第313話 定まった進路

「どうする……って……」


 ピュートの視線は真っ直ぐ篤樹を見ている。


 なんだよ……その目……俺が責任者ってワケじゃ無いだろ? お前だって、何か方法考えろよ!


 喉まで出かかる不満を、篤樹は飲み込んだ。感情の抑揚が読めないピュートの言葉や表情には正直困ったものだが、その視線に「指示を待つ者」の意志を感じる。現状打開策を無責任な気持ちで篤樹に押し付けているワケでは無く、純粋に篤樹を信頼し計画を委ねているように感じた。


 部活の後輩が上級生からの指示を待つような純粋な視線に、篤樹は何となく照れくささを感じ視線をずらす。臨会の桟橋はガザルに破壊された部分で途切れてはいるが、その先は相変わらずどこまでも続いている。


「とにかく……」


 篤樹は視線をピュートに向け直す。


「ここに居続けても『上』には戻れないし、先生にも会えない。だから……多分、誰かに助けてもらうってのは無理っぽい。自分たちで脱出方法を見つけるしかないよな……」


 ピュートはわずかに首をかしげた。篤樹の目に、何かを思いついた『色』を感じ取ったのだ。


「ルエルフ村に……とりあえず出てみよっか?」


 緊張の面持ちながら、口元に笑みを浮かべ篤樹は提案する。


「ルエルフの村に? ここから出る方法を知ってるのか?」


「知ってるって言うか……前に2回、出たり入ったりしたから……多分、何とかなるんじゃないかな? とにかく、試すだけでもやってみようかな、と……」


 篤樹はピュートの左肩に自分の左手を軽く載せ、歩き出しながら「回れ右」をさせる。


「……ここから後ろ向きに、15歩進めば……村の湖岸に出られるはずなんだ……」


 桟橋と「臨会の舞台」のつなぎ目に後ろ向きで立ち、篤樹はピュートに説明した。


「……ってかさ、ピュートも俺の調書を読んだんだろ? 書いて無かった?」


「出入りについての詳細な方法は記載されてなかった」


「あ……そうなの……」


 横に並び立ち応じるピュートの横顔に篤樹は顔を向ける。


「よし……じゃあ……やってみるか!」


 2人は横に並び、一歩ずつ桟橋を後ろ向きで渡り始めた。


「……6……7……」


 10歩を過ぎ、篤樹はふと「あの時」の状況を思い出す。


 あっ……「渡橋の証し」……俺だけが持ってるってことは……ピュートは取り残されちゃうんじゃ……


「……11……12……」


 篤樹は咄嗟に右手でピュートの左手をつかんだ。一瞬、ピュートは篤樹に顔を向けたが、歩みを止める事無く歩数を数えながら進む。


「……13……14……」


 あと1歩を踏み出す直前、今度は篤樹の脳裏にガザルと「合体」した出来事が思い浮かぶ。


 あ……やっぱりこれ……マズイかも……手が「つながった」ままになっちゃうんじゃ……


「……15!」


 最後の1歩が地に着く寸前、篤樹は握っていたピュートの左手を離し、代わりに袖口に指をかけた。


「?!ッ」


 平らな桟橋の板の上を進んで来た感覚に加え、前回の出入の時には「無段差」だった記憶から、篤樹は当然のように「地の上に足がつくもの」と思い込んでいた。しかし、後ろ向きに進んで来た15歩目は、全く予想していなかった「宙」へ踏み出すことになる。


 ピュートも篤樹と同じタイミングで足場を失い、バランスを崩し2人で後ろ向きに倒れていく。ピュートの左袖口をつかんでいた篤樹は、思わずそれをギュッと握るが、ピュート自身も同じ方向に倒れて来る状況では何の支えにもならない。


「うわッ!」


 しかし今回の「落下」は瞬間的なものだった。落差としては1メートルも無い高さだったため、ピュートと2人、折り重なるように転倒し、数回身体が転がる程度で衝撃が終わる。


「痛……ってぇ……」


 身体の痛みと、突然襲った「落下の恐怖」に篤樹は気が動転し、目を閉じたまますぐには動き出せないでいた。一方、ピュートはすぐに身体を起こし、周囲の状況確認を行っている。


「……あそこから落ちたようだな」


 ピュートの冷静な声で、篤樹は目を開く。そこがルエルフ村の湖岸で無い事は一目で明らかだった。周りはうっそうとした木々に囲まれ、地面には土も見えないくらいに落ち葉が積もっている。


 篤樹は視線を動かし、ピュートの姿を捉えた。背を向けて立つピュートの正面は、緩やかな上り斜面になっている。その斜面から突き出すように、大きな岩が立っていた。


「あそこ……から?」


 ピュートの前面3メートルほど先に立つ岩は、高さ5メートルくらいはありそうだ。その中央付近に、まだ薄い光を放つ「虹色の膜」が貼り付いている。しかしその「膜」は見る見る内に周囲から崩れ、数秒後には岩肌だけしか見えなくなった。


「消え……た?」


 地面に両足を投げ出し、上半身だけ起こした姿勢でそれを見ていた篤樹は呆然と呟く。


「……カガワ……ここがルエルフの村か?」


 ピュートが振り返り尋ねる。だが篤樹はその言葉に応えず、呆然と岩を見つめたままだ。ピュートは小首をかしげて篤樹の様子をしばらく観察し、返答を待つ。しかし篤樹が放心状態だと判断するとそばへ近づき、右腕を伸ばして篤樹の胸ぐらを掴み立たせる。


「うわっ……」


「ここがルエルフ村なのか? 答えろ!」


 見た目の線の細さからは想像もしていなかった力で、無理やり引き立たされた篤樹は一瞬恐怖を感じた。と同時に、反射的にピュートの手を振り払い、後方に数歩下がって間合いを取る。スレヤーから叩き込まれた「素手の構え」で睨みつける篤樹を、ピュートは驚いた目で見つめた。


「……ここが『村』なのか?」


 改めて尋ねるピュートの口調は、淡々としたものではあるが敵意は無い。篤樹は数回瞬きをし、大きく息を吐いた。ようやく状況が正しく飲み込めると、構えを解く。


「あ……悪ぃ……つい……」


 まずは「臨戦体勢」を向けてしまったことをピュートに詫び、篤樹は改めて周囲を見回しながら言葉を続けた。


「正直……分かんない。見覚えの無い場所だし……どこの森も似たようなモンだから……。でも、湖神様の臨会の地からは、ちゃんと出られた……んだろうね」


 篤樹は視線を岩に向け足を進めた。岩の前に立ち、先ほど「虹色の膜」が見えた岩の中央付近を右手で触れる。石質独特のザラつきある、硬く冷たい岩肌に手を置いたままピュートに振り返る。


「ピュート……手を貸してみて」


 背後で様子を見守っていたピュートに、篤樹は左手を差し伸ばした。ピュートはその手を右手で握る。


「……ここから出入自由ってワケでも……無さそうだね……」


「湖神の湖には、もう戻れないってことか?」


 ピュートからの問い掛けに篤樹はうなずき、顔を向けた。


「……この森……多分、村を囲んでる『ルエルフの森』だと思うんだ」


 篤樹の説明に「先行きが有る」と感じたピュートは、興味深そうな目で情報を吸収して行く。


「俺が初めてエシャーと会ったのも……村の『西の森』の中だった……うん! そう……ちょうどこんな感じの木々が、たくさん生えてる森の中だった!」


 語りながら、篤樹はエシャーとの出会いを思い出し、周囲の木々を見回した。


「あの時は……もうちょっと『キレイな森』だった気もするけど……」


「調書を読む限り、ルエルフ村はサーガの群れから強引に押し入られたんだろ? ガザルに結界を破られて……それで、湖神の結界バランスが崩れてしまった。カガワの印象と違うのは、そのせいじゃないか?」


 ピュートの考察に、篤樹も納得してうなずく。


「そうかもね。さて……」


「どっちに村は在る?」


 周囲を確認する篤樹に、ピュートが尋ねる。


 せっかちな奴だなぁ……


 篤樹は一瞬だけピュートに視線を向け、眉間にシワを寄せた。相変わらずピュートは感情の読めない表情のまま篤樹を見ている。


 なんかコイツ……生意気な2年生みたいだな……


 部活の後輩を思い出し、篤樹は溜息をついた。嫌いな後輩というワケでは無かったが、学年の上下関係が結構キビシイ陸上部にもかかわらず、言葉遣いが生意気で……でも、篤樹を慕っていた(らしい?)陸上部の後輩男子の姿が、ピュートと重なる。


「?……どうした」


 知らずに、ピュートを見つめたまま笑みを浮かべていた篤樹は、指摘を受け「ハッ!」と真顔になる。


「いや……別に……。あのさ……」


 気恥ずかしさを感じ、空気を変えるため慌てて篤樹は口を開いた。


「湖を囲むように村が在って……で、全体が『すり鉢状』の村を囲むようにルエルフの森が広がってんだよね……」


 口で説明しながら篤樹は足元の落ち葉を靴で左右にはらい、土が見える状態にする。手近な枝を拾うと、土の上に自分がイメージしている「村の地図」を大雑把に描いてみせた。


「んと……真ん中に湖……で……ここが『 おさ』の家で……周りは坂道で……坂の1番上が森になってて……」


 描きながら改めて説明する篤樹の手元を、ピュートはジッと見つめる。


「あっ……そっか!」


 おもむろに篤樹は手を止めて立ち上がり、首を左右に向けた。


「どうした?」


「あのさ! 最初にエシャーと来た時……あの時『少し上り道』だった! で、上り切ったら、目の前にルエルフ村が広がってたんだ!」


 エシャーと歩いたルエルフ森の景色を思い出した篤樹は確信をもって笑顔をピュートに向け、そのまま視線を移した。


「ということは……」


 ピュートも篤樹の視線の先を見る。湖神の臨会の地から「出て来た」岩を視界に入れ、さらにその先に「ゆるやかな上り」で続く森に視線を定めた。


「ここを『上り切った』ら、村が見えるはずだ……」


 篤樹のひと言を合図に、2人は「岩」の向こう側に広がる森へ向かい、ゆっくりと歩み始めた。

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