第293話 未熟な信頼

「ガザルの……って……」


 唖然とする篤樹の肩に、ルロエが手を載せる。


「ボルガイルは30年ほど前に、王都研究所の所員になった……」


 ルロエは篤樹に説明するように、そして、ピュートに確認するように語り出した。


「彼のお兄さんは、大陸中央部に在る王国中央研究所の主任研究員だったんだ。そのお兄さんが……恐らく内調から殺された。重要機密を外部に漏らしたという疑いをかけられてね」


「ころ……」


 篤樹は思わず驚きの声を洩らす。ルロエは篤樹の肩に置く手に力を入れ、話を続ける。


「重要な実験体が盗まれたらしい。それも立て続けに何体かね。今ではガナブという窃盗団の犯行と認定されているが、事件直後は……内部で手引きをした者がいるはずだと考えられた。その手引き者として疑われたのがボルガイルのお兄さんと、他数名だったそうだよ」


 ルロエは篤樹の肩に手を載せたまま、ピュートに視線を合わせた。


「……ああ……聞いた事がある。でも勘違いはするな。父は兄とやらの復讐なんか考えていない。ただ、先任者が完成させられなかった研究を、自分の手で完成させたいと願っただけだ。兄とやらが残した研究日誌類を見つけて以来、自分の研究として没頭した」


 ピュートはルロエの口調から「本当に全てを知っている」と判断し、隠す価値の無い情報と思ったのか、自身の身の上を語り出した。


「『足りない材料』がある事に気付いた父は、何を使えば良いか考えた。導き出した答えが『強力な生命体の細胞』だ。人間だけでなく、動物や植物、小型のサーガから大型のサーガまでを試した。兄とやらと同じく、エルフや妖精にまで手を出したみたいだ。しかし、上手くはいかなかった」


「そして、ボルガイルは思いついたんだよ」


 ピュートの話をルロエが引き取る。


「300年前に、大法老タクヤにより封じられた『強力な生命体』を使うという方法をね」


 卓也が……封じた……って……ガザルを?


「ボルガイルはタクヤに封印されたガザルの肉体を手に入れるため、まずは地位と権力を得ることにした。王都研究所の所長となり、単独の権限で『ガザル細胞入手チーム』を作ったんだ。そして……極少量ではあるが、ガザルの肉片を入手することに成功した」


「そのガザル細胞を持って父は王都研究所を去り、中央研究所に移った。そして、それまで不足していた材料とガザル細胞を置き換え研究と実験を繰り返す中、一定の成功体として生まれたのが俺だ」


 ピュートは左手で顔の治癒魔法を続けながら、まるで退屈しのぎ程度の口調で会話に加わる。


「一応の成功体である俺は大事にされたが、他の実験体は上手くいかなかった。ある時、複数体の失敗作を同じケージに入れた時、そいつらが争った。父はそれも研究データとして記録し始めたが、失敗作同士が互いを傷つけ合うと、その傷が相手にも、ケージの外にいる他の実験体にも……そして俺にも、同じ傷を与える事が分かった」


「それって……」


 淡々と語るピュートの「身の上ばなし」に、篤樹は何と言うべきか迷った。実験の中で「生み出された」人間? 実験室の中で作られた「生命体」……ガザルの細胞を使った……実験生物?


「自傷行為と同じ現象が起こるという事らしいね」


 篤樹が漏らした言葉に、ルロエが答える。ガザルとピュートの「相互干渉」に関して篤樹が尋ねていると思ったのだ。


 しかし篤樹は、その事よりも先に、ピュートという少年をどう見れば良いのか? という思いで困惑していた。秘められた強力な法力を持つ「普通の人間」と思って接していたが、今の説明を聞くと「普通の人間」ではない、ということになる。


 ガザルは……元は「ルエルフ」で、今は「サーガ」となっている。どんな研究かは分からないが……ピュートは「人間の姿を持つ別の生命体」ということなのか?


「だから相性が悪いとは思っていた」


 篤樹の動揺を他所に、ピュートはルロエに視線を向けて語る。


「父からも言われていた。『ガザル細胞を持つ相手は傷付けるな』と。結局、ガザル細胞を使った実験体の中で、成功体となったのは俺だけだった。後は失敗作として処分されたから、問題は無いと思っていたが……」


「細胞どころか本体が現れた……ということだね」


 ルロエがうなずき答える。ピュートは視線を空に向けた。


「干渉し合うだろうということは、ヤツの法力波を間近に感じてすぐに分かった。戦うことは出来ない、相性が悪いと……」


「そういう……ことだったんだ……」


 篤樹は、ピュートとガザルが「干渉関係体」であることを理解した。それと同時に、そんな身の上をピュート自身がどう感じているのかが気になる。


「そういうことだ。俺はガザルを殺せない。アイツも俺を殺せない。互いに自分を殺す事になるから。だからお前がやらなきゃいけなかったんだ」


「えっ? いや……そんな……」


 急にピュートから話を振られ、篤樹は口籠る。


「ヤツの残存法力量は俺よりもかなり少なかった。勝てる確信はあったんだがな……お前との連携は初めてだから仕方ない。次は殺せよ」


「あ……うん……ゴメン……頑張る……」


 何だか、まるで運動会での競技の失敗を同級生から叱責されてる気分になる。


 コイツ……なんか、上田みたいだなぁ……


 淡々と指示を出したピュートに気圧されながら、篤樹は同級生の上田一樹を思い出していた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 サッカー部主将の 上田一樹うえだかずきは、副主将の田中和希たなかかずきと合わせて「ダブルかずき」と呼ばれていた。篤樹とは別の小学校だったが、2人とも低学年の頃から少年サッカークラブに所属していたらしく、中学入学直後から全校生徒の注目を集めていた。


 1年生の初めから、上級生を押さえレギュラーを任され、対外試合でも大活躍だった。1年生の終わりには地区内最強コンビと呼ばれ、噂ではプロのスカウトも試合を観に来ていたそうだ。


 そんな「ダブルかずき」と、篤樹は1年生の頃から同じクラスになった。同級生とはいえ30数名の「個性」の集まり―――全員が全員と「友だち」というワケでは無い。男女とも、それぞれいくつかの「グループ」が自然に形成される中、篤樹も上田一樹に対しては、特に親しくも仲違いも無い「同じ空間に割り振られただけの同級生」という関係でしか認識していなかった。しかし、2年生の体育祭で―――


「バトンはアンダーハンドパスでいこう」


 クラス対抗リレーの代表に選ばれた篤樹は、上田一樹の提案に一瞬「え……」と視線を向けた。上田一樹はサッカー部次期主将ということもあってか、リレー代表メンバー内でも自然とリーダーポジションになっている。


「何だよ、それ?」


 同じく代表に選ばれた田中和希が尋ねると、もう1人のリレーメンバーである小林隆が答えた。


「あっ、あれだろ? 日本代表の400メートルがやるやつ!」


「賀川は詳しいだろ? 陸上部なんだから」


 上田一樹が急に篤樹に話を振って来た。


「ん……まあ……ウチの部じゃやってないけど……やり方くらいなら……」


 種目としては中学の体育大会でも400メートルリレーはあるが、篤樹達の部活ではリレーメンバーを構成していない。顧問の岡部が「お前らは未熟だから」という理由で、部員全員が個人種目に振り分けられていた。


 篤樹が、知識として知っている「アンダーハンドパス」について簡単に説明をすると、小林隆が口を挟む。


「それの改良版で、日本はリオの時に銀メダルも獲ったってさ!」


「でも東京じゃバトン落として途中棄権だったんだろ?」


 即座に田中和希が異論を挟んだ。


「落とさなきゃいいだろ?」


 上田一樹が答える。


「3組のヤツラに勝つには、コンマ数秒でも時間を縮める必要があるんだ」


 そう言うと、田中和希と小林隆へ視線を交互に向けた。


「そりゃ……そうだけどね……」


 田中和希が面白く無さそうに答える。体育の授業でクラス別に計った50メートル記録走では、篤樹と上田一樹は6秒台前半で学年トップレベルだった。しかし、それに続く田中和希と小林隆は揃って7秒台後半―――単純に記録走の成績だけで計算しても、3組より1秒近く遅い。


 その他のクラスのメンバー記録を考えると、3組に勝ちさえすれば2組が1着を獲れる。4人全員がその事を考えていた。


「走順は隆、カズ、俺、賀川のままで行こう。バトンは上からじゃなく、下から……腰の位置で受け渡しだ。しっかり息を合わせようぜ!」


 上田一樹の号令で、4人は体育祭までの2週間、早朝と部活後にバトンパスの練習をすることになったが……篤樹は大事なことを言い出せないままでいた。


『お前らは自分勝手だからバトンパスなんか無理だ』


 岡部の言葉が痛いほど身に染みた数日間だった―――


 思い付きや、動画の見様見真似で身に付けられるほど簡単な技術ではない。ましてや「 阿吽あうんの呼吸」で一体になれるほど、気心の知れた関係も結ばれてはいない即席メンバー。


 何度も何度も繰り返し練習をしても、結局「普通に」バトンを渡し・受けるほうがタイムは良いと結論が出たのは、体育祭3日前のことだった……


「やっぱ無理だって、一樹! こんな『にわか仕込み』で日本代表と同じ効果なんか出せないって!」


 グランドに足を投げ出しベタ座りをした田中和希が口を開く。


「んなことない! 俺と……賀川のバトンがつながれば……」


 上田一樹は何とも言えない不満を秘めた言葉を飲み込む。何を言いたいのか、篤樹はウンザリした気分で理解し、決断を迫った。


「悪い……やっぱ無理だよ。バトンパス失敗で順位落とすより……普通にやろうよ」


 走順変更も何種類か試したが、バトンを落とす確率が一番低かったのは小林隆から田中和希へのパスだった。篤樹と上田一樹は、誰に渡しても、誰から受けても、落下率が高い。特に上田一樹から篤樹へのパスは、1度も完璧な成功にはならなかった。


「……しゃあねぇか……賀川は俺たちと小学校も違ったし、あんま一緒にやってないしな……」


 練習するにあたって参考にしていた動画の言葉を全員が思い出す。


『絶対的な信頼関係が成功率を上げる』


「走順は変更無し。俺と賀川のバトンパスは……安全第一でいくか? とにかく……落とさないようにな……」


 何か……俺のせいにされてないか?


 篤樹は上田一樹の口調に不満を感じつつも、とりあえず了解の意を軽くうなずくことで示した。


 数日後の体育祭本番では、篤樹たち2組のリレーチームは3組に勝つことが出来た。但し、着順は3位……1位の4組と2位の1組はバトンミス無し、3組はまさかのバトンミスで順位を落とし、2組は「安全重視」に気を取られ過ぎて順位を落とす結果となってしまった。

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