第315話 仕事

 探索隊特別室の固いソファーに座るミラは、スレヤーに向けていた目線をゼブルンへ移した。


「スレヤー……ヒマだろ?」


 過去に剣の手ほどきを行った関係から、ゼブルンはスレヤーを「友人」として見ている。立場の違いはあれ、スレヤーもその関係を快く思っていた。何も動きの無い「待機状態」が嫌いなスレヤーの性格を知るゼブルンから与えられた「ヒマつぶし」の提案に、スレヤーはニヤリと口角を上げる。


「ヒマっちゃあ、ヒマですし、忙しいっちゃあ、忙しいですけどね……」


「スレイ……」


 エルグレドが苦笑しながらスレヤーの発言を制し、ゼブルンに視線を向けた。


「スレヤー伍長を、東部壁外街区スラム地区調査に……ということでしょうか?」


「ダメか?」


 ゼブルンは決定権を持つ探索隊隊長へ笑みを浮かべ打診する。エルグレドは背後に立つスレヤーを振り返りもせずに、フッと息を吐き出し応じた。


「本人からも行く気満々の様子が伝わっておりますし、現在、探索隊の活動も現状待機のままですから……ね?」


 言葉の終わりにスレヤーに顔を向け、意思を最終確認する。


「はい! スレヤー伍長、東部壁外街区スラム地区調査任務を喜んで拝命いたします!」


 大袈裟な敬礼と共に、スレヤーは応じた。


「よし! それじゃ、さっそくヒーズイット大将にその旨を伝えておこう」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 スレヤーは両手を頭の上に組み、 街中まちなかをのんびりとした歩調で進んでいた。


「あーっ! スレイー!」


 長城壁東出入通路が目前に見えたところで聞き慣れた声に呼び止められ、スレヤーは周囲を見回す。


「ん? おーっ! どうしたよ、エシャーちゃん。こんなとこで!」


 エシャーが手を振りながら、スレヤーの前まで駆け寄って来る。


「サレマラがね、向こうの療養所に居るから……お見舞いの帰り! スレイは? こっちに1人で来るって珍しいね?」


「ん? おー……ま、なんつうか……『仕事』を任されちまってな」


 スレヤーは懐からゼブルン王から託された特命書を出すと、エシャーに見せながら簡単に説明する。


「ふうん……あっ! 私も行く!」


「んあ? まあ、イイけどよ……んでも、ただの汚ったねぇ街だぜ? 何にも面白くなんかねぇよ?」


 笑みを歪ませ、スレヤーはエシャーに再考をうながす。しかし、ちょうど良い気分転換を見つけたエシャーは笑顔のまま かぶりを振った。


「東のスラムって、スレイが生まれ育った街だよね? 王都に居ても私がやれる事ないし、ついて行く! ね? 良いよね?」


「そっかぁ……んじゃ、ま、行きますか?」


 スレヤーとしても「仲間」が一緒なのは気持ちが良い。2人は横並びに歩き出した。


「この辺は普通だね……」


 エシャーは周りの建物を見ながらスレヤーに語りかける。


「ん? ああ……そうだなぁ。ガザルの法撃は西から南に向かって放たれてたし、黒魔龍も南通りから現れたってだからな。北と東の壁内街区はほとんど無傷で済んでるな……」


 スレヤーも改めて周囲を見回した。長城壁の防御魔法が完全発動するまでの間に、北門と東門からも数体のサーガが侵入したが、それぞれの防衛隊により大きな被害も無く排除したと聞いている。建物の被害は、壁面に数ヶ所残る法撃跡くらいだった。


 その代わり今は、被害が大きかった地区からの避難民が通りにも多数溢れている。


「……みんな、早くいつも通りに暮らせるようになると良いね」


「そうだな……」


 2人は言葉少なく、長城壁東門通りへ入って行った。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「素敵な別荘ですわね……」


 木製の丸テーブルを挟み向かいあって座る男性に、レイラは微笑を浮かべ語りかけた。芝生敷の庭で若いメイドとボール遊びをしている男児に視線を向けていたミッツバンは、視線をゆっくりレイラに向ける。


「……内調か軍部の兵が……最初に来るものと思っていましたよ」


「あら? 想定外の訪問者でしたかしら?」


 ミッツバンは苦笑し、 かぶりを振った。


「いえ……もちろん、 貴女あなたともお話しをすることになるだろうとは想定していましたから……ただ、相変わらずの手際に驚いただけです」


「御自分と御身内を守ることにかけては、優れた御判断をなされる御方だと分かっていましたから……馬車でお会いした後、すぐにこちらの別荘についても調べさせていただいてましたの」


 小首をかしげニッコリと笑みを見せるレイラに、ミッツバンは驚きの表情を見せ、フッと息を吐き出した。


「……大群行再発の情報が入ってすぐ、孫たちと共に移動しました。サーガの群れが王都を目指していることが分かりましたし、ここはルートから外れていましたからね……」


「あの騒乱に巻き込まれる事無く過ごせたのは、奇跡的な判断能力だと感心しますわ。それがたとえ自己保身の才能だとしても、ね」


 レイラの目は表情ほどには笑っていない。ミッツバンは「エルフの眼」で、自分の汚点を全て照らし出されているような 羞恥心しゅうちしんを覚えた。


「同じ情報を手に入れた方々……各地の兵士や法術士、リュシュシュの人々は、あなたと違って、あの日、王都に向かわれましたわ。結果的にガザルが逃亡したおかげで大群行も瓦解し被害も少人数で済みましたけど、場合によっては支援に向かった全員が、凄惨な死を迎えていたことでしょうね」


「分かってますよ……自分が卑怯者だということくらい……貴女に言われなくても……」


 ミッツバンは視線を孫に向け直したまま、不快そうに応じる。


「黒魔龍の怒りを引き起こすと分かっていながら、ガラス錬成魔法を完成させた日から……私はずっと卑怯者のままです。富を築き、家庭を持ち、身内を守るためなら……」


 視線をレイラに戻したミッツバンは、覚悟を決めたように言い放つ。


「家族を守るためなら、私はいくらでも卑怯者で在り続けますよ」


「あら? さすがですわ」


 しかしレイラはミッツバンの宣言を満足そうな笑顔で受け止める。予想に反する表情に、ミッツバンは目を見開いた。


「え……っと……それはどういう……」


「御家族思いの 貴方あなたに、今回は『名誉』を守る御提案を持って来ましたのよ」


 レイラの言葉をすぐには理解出来ず、ミッツバンは首をかしげる。


「多くの犠牲者が出た王都から、御自分と御家族だけ事前に安全な場所へ避難されていた……そのような『噂』がもし広まれば、法は裁かずとも人々からの裁きは免れませんわ。御自身も……御家族にも、ね」


 ボールを追いかける少年に視線を移したレイラの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。ミッツバンは慌てて席を立ち上がろうとした。


「でも……御安心なさって。『噂の種』はまだ種袋の中に収まったままですわ」


 レイラの視線がミッツバンに向けられる。その目に 気圧けおされ、ミッツバンは浮かしかけた腰を席に沈め直した。


「……『その種が蒔かれない方法』が有る……ということですかな?」


「まあ! さすが商才溢れるミッツバンさんですわね。御提案をお引き受け下さるかしら?」


「内容次第……とも言ってられんのでしょう? 何をやらせていただけばよろしいのですかな?」


 ミッツバンは諦めた様子で苦笑し応える。レイラは満足そうに微笑みを浮かべたまま説明を始めた。


「もうじき、ガザル追撃隊と黒魔龍討伐隊が組織されますわ」


 黒魔龍という言葉に、ミッツバンの頬がピクリと反応する。


「黒魔龍の『本体』と、私、お会いしておきたいと思っていますの」


「……私にどうしろと?」


 半ば諦めたように見つめるミッツバンに、レイラは優しく微笑みながら条件を提示した。


「グラディー地底洞窟まで、道案内の『お仕事』をお願いできますかしら?」

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