第301話 良い笑顔

 ガザルと黒魔龍がエグデン王都を去って6日目の午後、 篤樹あつきたち「エルフの守りの盾探索隊」は湖水島へ渡ってきた。


「それにしても……あれだけの 瓦礫がれきや破損施設を、たった数日で……さすが……ですねぇ」


 軍部が手配してくれた新しい馬車を降りると、すぐにエルグレドが 感嘆かんたんの声をあげる。数日前とは打って変わって「建築現場」のようになっている島の雰囲気に篤樹も驚いた。


 全周6キロメートルほどある湖水島からは、ガザルによって吹き飛ばされた王城の瓦礫だけでなく、中損壊程度であった4つの従王妃宮や 謁見宮えっけんきゅう、省庁舎や、ほぼ無傷だった王宮兵団舎まで、全ての建物が無くなっていた。代わりに、大小様々な石材や木材が島内数ヶ所に整然と積み上げられている。その建材の山の間を、何人もの兵士や作業員が動き回っていた。


「新しい王による、新しい国造りの象徴に、一度全てを 更地さらちに戻すべき……と おさが提言したのよ」


 レイラが微笑を浮かべ、 あきれた声で説明する。


「エルが『復活』するまで ひまだったものだから、何となくお片付けが始まったのよ。結局、王城地下の宝物庫だけを残して、後の 上物うわものは全部解体……使える建材は種類別にまとめて、使えないモノは再加工で新しい建材に……長も楽しそうにやってましたわ」


 篤樹はレイラの説明に唖然とした。


「え? これ全部……ウラージさんが……」


「まさか? 私も他の協議会メンバーも一緒にやりましたわよ」


「それにしても……」


 篤樹たちは改めて周囲を見渡す。スレヤーが 感嘆かんたんの声を らした。


「合流したエルフ族のメンバーを合わせたって、20人もいなかったでしょう? それを、たった数日でここまでやっちまうなんて……やっぱスゲェもんですねぇ、エルフ族の魔法術ってのは……」


「人間種の 模造魔法もぞうまほうとは違うのだよ」


 背後からの声に反応し、全員が振り返る。


「これは……カミーラ高老大使。こちらにお越しでしたか」


 ミシュラとカシュラを従えるカミーラに向かい、エルグレドが笑顔で挨拶を述べた。


「この度は色々とお手数をお掛けしまして……」


「人に あらざる『 不死者イモータリティー』めが……」


 カミーラは嫌悪の視線をエルグレドに向ける。


「ウラージ長老大使からお聞きになられましたか?」


概要がいようはな。レイラも全てを知っているようだが、私は別に興味も無い。それよりも……」


 視線をエシャーに定めたカミーラは言葉を続けた。


「我らから盗んだ『盾』は、いつ 返還へんかん出来るのだ? 混乱に乗じて 有耶無耶うやむやになどはさせぬぞ?」


「そんなこと、しないもんッ!」


 エシャーは目を見開きカミーラを にらむ。


「御心配なく、高老大使。お約束を果たすための探索隊ですから」


 続けて、エルグレドがにこやかに応じた。カミーラは、エルグレドの反応を不審に思い、片眉を上げる。


「このひと月半ほどの間、何の手がかりも見出せていないと聞いておるが……何か見つけたのか?」


 言葉の最後はレイラに向けて発せられた。レイラはエルグレドに視線を向ける。エルグレドが笑みを浮かべうなずいたのを確認し、レイラは応えた。


「先頃行いました島の調査の際に、湖面に浮かぶ『虹色の まく』をルロエさんが発見なさいました」


「ああ……あの『近寄れない膜』か……報告は受けている。だが、誰も回収することも出来ぬ異様な『膜』なのだろう? それも日々縮小しているとか……」


「その『膜』が手掛かりになると考えています」


 エルグレドが、レイラとカミーラの会話に加わる。


「その『虹色の膜』を通り抜け、ガザルはここに出現したとの証言があります。ガザルは湖神様の 臨会りんかいの地に封じられていたのですから、その『膜』は の地とこの地を結ぶ扉でしょう。そして、湖神様の臨会の地とルエルフ村もまた『 つながっている』のですから……」


 エルグレドが言葉を切ると、カミーラは目を見開いて驚きの表情で口を開く。


「あの『膜』からルエルフの村に行けると言うのか?」


「その可能性が高い……と、私は考えています」


 カミーラはエルグレドの目をジッと見つめる。口先だけでない「確信」を読み取ったカミーラは、口の端に笑みを浮かべた。


「ほう! その話はまことだろうな?」


「きゃッ……」


 突然、間近で聞こえた声に驚きエシャーが声を上げる。篤樹の左腕を つかんで振り返ると、いつの間にか篤樹たちのすぐ後ろに、エルフ族の長ウラージが立って居た。その横には、ユフ大陸の女性ミスラを ともなっている。


『カガワアツキ! よかった、また会えたな!』


 ミスラは満面の笑みで篤樹に語りかけた。


「あっ……ミスラさん……大丈夫でしたか?」


 エルフ族協議会による湖水島封鎖の後も、ミスラはウラージの監視下に置かれていた。言葉が通じる篤樹と一緒に居らせるべきだとゼブルンも新王として提案したが、これに関してはウラージが がんとして受け入れなかった。


 ミスラに対しウラージが「非人道的扱い」を続けているのではないかと、心配していたのだが、ミスラは思いのほか元気そうに「良い笑顔」を見せている。


『このジジイ、あの後は妙に扱いが良くなってな。アタシの言葉は分からないまでも、案外と手厚い対応をしてくれてるよ。相変わらずニコリともしない、枯れ木の皮みたいな顔のまんまだけどな』


「あっ……それは……良かったですね……」


 こちらもまた相変わらず口の悪いひと言に、篤樹は苦笑いで応じた。


「おい! チガセの人間!」


 2人の会話にウラージが口を挟む。


「え、あ……はい……」


「コイツは今、『自分の扱いには満足してる』と言ったのだろう? 違うか?」


 ウラージは怒っている表情ながらも、どこか「答え合わせ」に期待するかのような雰囲気で篤樹に尋ねた。


「え? は、はい! え? 分かるんですか?」


 篤樹の返答に、ウラージは満足そうに口の端を片方緩める。


「ふん! ユフの人間種が使う下等な言語など、数日も聞いておれば理解出来る!」


 口調は相変わらずだが「なんだかウラージさん、嬉しそうだな……」と篤樹は感じ、笑顔でうなずきハタと気付く。


 そうか……自分の知らない言語だから……覚えようとしてるのか……


「!!」


 ウラージは一瞬、息を飲むような驚きの表情を見せた後、含みのある薄い笑みを浮かべエルグレドに視線を向けた。


「ほう……貴様か……まあ良い……。して、あの湖の『膜』からルエルフの村へ入れるというのは、まことなんだろうな?」


「それは今から調査を……」


 レイラが即座に答えようとしたが、その声に かぶせてエルグレドが応える。


「ええ。間違いなく」


「ちょっと! エル……」


 レイラが制するように手を伸ばしたが、それを避け、エルグレドはウラージの前に進み出た。


「『エルフの守りの盾』は、近々確実にお渡しできますよ」


「ふん! 人間種共お得意の『口から出まかせ』と思うがなぁ?」


「あなたと違い、私たちは『嘘』は言いませんよ、ウラージ長老大使」


「存在自体が『嘘・偽り』の貴様が言うか?」


「エル!」


 いつもの冷静さを欠いたやり取りに、レイラがたまらずエルグレドの腕を掴んで制止する。


「ふん……盾はいつ我らの手元に戻るのだ?」


 ウラージはどこか満足そうな笑みを浮かべ、エルグレドに問う。


「ユフ大陸へ追撃隊が出発する前には、全てが終わってますよ。あなたに一切の負い目を感じる必要も、すぐに無くなるでしょうね」


 エルグレドも口元に笑みは浮かべてはいるが、その目は好戦的な敵意き出しの輝きを放っている。


「3週間か……では、貴様が嘘つきではないとの証明をそれまでに示せ。『悪邪の子』よ。ルエルフの審判は3週間後だ!」


「良いでしょう。ルロエさんは解放させますよ。 卑怯ひきょうな『北のエルフ兵』との違いを分からせて差し上げましょう!」


 ウラージはエルグレドの最後の言葉にも笑みを消すことなく、しばらく視線をぶつけ合ったままだった。


「行きましょう……隊長さん」


 レイラの冷ややかな うながしの声がその場の空気を変える。篤樹は恐る恐るレイラの顔を見た。エルグレドの腕から手を離したレイラの口元は、ワナワナと震えている。


「では、我々は調査に入りますので、これで失礼します」


 エルグレドは尚もウラージに視線をしっかりと合わせたまま、言葉だけは丁寧に断りを入れた。


「しっかり務めを果たせ。期限は3週間だ」


「20日以内で……」


 バンッ!


 改めてウラージに応じようとしたエルグレドの肩をレイラが思い切り叩き、そのまま 外套がいとう襟首えりくびを掴むと、有無を言わせず歩き出した。


「ちょ……レイラさん!」


「黙れ! 馬鹿隊長!」


 引きずられるように歩き出した2人の後に、篤樹たちも あわててついて行く。篤樹は最後にミスラとウラージへ顔を向け、軽く 会釈えしゃくをした。エルグレドとウラージのやり取りがケンカ腰の「口論」に感じ、篤樹は内心ビクビクしていたが、一行を見送るウラージの表情は今までに見た中で一番良い笑顔のように感じられた。

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