第290話 一進一退の攻防

 ガザルからの拳打を篤樹は受けたが、成者の剣による法力防御が効いていた上、ガザルの踏み込みも甘かったため頭部破壊にはいたらず、ただ「殴り倒される」だけで済んだ。しかし、痛みとショックで篤樹は目の前がクラクラとしてなかなか起き上がれない。


「なんだぁ?!」


 ガザルはガザルで篤樹の手から成者の剣を奪い取るつもりが、手放させることには成功したものの、その異常な「剣の重さ」に腕が引きちぎられそうになり驚きの声を上げる。剣はボトンとガザルの足元に落ちた。


「アツキくん!」


 ルロエが即座に駆け寄り篤樹を抱き起す。成者の剣を奪い損ねたガザルは、剣の「重さ」によって伸びた右腕の筋を回復させているため、すぐには攻撃体勢を取ることが出来ずにいる。


 ピュートはガザルに向け、急いで攻撃魔法体勢をとった。しかし、視線が合ったガザルはニヤリと笑みを浮かべる。


「俺とテメェは『相性が悪い』んだろ? ボウズ。おとなしくしてろ!」


 ガザルはそう言い終るや否や、法力移動で篤樹の真横に立つ。


「死ねや!」


 ルロエに支えられ上半身を起こしたばかりの篤樹の頭部目がけ、ガザルの強烈な蹴りが繰り出された。しかし、ルロエが咄嗟に身を投げ出しその蹴撃を上半身で受ける。


「グガハッ!」


 筋肉と骨とが潰される鈍い音と共に、ルロエの苦痛の声が響いた。上半身だけ起こされていた篤樹も、ルロエと共に飛ばされる。


「カガワッ!」


 ピュートが再び攻撃魔法体勢をガザルに向けて叫んだ。


「おとなしくしてろっつってんだろ!」


 ガザルもピュートに左腕を突き出し、攻撃魔法体勢を向けた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 蹴り飛ばされたルロエと共に、篤樹は顔から地面に叩きつけられた。両手指の骨折の痛みと、頭部・顔面の痛み……だが、背中に圧し掛かっているルロエの重みに苦痛の声も発せられず、息が止まりそうな苦しみを感じる。


 何だよ……これ……。どうなってんだ? 痛い……苦しい……なんで俺がこんな目に……


 パニック状態に陥り、何もかもがイヤになりかかっていた。とにかく、息が苦しい……叫べない……本能的に篤樹は身をよじり「圧し掛かる重し」となっているルロエを身体から押し離す。


 さあ……これで思いっきり叫べる……泣ける……全身で悔しさと苛立ちと痛みを訴えることが出来る……


 解放された肉体と精神が「安心して」発狂に備えた瞬間、篤樹の目にルロエの頭部が映った。ガザルの蹴撃で意識を失っているのか、微動だにしないルロエの頭部にはエルフ族特有の大きく尖った耳が見える。


 あ……ルロエさん……


 安否を気遣う余裕はまだ無かった。篤樹はただ、それがルロエであると認識しただけだった。そして……思い出したルロエの表情からエシャーの顔が連想される。


 エシャー……


『やっと泣き止んだの? ボクちゃん?』


 不意に、ルエルフの森で初めてエシャーと出会った時のことを思い出した。あの時の「人を小馬鹿にした」エシャーの声……


 裁判所でもそうだった……小さな子どもが駄々をこねるように泣きじゃくって……パニックになって……


 篤樹は自分でも気づかない内に法力呼吸が整い始めていた。パニックを起こす準備を始めていた肉体と精神が、篤樹の心の変化に合わせて「戦闘準備」へ変わり始める。


『私はスレイを助けに行くっ! アッキーは「ちゃんと戦える人」でも見つけて来てっ!』


 つい先ほど、地下通路でエシャーに投げかけられた言葉が耳によみがえった。


 エシャー……意外とキツイこと言うんだよなぁ……


 苦笑を浮かべ、篤樹は身を起そうと両腕に力を込め、顔を上げた。その視線のすぐ先に、成者の剣がかすかに法力光を放ちながら篤樹の手に収まる時を待っている。


 普通の竹刀でも、人を殺す道具になることもある……まして、これは……形は竹刀でも伝説の武器……


 篤樹は一旦目を閉じた後、意を決して目を開くと手を伸ばし、成者の剣をつかんだ。


 今、目の前にいるのはガザルなんだ! こっちがハンデをつけてもらわなきゃ、絶対に勝てるはずのない相手だ! 俺が「ちゃんと戦える」ためにこの形に「成長」してくれた成者の剣で……全力でやるしかない!



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ガザルと対峙し互いの動きをうかがうピュートの視界に、篤樹が這うように手を伸ばし剣をつかむ姿が映った。


 意識はあるし、戦意も失ってはいない……あれなら使えるな……


「アンタと俺、いつまでこのにらみ合いを続ければ良い?」


 篤樹の動きを悟らせないよう、ピュートはガザルに語りかける。ガザルはピュートから視線をそらさず首をかしげた。


「テメェ……気に入らねぇなぁ……グチャグチャに潰してクソ虫のエサにしてやりてぇよ、マジで……。でも俺がそれをやれば、俺自身がグチャグチャになるんだろ?」


「……俺もアンタが嫌いだ。気持ち悪い。その存在がイヤだ。さっさと消し去りたいが、俺がやると俺まで消えることになる……アンタと心中はしたくない。だから……」


 ピュートは言葉を切った。ガザルは「この生意気なガキ」がどんな代替案を出すのだろうかと意識を集中している。


「だから……やれ! カガワ!」


 グキャッ!


 鈍い打撃音がガザルの足元から響いた。


「グアッ!」


 ガザルは突然右足前部を襲った激痛に耐え切れず、大声で叫ぶと後方に倒れる。


「仕留めろっ! カガワッ!」


 ピュートの声が響き、ガザルは身に迫る殺気に気付き目を開く。法力光を帯びた剣を振り上げ、今まさに打ち下ろそうとしている篤樹の姿を確認した。


 防御魔法……間に合わねぇ! クソッ!


 仰向けに倒れている顔面を目がけ振り下ろされて来る剣に対し、ガザルは咄嗟に両腕を顔前で交差する防御体勢をとる。


 ゴキャ……


 成者の剣は、ガザルが交差した両腕の谷間へ真っ直ぐ振り下ろされた。その剣撃は、法力強化をしているガザルの両腕さえも、まるでキュウリを棒で叩き潰すかのように打ち砕く。


「グアー! クソッタレがぁー!」


 痛みと怒りに叫びながらガザルは地面を転がり、反動をつけて立ち上がる。


 ガキはどこだ!


 ガザルは即座に篤樹の姿を探す。だが、自分の右斜め前に駆け込んできた人影を視界の端に捕えた時には、耐えがたい打撃痛を腹部に覚え息が詰まる。


 篤樹はガザルの立ち上がり際、その右横へ駆け込み、バットを振るようにガザルの胴体へ剣打を放っていた。


「頭を潰せっ!」


 両膝から地に落ちたガザルはピュートが発する篤樹への指示に「死」を予感する。しかし、その時は即座に訪れなかった。ガザルにとっては充分過ぎるほどの反撃の時間が確保される。


「え?」


 「抜き胴」のような形でガザルを「倒した」と、どこか安心し始めていた篤樹は、ピュートの指示の意味が一瞬理解出来なかった。


 頭潰したら……死んじゃうじゃんよ……


 振り抜いた剣を構え直し、篤樹はキョトンとした表情をピュートに向ける。ピュートの表情に一瞬、苛立ちが見えた。直後、篤樹に向かって駆け出してくるピュートの姿……その視線は篤樹にではなくガザルに向いている。その異変に気付き、篤樹も視線をガザルへ戻す。


 目の前には、すでに法力移動でも避け切れないガザルの攻撃が迫っていた。ガザルは口の中に溜まっていた血液を、法術を使って矢のように吹き飛ばして来た。その「血の矢」が、篤樹の両腕、両足、腹部を刺し貫いて行く。


 しまっ……


 気付いた時には、篤樹の全身数ヶ所をガザルの「血の矢」が通過し終わっていた。


「うあぁぁぁ……」


 どこをやられたかの確認も追い付かない全身を襲う痛みに、篤樹は叫び声を上げる。ほぼ同時にピュートが篤樹の目の前に立ち、前面に防御魔法を発現させた。


「カガワ!」


 ピュートは右手で防御魔法を維持し、左手を篤樹に向け治癒魔法を放出する。


「は……はは……なんだぁ? またテメェと……にらめっこかぁ?」


 ガザルは地に両膝をついたまま、グラつく上半身を何とか支えつつピュートに向け冷笑を浮かべた。


「カガワッ! 痛みが消えたらすぐにコイツを倒せ! エルフ系は瞬殺しか倒せない! 頭を潰すんだ! 良いか!」


 ピュートはガザルの言葉には答えず、篤樹の回復と防御魔法に集中している。ガザルも、一刻も早く「動ける状態」となるべく自己治癒を優先し始めた。しかし、エルグレドとの一戦で大半の法力を使い果たし、残っていた法力もカミーラとの戦い、また、篤樹とピュート、ルロエとの戦いでほとんど枯渇状態に近くなっている。


 クソ……嘘だろ? 俺が……こんなところで……こんな人間種のクソ虫のガキ共に……なんだってんだよ……畜生!


 ガザルが、改めて自分の状態を「最悪」であると認識し、怒りと憎しみと焦りで心が充満した時———突然、大地が大きく揺れ動いた。

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