第317話 新編成
壁外東部街区復興部隊の指令所テントは、かなり広めの造りとなっている。スレヤーたちは部隊長のベルニコに従い奥の仕切り間へ入った。
「王からの特命調査だって?」
ベルニコはスレヤーが手渡した書面に目を通しながら、簡素な造りの木製机に回り込み椅子に腰かけた。
「サーガの討ち洩らしが、まだ居るんですってねぇ?……スラムのほうに」
「ああ……その件か……」
スレヤーの応答に、ベルニコは複雑な微笑を浮かべて応える。
「……今朝も3人の遺体が新たに発見された。スラムからこっちの街区でな……。明らかに、昨夜起こった被害だ」
「被害者は民間人すか? 遺体は? 確認したんでしょ?」
受け取った命令書で、ヒラヒラと手遊びをしているベルニコにスレヤーが尋ねる。
「兵士だよ。民間人は全員避難させた。……スラムの連中以外はな」
含みのある言い回しで、ベルニコはスレヤーに目を向けた。
「
「まあ、そりゃ……しゃあ無ぇでしょうね……」
スレヤーはフッと笑みを浮かべる。
「長い間、川っぺりのゴミ捨て場に追い込まれて来た連中ですからねぇ。汚れ仕事を強制されて来たって怨みもありますし……小ぎれいな『王都民』なんか、信用出来無ぇでしょうや」
「……お前だって今じゃ立派な『王都民』だろ?」
呆れたようにベルニコはスレヤーに返す。しかし、スレヤーは笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「『立派』じゃ無ぇから、王様からの特命を受けたんですぜ?」
ベルニコは品定めをするように、ジッとスレヤーを見つめ、やがて笑みを浮かべ溜め息をついた。
「御立派だよ、お前さんはよ。……まあ、いい。とにかく、この件に関しては俺たちも手を焼いていたとこだ。川岸街区は幸いにも大群行の進路から外れていたおかげで、ほとんど被害は無かったようだが……実際のところが分からん。加えて、サーガの残党が隠れているとなると、放っておくわけにもいかん。……かと言って、壁内と違ってこっちは全然、手が足りて無いからな……」
そこまで話すとベルニコは書類に自分のサインを書き入れ、スレヤーに差し出した。書類を受け取り、スレヤーは懐に入れる。
「で? スヒリトの野郎、マジで正規に昇進したんすか?」
「ああ……しかも高評価でな」
ベルニコは楽しそうに笑みを浮かべた。
「まあ、こんな事態だ。軍の再編も必要だしな……俺も含め、今回生き残った兵のほぼ全員が昇進だ。その上、スヒリトはタイミング良く准尉試験の最中だったしな。……何より、城門防衛での民間人避難誘導の際に、かなり優れた行動力を発揮したそうだ。現場に居た複数の諸隊長からの圧倒的推挙で、尉官最上位への昇進が決まった。正真正銘、正規昇進の大尉殿だよ」
「へぇ……アイツがねぇ……。ま、あんたが言うんなら、信じるしか無ぇですね」
スレヤーは首をかしげながらも、感心したようにうなずく。
「そうだ! さっきの命令書、もう一度こっちに渡せ!」
ベルニコは悪戯っぽい笑みを浮かべ、手を差し出した。
「な、なんすか……急に……」
驚きながらも指示に従い、スレヤーは懐から命令書を取り出す。その手から奪うように命令書を手にしたベルニコは、スレヤーに真っ直ぐ目を向けた。
「ウィルバル・スレヤー伍長。今回の国王特命任務への随伴兵として、当部隊作戦指令補スヒリト・ベン・オズマーン大尉を充てるものとする!」
「へ?」
ベルニコからの唐突な命令に、スレヤーはキョトンと目を見開く。
「な……いや、そんなの要ら無ぇし!」
「そう言うな、スレイ。スヒリトは『これから』の人材なんだ。育ててやってくれよ」
拒むスレヤーに、ベルニコはやわらかな口調で語り、命令書にペンを走らせた。
「は? そんな……」
「伍長! 復唱!」
尚も拒もうとするスレヤーに、ベルニコが追い打ちをかける。スレヤーは溜息のあと、渋々敬礼の姿勢を示す。
「ウィルバル・スレヤー伍長、国王特命任務へのスヒリト・ベン・オズマーン大尉の同行、了解いたしました!……不本意ですが……」
想定外の「同行者」が決まったことにエシャーは驚きを隠せず、スレヤーの顔を見上げる。
「どうしよう……私……ちゃんと謝んなきゃ……」
タグアの町の裁判所で「倒してしまった」人物の同行が突然決まり、エシャーは急に不安を感じ始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「カガワッ! 次、来るぞッ!」
ピュートの指示に篤樹が振り返ると、直径1メートルほどのハンマーヘッドが目の前に迫って来ていた。
「うわっ!」
篤樹は危うく転びそうなほどに身を屈める。その頭上をハンマーが通過した風圧を感じた。しかし、視線はしっかりとハンマーの軌道を追えている。大きく右側に振り抜かれたハンマーを握っているのは、灰色の巨体……トロル型のサーガだ。
「くっ……」
竹刀形状の「
空振りしたハンマーを頭上で半周させ、今度は真上から叩き下ろそうと構えたトロル型サーガと、篤樹はしっかり視線を合わせた。跳び上がりながら、篤樹は右下に剣先を下ろす下段の構えから、トロルの腕に狙いを定め剣を振り上げる。
ハンマーを振り下ろす途中のトロルの右腕を、成者の剣はまるで風を斬るように何の抵抗も受けず切断した。完全に跳び上がった篤樹の身体は、3メートル以上もあるトロルの頭上を飛び越える。
「グンガァー!」
自分の右腕が「切り離された」ことに気付かないまま、トロル型サーガは左腕1本で支えるハンマーを地面に叩きつけた。しかし「両手」での打撃を想定していたトロル型サーガは衝撃に耐え切れない。ハンマーの柄は左手から離れ、バウンドしながら数メートル先に落ちていく。
ザクッ!
ピュートは柄が半分になっている槍を使い、トロル型サーガの背後から身体中心部を目がけ突き刺した。
「……やっぱり浅いな……」
槍の穂先はサーガの背中に半分も刺さっていない。ピュートはすぐに穂先を引き抜く。トロル型サーガは何が起きたか分からない様子で、地面に落ちている自分の右腕と、肘から先を失っている右腕の断面を不思議そうに見ている。
「グシャララァ!」
短槍を握るピュートに向かい、突然小型のサーガが木々の合間から襲いかかって来た。
「ピュートっ!」
成者の剣を構え直した篤樹が駆け寄り、横一閃に剣を振るう。その軌道に、ピュートは両手で掴み止めた小型サーガを突き出した。元の種族が分からないほど腐敗が進んでいた小型サーガの頭部が切断され、クルリと回転しながら地面に落ちる。
「進め!」
トロルにとどめの一撃を加えるべきか判断に迷う篤樹に、ピュートが叫ぶ。
「近くにまだ他のが居る! 面倒だ! 離れるぞ!」
右腕を斬り落としたトロル型サーガをその場に残し、篤樹はピュートの背を追いかけ木々の合間へ駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます