第314話 坂道

 篤樹とピュートは「坂の頂上」を目指し、うっそうと茂る森の木々の合間を20分ほど歩き続けた。


「あっ! あっち……」


 右手前方に木々の切れ間を見つけた篤樹は、進路をそちらにずらす。ここまでは下草を踏み分けながら進んで来たが、エシャーと通った時には「道」を歩いた記憶がある。獣道ではなく、村の住民たちが使うために整備された道が森の中にも何本かあるはずだと篤樹は考えていた。


「やった! 道だ!」


 幅2メートルほどの「道」に出ると篤樹は喜びの声を上げ、振り返ってピュートを見る。篤樹に続いて道へ出たピュートは地面に視線を向け、小首をかしげながら片膝をついた。


「……どうかした?」


 地面を右手で触れながら何かを確認するピュートの姿を不審に感じ、篤樹が声をかける。


「……ルエルフの村で間違いなさそうだな。残留法力波が、ルエルフ族のものだ」


「……そんなのが分かるんだ」


 感心したように応え、篤樹はピュートの手元に視線を落とす。


「ああ……。これくらいの感知魔法は大丈夫だ。……来るぞ」


 へ?


 ピュートが発した言葉の意味を理解する前に、篤樹は背後に何かの気配を感じた。同時に、目の前に屈んでいるピュートが跳び上がるように動き出したのを確認し、思わずつられて自分も右前方へ跳び出しながら身体をひねる。視界に映った「何か」を理解するのに時間はかからなかった。


「ウワッ!」


「ゲシュルララァ!」


 篤樹が立っていた空間に槍を突き出しているのは、小型のサーガ……タグアの結びの広場で遭遇したホビット型のサーガだ。初撃をかわされたことが気に入らなかったのか、長さ1メートルほどの槍を左右に振り回しながら篤樹に迫って来る。


「わっ……ちょっ……まって……」


 しばらくの間、篤樹は後ずさりながらサーガの攻撃をかわし続けた。


「ウベシッ……」


 なかなか仕留めきれない篤樹に意識が集中していたのか、サーガは背後から「かかと落とし」を頭頂部にキメられるまでピュートの存在を忘れていたようだ。


「あ……サンキュ……」


「カガワッ! 何やってんだ!」


 感謝の言葉を断ち切り、ピュートは篤樹に声をかける。


「倒せ!」


「は?」


 ホビット型サーガは頭を振りながら起き上がった。


「クッ……」


 ピュートは右手を開いてサーガに向けるが、すぐに握り拳に変えて殴りかかっていく。しかしサーガは槍を地面に立て、それを支点にして身体を回転させ、向かって来たピュートの足を器用に蹴りはらう。ピュートは転倒しそうになりながらも空中で身を回し、小柄なサーガを跳び越え着地する。すぐに着地の体勢から蹴りを放つが、サーガもすでに槍を手に握り数歩後方へ身を避けていた。


「カガワ! 剣を持て!」


 傍観者のように立ち尽くしている篤樹に向かい、ピュートが叫ぶ。サーガは「邪魔な敵」として、今度はピュートに集中しているようだ。再び襲いかかる小型のサーガをピュートは流れるような体術でいなししつ、反撃を繰り出す。


 剣?……あっ!


 篤樹は右手を上げると、そのまま肩掛け式の帯剣ホルダーを探った。すぐに、円柱状の感触を手の平に感じる。


  成者しげるものつるぎ……装備してたんだった……


 片手で握った「竹刀形態の成者の剣」を背中から引き抜き確認する。


「早く倒せ!」


 しっかりと両手で剣を握った篤樹の姿を視界の端で確認すると、真っ直ぐに槍を構えているサーガを睨みつけたままピュートは叫んだ。


 篤樹は中段の構えのまま、側面に回り込む。サーガは目標とする2体の敵を、左右の目を広角に開きながら警戒している。


「グルルガァ……」


 怒りと苛立ちを表情に浮かべ、ホビット型サーガは槍を手元に引き短く握り直す。先に近付いて来る「敵」へ突き出すつもりなのだろう。


「カガワ……やれよ」


 ピュートは単調なひと声を篤樹にかけると、サーガに向かい跳びかかった。即座にサーガは槍の穂先をピュートに定め突き出す。その一瞬のタイミングで篤樹は跳び出し、剣を上段に持ち上げる。


 よし! 届く!


 スレヤーから身体に叩き込まれた「間合い認識力」が、篤樹に勝利の確信を持たせた。このまま振り下ろせば、顔をピュートに向けているサーガの頭部に打ち込むことが出来る……しかし、サーガは首をグルリと回し篤樹を睨みつけた。


 げっ! マズイ……


 ピュートの攻撃が「おとり」だと察したのか、サーガは両手で握る槍を引き戻し、振り下ろされてくる剣を受けられるよう横向きに持ち直している。


 えーい! 止められないよ!


 篤樹は自分とピュート、そしてサーガの一連の動きを、しっかり認識していた。その上で、槍の柄で剣を止められるのを覚悟し、先ずは一撃をと振り下ろす。


「パンッ!」


 しかし、剣を握る手には、予想していた「衝撃」は全く感じられなかった。まるで包丁で豆腐を切るような「抵抗」をわずかに感じる程度で、成者の剣はサーガが構える槍の柄を斬り抜け、そのまま、サーガを頭部から真っ二つに斬り分けた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……湖神の結界は、どうやらどこかが壊れているみたいだな」


 ピュートは、ホビット型サーガが持っていた槍の穂先側半分の柄を右手で握り、具合を確認しながら篤樹に語りかける。


 水に落とした墨汁のようにユラユラと黒霧化して消えたサーガの「遺体跡」を、篤樹は呆然と見つめていた。


「それにしても、その剣の切れ味は凄いな……。そんな形状なのに……」


 振り下ろした「成者の剣」の剣先を、そのまま地面につけたまま、下段の構えのように握る篤樹に近付きピュートが語りかける。


「……カガワにしか持てないってのは、勿体無いな……ちょっと貸してみろ」


 ピュートが手を伸ばし、剣を握る篤樹の手に載せて来た。


「え? あっ……おいっ!」


 篤樹は慌てて身をよじり、ピュートから成者の剣を遠ざける。


「ダメだって! 持てないって言ってるだろ!」


「……お前よりも俺のほうが戦いは向いてる」


 ピュートは不満そうな視線を篤樹に向け、さらに手を伸ばす。


「良いから、試させろ!」


 篤樹は一瞬考え、それからゆっくりと身体の向きを戻す。剣先を地面につけた状態で、柄を握って軽く支え持つ。


「分かったよ。……持ってみな」


 ピュートは半分に短くなった槍を地面に置くと、篤樹が支えている剣柄に両手を伸ばして掴む。


「手……離すぞ?」


 篤樹はゆっくりと剣柄から手を離した。途端に成者の剣はバランスを崩し、横に倒れ始める。ピュートはそれを支えようと試みたが、全く歯が立たない事を瞬時に悟り、即座に両手を柄から離す。


 ゴトッ……


 成者の剣は、跳ねる事も無く地面に横倒しとなった。その状態をピュートはジッと見下ろし、溜息をついた。


「仕方ない……」


「だから言ってるだろ? 基本、俺しか持てない剣なんだって!」


 屈んで剣を拾いながら、篤樹はピュートに言い放つ。


「それがカガワ専用なのは理解した。なら、カガワはそれをしっかりと使いこなせ」


「はぁ? そんなの……お前に言われなくっても……」


 篤樹はピュートをにらみながら応じたが、すぐにその視線から目を背けた。


『アッキーは「ちゃんと戦える人」でも見つけて来てっ!』


 王城地下通路でエシャーから言われた言葉が再び脳裏に浮かぶ。ガザル細胞の遺伝子のせいか、ピュートのちょっとした表情にエシャーの面影まで感じ、篤樹は何ともバツが悪い。


「たかがホビット型サーガ1体に、あれほどの時間をかけるのは効率的じゃ無い。ましてや倒した後、いちいちそんな放心状態が起きるのは危険だ」


「分かってるよ!……突然だったから……ちょっと……」


 成者の剣を背中のホルダーに収めながら、篤樹は言い訳のように応じた。


「で、お前さ……」


 篤樹の問い掛けに、ピュートは小首をかしげる。


「その……ここでも……やっぱりダメなの? 法術とか……」


「ああ。臨会の地と同じ状態だ。法力量が極わずかな量にまで抑え込まれている。法術を封じられてるのではなく、発現するための法力を抑えられている感じだ。カガワの放出法力量と同じか、それ以下だな。無いのと同じだ」


 嫌味では無く、現状報告だという事は理解している。しかしどうしても「馬鹿にされた感」を拭えずに、篤樹はピュートをジト目で睨みつけた。


「……そりゃ、お前にしてみりゃ、俺の法力量なんて無に等しいだろうな」


「そうだな。こんな状態では、肉体の法力強化も出来ない。無法力での体術しか使えない状態の俺と、剣を使いこなせないカガワでは、この状況での生存確率はゼロだ」


「ゼロって……言ってくれるじゃん……」


 淡々と現状分析を告げるピュートに、篤樹は苦笑いを浮かべるしかない。


「ガザルが引き連れて来たサーガは、まだ他にもかなり残って居る。何の障害も無い『散歩』というワケにはいかない」


 篤樹の苦笑いをどう受け止めたのか分からないが、ピュートはジッと視線を合わせたまま言葉を続けた。


「無駄に戦う必要は無いが、目の前の敵を排除しなければ『盾の回収』も、ここからの『脱出』も出来ない。すなわち、俺もカガワもここで死ぬことになる」


「分かってるよ……」


 ピュートからの「最終確認」に、篤樹は溜息混じりに応じると、右手を胸元に当てた。すっかりクセになってしまっている動作だ。「渡橋の証し」となっている「学ランのボタン」を服の上からギュッと握りしめる。


「……大丈夫……やるさ……」


 篤樹は覚悟を決め、吹っ切れた笑顔をピュートに向けた。


「やるだけやって……当たって、突き抜けてやろうぜ!」


 突き出された拳をピュートは不思議そうにチラっと見ると、小首をかしげる。


「……ああ。そうしよう」


「・・・・。行こっか……」


 せっかくの決心と気合を入れた掛け声に対し、冷静に応えるピュートの視線を受けた篤樹は、耳を真っ赤にしながら坂道をそそくさと上り始めた。

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