに、スヒリトは顔を向けた。


「ちゃんと礼儀正しくしろって言われてよ。で、お前ぇさんの周りを見たら、まあ、おふざけはしねぇほうが良さそうな雰囲気だって俺も気付いてな……」


「キミが……」


 スレヤーの説明を耳に入れながら、スヒリトは驚いた目でエシャーを見る。エシャーは困ったように愛想笑いを浮かべた。


「あー……ウン。えっと……何となくね。スレイの雰囲気が意地悪しそうだったし……でも、周りの人たちから大事に思われてるあなたと争うようなことをしちゃ、マズイかなぁって感じたから……」


「……覚えてるかね? タグアの裁判所でも世話になったね、キミには……」


「ゴメンなさいッ!!」


 歩調をゆるめ顔を向けて語りかけたスヒリトに、エシャーは立ち止まってピョコンと頭を下げる。


「あの時、私……よく覚えてなくて……『小人の 咆眼ほうがん』も初めてで……」


「あ……ああ……、大丈夫!」


 謝罪の弁を述べ出したエシャーに、スヒリトも立ち止まり慌てて声をかけた。


「エシャーちゃんが謝るこっちゃ無ぇって。勘違いで強制拘束連行したこいつらが悪ぃんだからよ」


 スレヤーは笑いながらエシャーを弁護する。


「何だと! お前は、現場も知らんくせに!」


 その弁護に、スヒリトが噛み付く。


「あん時は、俺だって何にも知らされて無かったんだ! たまたま裁判所の警備に回されて、拘束魔法が使える兵長と一緒にいただけだ! 誤認移送した連中はどうか知らんが、俺は一切悪くない!」


「あの……ホントにごめんなさい!」


 スレヤーへの反論の言葉を聞き、エシャーはさらに申し訳なく思いスヒリトに頭を下げる。


「いや、だからお嬢ちゃん……もう、ホントにそれはイイんだって!」


「ほら、ヒリーもこう言ってるし、エシャーちゃんはもう何も気にしなさんなって!」


 スヒリトの首に腕を回し、スレヤーが豪快に笑う。スヒリトはうっとうしそうにその手を振り解き、悪態をついた。エシャーは苦笑いを浮かべながら2人を見つめ、ふと疑問を口にする。


「そう言えば……スレイとヒリーって、どんな関係なの?」


「は? ヒリーって……」


「おう!」


 エシャーから発せられた突然の「ヒリー呼び」に唖然とするスヒリトを尻目に、スレヤーが説明をする。


「コイツん家のジイさんが悪いヤツでよ、王政府からスラムに支払われた『義援金』をくすねやがったんだ。んで、その金使って悪どく儲けて、親父さんの代には壁外街区イチの豪商にのし上がりやがった。で、コイツは金持ちだからって調子に乗ってスラムの連中を馬鹿にしやがるから、ガキの頃から何度もシメてやってたんだよ」


「違う!」


 スレヤーの説明に、スヒリトは怒りもあらわに反論を訴える。


「成功者を妬むお前らが、ウチの店から盗んだり、襲ったりするから制裁を加えただけだ! それを逆恨みして、俺のことをしつこくつけ狙いやがって……お前はホントに疫病神だよ!」


 2人の主張の食い違いに、エシャーは困惑の笑みを浮かべる他無い。スレヤーもそれは織り込み済みの反応だったようで、何食わぬ口調で続ける。


「と、まぁ……とにかく、ガキの頃の俺らからすれば、オズマーン商会のお坊ちゃんはイケ好かねぇヤツだったってこった」


「8歳も年下の生意気なクソガキから言われたかねぇなぁ!」


 スヒリトは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、そっぽを向く。


「あ……お友だち……じゃ、無いんだ……やっぱり……」


「誰が、こんなクソガキ!」


 エシャーの声にスヒリトは噛み付いたが、少し間を置き、思い直したように話を続けた。


「……軍の訓練所に入るのが決まって……ちょっといい気になってね……」


 スヒリトが語ろうとする内容に気付き、スレヤーは真顔になる。


「スラムの『悪党』をとっちめて、名を上げてから訓練所に入ろうと思ったんだよ。18の時だったなぁ……。父が付けてくれてた護衛は3人とも法術士だったし、『悪党』って言ってもコイツらを相手にするつもりだったから……」


 スレヤーをチラリと見た後、スヒリトはエシャーに顔を向けた。


「悪ガキ共への制裁のつもりだった……でも、闇討ちしようとしたせいで相手を間違えちまったんだなぁ……。俺たちが襲いかかったのは、当時のスラムの中でもマジでイカれた連中だったんだ。俺を守ろうとした護衛の法術士たちと連中は法撃戦になってしまって……結局、3人とも目の前で殺されたんだ」


 当時の光景を思い出したスヒリトは、その場面を打ち消すように頭を左右に振る。


「……向こうも何人か倒れてはいたけど、まだ10人近く残ってやがった。で、木箱の裏に隠れてガタガタ震えてる俺は連中に見つかって、ボコボコにタコ殴りさ。頭のイッてしまってるヤツラだから、何を言ってもダメだった。父の名前を出しても、通じやしない。魔法術もまともに身に付いてない俺は、そこで殺されるとこだったんだ」


 スヒリトは何かを確認するようにスレヤーに顔を向けた。スレヤーはフッと笑みを浮かべると、続きを促すように軽く指を上げる。


「その時に、スレイが助けてあげたの?」


「おいおい、先読みは無しだよ、お嬢ちゃん」


 エシャーの声にスヒリトは苦笑いで苦情を述べた。


「あ……ゴメン……」


「まあ、その通りなんだがね。……ボロ雑巾のように路上に転がってた俺は、異様な叫び声と、連中の悲鳴に目を開いたんだ。正直、連中からヤラれてた時以上の恐怖をそん時は感じたな。……コイツは、頭のイカれた大の大人10人を相手に、両手に持つ2本のナイフで襲いかかってやがったんだ。信じられるか? まだ10歳やそこらのガキだぜ? それがよ……研ぎ澄まされた牙や爪で人間を襲う野獣のように、次々に連中を倒してくんだ……涼し気な笑みさえ浮かべてよぉ……」


 スヒリトの話を聞きながら、エシャーは視線をスレヤーに向ける。スレヤーは退屈そうに頭をボリボリとかいていた。


「ものの数分程度の戦いの後……その場で息をしてたのは……俺と、そこの狂犬だけになってたんだ」


「連れがな……」


 スレヤーがポツリと口を開く。


「スラムでつるんでた俺の連れたちが……あの日、全員殺されてたんだよ。俺が居ねぇ間に……そいつの話に出た頭のイカれた大の大人どもが、法術の的にして遊びやがったんだ。ま、あの街じゃよくある事さ。で、俺もよくある話の続きで報復に行ったら、たまたまヒリーちゃんが泣きわめいてたんだよ」


「泣きわめいてなんか無かっただろう! 作るなっ!」


 後半を冗談めかしたスレヤーに、スヒリトは間髪を入れず抗議する。


「まあ、そんなんで……」


 ひと息を吐き、スヒリトが話を続ける。


「結果的に『助けてもらった』ってことになるな……コイツに。父が手を回し、大きな事件としては扱われなかったおかげで俺は予定通り訓練所に入り、教課を終えて軍部に幹部候補で入隊。コイツとは別々の人生を歩むはずだったんだ。ところが何の因果かこの馬鹿、成者になってすぐに軍部に入隊しやがってな。行く先々に現れやがるんだ!」


「そんなん毛嫌いしなさんなって!『部下』として色々手伝ってもやったでしょうが?」


 余裕の笑みのスレヤーは、からかうようにスヒリトの弁に被せる。


「うるさい!……いや……まあ……そうだな……」


 スヒリトは何かを思い直すように口調を改めた。


「軍曹までの昇進に……まあ何と言うかな……2回ほどスレイの『つて』で、実技を『不正に合格』させてもらったんだよ。コイツを慕う兵は少なくなかったからな……ちょっと……手を抜いてもらうように頼んでもらったというか……」


「おいおい! そんな事まで話しちまうのかよ!? どうした? ヒリーちゃん」


 スレヤーが慌てて口を出したが、スヒリトは手を開いて制止する。


「俺のジイさんや父がどんな不正をやって来たか、詳しくは知らない。でもな……何となくは分かってる。そして俺はそれを『知恵』や『才能』だと評価していた。そんな父たちに見ならい、俺も『知恵や才能』で成功する人生を目指していた。どんな不正をしてでも、最後に利益を得る者が正義……それが俺の信条だった」


 スッキリとした表情でスレヤーに顔を向けるスヒリトは、柔らかな笑みを浮かべる。


「でもなぁ……ズルして手に入れたもんにゃ価値は無ぇし、満足も出来ない。まるで塩の水を飲んでるみてぇに、いつまで経っても渇き続ける。……俺ぁ、今回の騒ぎで、何にもズルをし無ぇで戦った。利益を求める知恵や才能を捨てて、目の前に在る『人間』に向き合った。そしたらよ……何か気持ち良いんだなぁ、これが!」


 少年のように破顔を見せるスヒリトに、エシャーは優しく微笑んだ。


「気持ち良い上に、5階級もの特進がオマケに付いて来たんだ! 不正な利益じゃ得られなかったもんがよ……。だからもう、テメェに馬鹿にされる筋合いは無ぇからな! 分かったかスレイ!」


 笑みを浮かべたまま、スヒリトはスレヤーに向かって挑発するようなハンドサインを見せる。スレヤーは納得したように笑みを浮かべ、眉を上げた。


「よぉく分かりましたよ、スヒリト大尉殿。ちょっと見ねぇ間に、人間の器も大きくなられたようで」


「キサ……まだそんな口の……」


 楽し気に応じたスレヤーに、スヒリトも冗談と分かる態度で怒って見せる。エシャーは「大の男2人」のじゃれ合いを満面の笑みで見ていた。


「サーガだぁ!」


 しかし、スラム街入口方向から突然聞こえた叫び声に、3人の笑みは掻き消された。

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