第316話 昇進?
「そっかぁ、アイリちゃんの親戚の姉ちゃんだったとはねぇ……」
スレヤーは笑みを浮かべ歩きながら、エシャーの話に応じていた。
「サレマラがね、すっごい
「おお、そうかい! 確かにミラさんも言ってたなぁ。実際、アッキーの大怪我なんかも1晩でバッチリ回復させたしなぁ。治癒に関しちゃ、やっぱ魔法術ってのは便利だよなぁ! と……壁外街区に出るぜ。中とは大違いだからよ……気を緩めなさんな!」
長城壁東門通りは、壁の厚みと同じく200メートルほどだ。法力灯で照らされているアーケード状の通りには、軍部兵士や王政府職員らが忙しそうに多数行きかっている。
「……外は、中よりひどいらしいぜぇ。なんせ、数万の大群行に飲まれちまったんだからなぁ……」
通り出口から射し込む明るい陽の光に、エシャーは一瞬目が
「こんなに……」
2人の目の前に広がっていたのは、壁内街区の損壊をはるかに超えて見渡す限りの瓦礫の山だった。エシャーはその光景に思わず声を漏らす。
「さて……と……」
数秒間立ち止まり、通り出口前の「瓦礫広場」を眺めた後、スレヤーは左右を見渡した。
「聞いてた以上だなぁ、こりゃあ……。元の道も分かんねぇ……」
「君たち、そこで立ち止まらないで! 危ないよ!」
作業をしていた王政府行政職員服姿の男性が注意をうながした。直後、スレヤーたちは背後から迫って来る馬車に気付き、急いで脇に身を避ける。
「あ……スレヤーさん!」
「んあ?」
注意の声を上げた男性職員は、相手がスレヤーだと気付き名前を呼んだ。
「ん? あ、えっと……」
相手が誰なのか目を凝らす様子のスレヤーに向かい、男性は周囲の邪魔にならないよう左右を確認しながら笑顔で駆け寄って来る。
「え……っと……お前ぇは……」
「その節はお世話になりました! リュウです! あの……王城で……」
「おお! リュウさんかい! 元気そうじゃ無ぇか! いやいや、すまねぇ。あん時とはその……恰好が随分違ぇもんだからよぉ」
対面した相手が、ミラたちと共に王城から脱出した「観察協力体」の男だと気付き、スレヤーは笑顔で応じる。
「おかげさまで私たちも無事です! ミラさまのお計らいで、リメイと一緒に王室行政府職員として採用していただくことになりました! 王都復興部です」
リュウは嬉しそうに近況を報告した。
「ねえ、スレイ。知り合いなの?」
不思議そうに2人のやり取りを見ていたエシャーがスレヤーに尋ねる。
「あ? ああ! その……なんだぁ……王城から脱出する時に、世話になったっつうか、世話をしたっつうか……なあ?」
ここで「観察協力体」であったリュウとリメイの詳細をエシャーに説明するのもはばかられたスレヤーは、慌てて視線をリュウに向けた。
「はい。大変、お世話になりました。ところで……」
リュウは笑顔で話題を切り替える。
「今日はどういった御用向きで壁外に?」
「おう……あっ! そうだ! ちょうど良かった……」
スレヤーはリュウの問い掛けに笑みを浮かべた。
「こっちの街区の担当部隊長さんに挨拶を入れてぇんだけどよ、こんな様子になっちまってっから、どこに行きゃ良いか分かんなくてよ……」
「ああ! 軍営地区ですね」
リュウは瓦礫の山を指さす素振りを見せたが、すぐに思い直し、スレヤーに視線を戻す。
「4ブロックほど先なんですが、ここからだとかなり迂回することになるんで……お送りしますよ」
そう言うとリュウは、空いている小型の運搬馬車を指さした。
「いや、仕事の邪魔しちゃ悪ぃしよ……」
「大丈夫です。どうせ、向こうに届けるモノもありますから、ついでですよ」
遠慮を示すスレヤーをリュウは笑顔で制し、馬車へ先導し歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スレヤーとエシャーはリュウが御する小型の荷馬車に乗り、長城壁外東部街区復旧部隊軍営へ移動することになった。途中の道は前情報通り「瓦礫の山」があちこちに積み上がっている。
「スレヤーさん、着きましたよ」
1人乗りの御者台から振り返りリュウが声をかけた。荷台に座っていたスレヤーとエシャーは姿勢を変え、正面に目を向ける。
軍営用に整備された区域には、大小様々なテントが張られていた。仮設の救護所や救援物資置場、兵員用の居住テントの他、住民用の避難所も併設されている。
「町だな……こりゃ」
呆れ声を発したスレヤーに、リュウは前方を指さす。
「あちら、100メートルほど先の緑の大型テントが『担当部隊指令所』になっています。部隊長はあちらにおられるはずです。私は後ろの物資を救護所に届けに行きますので、ここで失礼しますね」
小型の馬車でも入り込むには狭すぎる通路に目を向けたスレヤーは、リュウの左肩を揉むように右手を載せた。
「あんがとよ! 助かったぜ。よし! 降りよっかねー」
馬車が減速し完全に停止すると、スレヤーは立ち上がってエシャーに声をかける。
2人はリュウを見送り、教えられた担当部隊指令所のテントに向かって、狭い道を歩き出す。
「あっ……」
エシャーが唐突に驚きの声を上げ立ち止まった。
「ん? どしたい?」
「あの人……私……見た事ある!」
正面に見える指令所から数名の部下を連れて出て来た細身の男性は、上級士官用の軍服に身を固めている。男は手に持つ地図を見ながら、入り口前に居る兵士たちにテキパキと指示を与え始めた。
「ほぉう……」
エシャーは手を口に当てたまま固まり、スレヤーは「面白いモノ」を見つけたように笑みを浮かべる。
「……第3から第7小隊までは南地区の瓦礫を処理場へ。第8・第9小隊は北地区に物資補給。第10小隊以下は……」
細身の上級士官は、スレヤーたちの視線を感じ地図から目線を上げた。
「第10小隊以下は……えっと……あれだ……」
目の前に現れた2人の姿に動揺した男は、すぐに頭の中の整理がつかないのか指示の言葉に詰まる。
「大尉?」
指示を仰いでいた兵士が、怪訝な表情で首をかしげた。
「ほえ~、何だよヒリー! たった数週間で『大尉』ってなぁよぉ!」
スレヤーが笑いを押し殺した声を発すると、細身の上級士官―――スヒリトは身を震わせながら大声で応じる。
「ス、スレイ?! いや……ウィルバル・スレヤー伍長! な、なんでお前が……」
「何でってよぉ……」
スレヤーはズイズイとスヒリトに歩み寄り、そばに立ち止まると顔をグイッと近付けた。
「王様からの特命調査を命じられたんだよ。で? 何で『准尉試験』しか受けて無ぇヤツが『大尉』の階級章なんかつけてやがんだ?」
スヒリトの襟につけられた階級章を、スレヤーは右手の人差し指で軽く弾く。
「……まさかテメェ……火事場泥棒みてぇな真似を……」
「んなワケあるかいっ!」
あらぬ容疑をかけられたスヒリトは、両手でスレヤーの胸を突き飛ばし距離を取る。
「特別功労昇進だよっ! キサマと違って俺は……俺は……頑張ったんだ!」
「ああん?」
突然のにらみ合いに驚いた周囲の兵士らが息を飲む。
「何をやっとるんだぁ?」
指令所テントの入口から、40代ほどの上級士官が顔を出した。
「あ、ぶ、部隊長殿!」
スヒリトも兵士らも、即座に敬礼で出迎える。
「スレヤー伍長、上官への敬意も軍人の務めだぞ?」
笑顔で注意を与える部隊長に、スレヤーはニヤリと口の端を緩め敬礼で出迎えた。
「御無沙汰しております、ベルニコ少佐!」
「今は大佐だよ、伍長」
部隊長は苦笑しつつ、自分の襟章を指さす。
「話は中で聞く。スヒリト大尉、指揮を続けろ」
部隊長の促しに従い、スレヤーは振り返ってエシャーに手招き、指令所の中へ一緒に入って行った。
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