第294話 通じない話

「島内の安全が確認出来ておりませんので……」


 渡島橋口に作られた臨時検問所で、警備兵は恐る恐る返答した。


「構わん! 行くぞ」


 ウラージは、役立たずの番犬を さげすむような視線で警備兵を睨むと、さっさと歩き始める。その後ろからビデルとヴェディスが、後ろ手に縛ったユフの女性を引き立てるように付き従っていく。


「あ、あの!……ホントに……少々お待ちいただけないでしょうか……」


 ほとほと困り果てた警備兵が4人の前に回り込み、今にも泣き出しそうな顔で懇願する。


「まったく……」


 ウンザリした声でビデルが応じた。


「島内に残っているのは誰だね?」


「えっ?……あ……恐らくヨロイ大佐が最終避難指示に残られているかと……あっ! 多分、あの馬車に……」


 警備兵は責任転嫁先が見つかったことに安心した表情で、渡島橋を島外に向かって駆けて来る馬車に顔を向けた。ビデル達もその馬車に目を向け、到着を待つ。


 軍部の輸送馬車3台は、橋の上に立つウラージの手前で足を止めた。御者台の兵が声を上げる。


「道をお明け下さい、閣下!」


「黙れ! 指揮官は誰だ?」


 御者兵の言葉を一蹴しウラージが尋ねると、先頭馬車の御者台裏のほろを開き幹部兵軍服を着た男が顔を覗かせた。


「何事だ! 早く避難せんと……あっ……と……」


「君がヨロイ大佐かね?」


 ウラージより先にビデルが声をかける。ヨロイはすぐに御者台へ移動し最敬礼を示した。


「はっ! ヨロイ大佐であります、ビデル大臣閣下……ヴェディス会長殿も! このような高い場所から……」


「ごたくは要らんわッ! 馬車を一台使わせてもらおうか?」


 ヨロイの言葉を遮り、ウラージが怒鳴る。


「は? いや……しかし……」


 突然の怒声に驚き、その声の主が「エルフの長老」である事にさらに動揺しつつヨロイが言葉を濁す。


「君らは早く避難したまえ。最後尾の馬車だけ我々に供出してくれれば良い」


 ユフの女性の腕を背後から掴んだままヴェディスが要求する。ヨロイは戸惑いながらも了解し、荷台に声をかけた。すぐに後部から降り立った兵士が、最後尾の馬車へ伝令に駆け出して行く。


「島内は……一部でまだ戦闘が続いておる模様でして……」


 ヨロイは後の責任を問われないために、島内が「避難指定の戦闘区域」であることを伝えた。


「構わんよ。分かった上でわざわざ来たのだからな。よし、行きたまえ」


 ビデルは先頭馬車の御者に声をかけ進ませる。


「では……くれぐれも、お気をつけ下さい!」


 突然の足止めに未だ驚きを隠せないヨロイが乗った馬車は、ビデル達の横をゆっくり通り過ぎて行く。すぐに2台目の馬車も通り過ぎ、3台目の馬車から下ろされた兵士が数名、その後から歩いて避難して行った。


「おや?! どなたかと思いましたら、ウラージ長老大使でしたかっ!」


 3台目の馬車が橋上で転回しようと動き出した時、御者兵が動きを止め声をかけて来た。


「ん? 何だ、貴様は?」


 人間種の兵士に思いがけず声をかけられたウラージは、興味深そうに御者兵の声に応える。


「先ほど、壁外で御者を務めさせていただいたベイラー大尉であります! まさか、こんなに早くまた御一緒出来るとは思いませんでした!」


 会話の途中からベイラーは転回動作を再開し、ウラージも御者台に上がって来た。転回が完全に終わると、荷台後部からビデル達3人も乗り込む。


「ああ……先ほどの御者兵か……」


 ウラージは軽くうなずいたが、視線は湖水島をジッと睨みつけている。


「島内の人員はほぼ全員退去済みです。……ガザルのもとへ?」


 ベイラーはウラージの表情から、行き先を推察し尋ねた。その言葉に、ウラージは怪訝そうな顔を向ける。


「なぜ『ヤツ』がガザルだと貴様が知っている?」


「……島内混乱の中で、そのような情報を聞きました」


 ベイラーはルロエからの情報であることを伏せた。荷台に乗っているビデルとヴェディスとの研究所での一件をルロエから聞いていたため、内心、島内で鉢合わせしないようにと祈る思いだった。


「……まあ良い。そんな見え透いた嘘が私に通じるはずも無いだろうと覚悟の上でならな……。それに、大事なのはガザルを始末することだ。戦況は?」


 ウラージは御者台に仁王立ちのままベイラーに尋ねる。ウラージのバランス感覚を知っているベイラーは、通常速度で馬車を走らせながら答えた。


「戦っているのは軍部の兵士や王宮兵団ではないと思われます。法歴省のエルグレド補佐官が対峙されているとか、内調の法術士が戦っているとかの情報が錯綜していましたが……とにかく全員退避との命令がサカト少将より下されましたので……」


「エルグレド……ヤツか……。まあいい。内調の法術士とやらは誰だ?」


「さあ?……島の北部で戦闘が続いていましたが……避難者達からの情報では法術戦が起こっていたとしか……」


 ウラージはベイラーの返答に対し、不満そうに顔を歪め空を見上げた。


 先ほど飛び立って行った「蛇」は、やはりグラディーの怨龍……あの黒魔龍で間違い無いだろう。ガザルはどこだ? 法力波が薄い……もはや戦闘は終了していると考えて良いだろう。あの「蛇」と共に去ったのか? それとも何者かによって、ヤツはすでに倒されたということか?……「悪邪の子」以外にも強者がいるということなのか……


 戦闘の結末に深い関心を示すウラージは、ベイラーが繰る馬車の御者台に立ったまま進行方向を睨みつけていた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ピュートはルロエから視線を外し、その背後に目を向けた。様子に気付いたルロエも振り返る。


「あの馬車は……」


 2人にわずかに遅れ、篤樹も視線を移す。未舗装の島周回路を近づいて来るのは、軍部の見慣れたほろ馬車だった。月明かりと、島内に散乱しているかがり火や法力灯に照らされ、真っ直ぐ篤樹たちを目指し進んで来る馬車の姿が浮かぶ。


「……エルフの おさが居るぞ?」


「ウラージだ……」


 ピュートとルロエがほぼ同時に声を洩らす。数秒後には、篤樹の目にも御者台に座る御者兵と、真っ直ぐ立って腕を組んでいる高齢エルフの姿が確認出来た。


「ベイラー大尉?!」


 ルロエはウラージの横に座って馬車を繰る御者兵がベイラーである事にも気付くと、驚きの声を上げた。すぐに馬車は減速し、篤樹たちの近くまで進み、停車した。


「ルロエさん! 良かった……御無事で?!」


 ベイラーが問いかける。ルロエは片手を上げ笑顔で応じた。


「何とかね。……ガザルは黒魔龍と共に飛び去って行きましたよ、ウラージさん」


「ふん……ルエルフの若僧が……。貴様らを生かしたままガザルが立ち去った理由を説明しろ!」


 そう言うと、ウラージは御者台からルロエの目の前に降り立った。


「作り物の人間種に、チガセのカガワアツキか……何があった?」


「あっ……えっと……」


 ウラージから視線を向けられ、篤樹は思わず応じ始めようとした。だが、年長者を差し置いて自分が説明すべきかどうか迷い、ルロエに視線を向ける。ルロエは微笑みうなずいた。ピュートは馬車の中に居る人影に関心があるようで、ジッと馬車を見ている。


 篤樹は自分の出来る範囲で、現状に至るまでの説明を始めた。ところどころでウラージから確認がなされ、説明が難しい部分をルロエが補う。ガザルとの戦闘のあらましを篤樹が説明している最中、レイラとバスリムが北端の木々の間から姿を現し、静かに近づいて来た。


「ガザルは生きているが、大きな手傷を負って黒魔龍と共に敗走した……という事だな?」


「……はい」


 ウラージから確認された概要に、篤樹は大きくうなずき答えた。ウラージは視線をレイラに向ける。


「いくら若輩者とは言え、こんな半人前の人間種やロ・エルフに命を拾われるとは、エルフ族の恥だな? レイラ」


「申し訳ございません、 おさ


 レイラは口の端に余裕の笑みを浮かべたまま、小首を傾げ謝罪の弁を述べた。ウラージの嫌味や叱責に何も感じていない様子を見て、篤樹は驚きの視線をレイラに向ける。


「それと……」


 ウラージへの受け答えもそこそこに、レイラは言葉を続けた。


おさも御存知のエルグレドなる者が、ガザルとの戦いの中で『 行方不明・・・・』になっております」


 レイラからの思いもかけない言葉に、ウラージは眉間にシワを寄せ睨みつける。


「『 行方不明・・・・』だと? ヤツは……」


「御承知の通り……」


 ウラージの言葉を遮り、レイラは続けた。


「エルグレドからもお聞きになられたかと思いますが、彼は『たまに』行方不明になるそうですわ」


 えっ……レイラさん……何を?


 篤樹は意図が読めず、ポカンと口を開いてレイラを見つめる。怪訝そうに顔をしかめながら、ウラージもレイラの真意を測るようにジッとその目を睨む。


「色々と 秘密・・を持つのがお好きな方ですから、『誰にも見られずに帰って来たい』のではないか、と思いますの」


 そこまでレイラが語るとウラージは真意を読み取り、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ふん……なるほどな。確かにあの男には秘密が多い……。人間種共がヤツの『帰還』を見て、また変な事を考える馬鹿が現れるのも面白くないな……。特に、魔法院とあの大臣には悟らせたく無い……」


 ウラージは馬車に目を向ける。荷台後部から、ヴェディスとビデルがユフの女性を連れて降り立とうとしていた。


「分かった。 お前の策・・・・に、乗ってやろう」


「ありがとうございます。長老大使」


 レイラは大袈裟とも思えるお礼の姿勢をウラージに見せる。


「ふん……カミーラたちも近くに居るのだろう? 奴らにも手伝わせるとしよう」


 ウラージはそう言うと、篤樹に視線を向け直した。


「さて、そんな事よりもキサマに用がある。おい! 早く連れて来い!」


 ビデルたちに向かい、ウラージは大声を上げる。見慣れない格好の女が後ろ手に縛られ、まるで「犯人」を連行するように連れて来るビデルとヴェディスの姿を見て、篤樹は何事かと目を丸くする。


「おお! アツキくん! 君がガザルと戦ったのかい? さすが私が見込んだ……」


 ビデルも予想外の場所で「探し人」に出会った驚きから、笑顔を浮かべ近づいて来た。


「無駄話は要らん! 女を寄こせ!」


 ウラージはビデルたちに歩み寄り怒鳴ると、女を捕えている縄をヴェディスから奪うように受け取り、そのまま篤樹に向かって女を押し出した。


 女は自分の背を押したウラージに振り返り睨みつける。


『いい加減にしろよ! この干物ヤローがっ!』


 ウラージに向けて侮辱的な暴言を叫んだ女を目の前にし、篤樹は唖然とした。ウラージの怒りが爆発するのではないかとドキドキしたが、その表情に変化は無い。


「カガワアツキ、この女の言葉が分かるか?」


 えっ? 何?


 ウラージからの問い掛けに、篤樹はキョトンとする。ビデルが横から声をかけて来た。


「その女は『ユフの民』なのだよ。我々とは全く異なる言語を使う。君は、彼女の言葉が分かるかね?」


『不愉快な鳴き声をやめろと言ってるだろうが! このフニャ〇ンヤロー! 気持ち悪ぃんだよっ!』


 ビデルの言葉に即答した女の言葉に、篤樹は目を見開いて驚く。しかし、ビデルの表情は変わらず、偽りの温厚な笑みを浮かべたままだ。


「どうだね? 言語適用魔法はユフの民の言葉にも通じるのかね?」


 期待に満ちたビデルとヴェディスの視線、ウラージの探るような視線が篤樹に向けられた。


『テメェらの腐れチン〇、3本まとめてサーガの口ん中に投げ込んでやるからな!』


 ユフの女は怒りに満ちた顔で、ビデルたちに吐き捨てるように叫ぶ。


「彼女は、何と言ってるんだい?」


 笑みを浮かべ優しく問いかけるルロエに向かい、篤樹は心底困った苦笑いを見せるしか無かった。

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