第289話 ガザルと直子

 ガザルは篤樹の動きを注意深く観察しつつ、その背後で膝を地につくピュートの様子も探っていた。


 なぜアイツと俺が「 同調シンクロ」してるんだ? クソ虫共が、何か変な法術でも使ってるのか?  せん!


  成者しげるものつるぎを構えた篤樹が、左側から回り込むように歩を進めて来る。ガザルは確認と威嚇のため、攻撃魔法を篤樹に向け連射した。しかし、放ち出した法撃はいとも簡単にかわされてしまう。


 やはりあの剣が問題だな……。カガワアツキの身体を、高度な法術剣士並みに法力強化してやがるのか……


 左膝が完全に折れ曲がっている状態で、ガザルは苦痛に顔を歪ませる。ピュートに刺し貫かれた左胸は自己治癒魔法である程度回復しているが、やはり相当の激痛が残っていた。


 法力が足り無ぇ上に、回復時間も足り無ぇ……このガキの剣の威力も底が分から無ぇし……先ずは時間が欲しいとこだな……


 篤樹はジリジリとガザルに詰め寄って行く。成者の剣を手にした瞬間から、先ほどまで感じていた「自分の意思に五感五体が完全に従っている感覚」を取り戻していた。事実、ガザルから放たれた攻撃魔法も再びハッキリと視認し対処出来た事で、ルロエから聞いた「法力強化状態」である事を今は自覚している。


 成者の剣さえ手放さなければ……ガザルの動きに対応出来る! 今なら……ホントに勝てるかも知れない!


 ピュートとの戦いで、ガザルもかなり深手を負っている事は一目瞭然だった。特に左足の傷は簡単に回復出来る程度では無いようで、法力瞬移もままならない様子だ。篤樹は成者の剣を強く握りしめる。


ッ!」


 勝気にはやり、ガザルを睨みつけたまま力を込めた両手に激痛が走る。打ち砕かれている4指にまでうっかり力を入れてしまったことで、篤樹の意識が自分の傷に向いた。


「カガワアツキ……」


 不意にガザルが篤樹の名を呼んだ。「敵」からの思いもしない呼びかけに、篤樹は驚き立ち止まる。


「センセイからよぉ……色々と話を聞いたんだぜ?」


 え?


「良い世界らしいじゃ無ぇか……お前らの『元の世界』ってとこはよぉ」


「な……え? 先生から? いつ……」


 篤樹の戦闘姿勢が完全に解けたことを読み取ったガザルは左足に法力を集中し、自己治癒を始めながら会話を続けた。


「ルエルフの村に居た時にだよ。俺がまだあそこだけを『世界』だと思ってた頃に……話し相手になってくれたんだよ、湖神の『センセイ』がよぉ……」


 そう……か……ガザルはルエルフ村で生まれ育ったんだもんな……


 成者の剣の剣先は完全に下を向いた。篤樹は骨折の痛みの無い指で、剣を軽く握ったまま話に応じていく。


「成者の歳じゃ無いんだってな? チガセの連中ってのは。『クラスの子たち』とか言ってたっけかなぁ? 酒が飲めるのも20歳からなんだって?」


「あ……うん……はい……そう……です」


 宵闇にボンヤリと浮かぶガザルの顔を、篤樹は改めて直視した。見た感じ、高校生か大学生位の「ちょっと怖いお兄さん」という認識が生まれ、つい敬語を使ってしまう。


「人間種が栄えてる世界なんだろ? 70億とか80億の人間が住んでる世界なんだって? 魔法も無ぇのに空を飛んだり、海の中に潜ったり……空の星にまで行ったりするんだってなぁ? 本当かよ?」


「え、あ……はい。そう……ですね……。魔法は誰も使えないですけど、科学の力っていうか……文明がここよりも進んでるから……色んな機械や道具を作って……」


 元世界の風景を思い出し、篤樹の気持ちが緩む。その様子に異変を感じたピュートが口をはさんだ。


「カガワ! 早くやれ! ガザルが足を回復させてるぞ!」


「黙れっ!」


 ガザルはピュートに向け右手を差し伸ばした……が、攻撃魔法を放ち出す寸前で思い止まる。ピュートへの攻撃は「自傷行為」となり自分の身に反映される……という先ほどからの実体験から、苦々しく睨みつけるだけで収めた。


 篤樹はガザルの声に反応し、一瞬、攻撃体勢を取り直す。しかし、視線を合わせて来たガザルの口元に浮かぶ「笑み」を見て、再び気を緩めてしまう。


「せ……先生から……色々と教えてもらったんですか?」


「ああ!」


 おずおずと尋ねる篤樹の問いに、ガザルは楽しそうに言葉を返す。


「俺はよぉ、『ルエルフの呪い』とやらのせいで、生まれつき足が悪かったんだよ……」


 思いがけない返答に、篤樹の視線はガザルの足に向けられた。その視線にガザルも気付き軽く鼻で笑う。


「今は平気だぜ?……まあ、ちょっと怪我はしちまったがな。だが、この程度の怪我はすぐに治る……治せる怪我だ。こんなもんじゃ無かったぜ……生まれついての『呪い』はよぉ」


 生まれつきの……病気だった?


 篤樹はガザルの説明に興味を抱き、話を聞く姿勢になる。


「一度もまともに歩いたことが無かったんだ……杖をついて何とか移動は出来ても、いつもクソ重てぇ荷物を引きずってるような感じだったなぁ……」


 すっかり戦意を忘れガザルの話に耳を傾けている篤樹の姿に、ピュートは眉をひそめた。ガザルが自己治癒魔法を進めるため、話を引き延ばしているのは明らかだ。しかし、ピュート自身もガザルと同じく万全の身体ではない。どちらが先に動ける身体に戻れるかは分からないが「その時」に備え、自身の回復に努めることを選ぶ。


「それを……先生に治してもらったんですか?」


 ガザルとピュートの駆け引きに気付かない篤樹は、すっかり「先輩」にでも話を聞いている気持ちになっていた。


「センセイにゃ治せ無ぇよ!……いや……治せるのに治さなかったのかもなぁ。俺が湖神に最初に会ったのは10歳の時だ」


 ガザルの言葉に、篤樹は「え?」と声を洩らした。すぐ背後からルロエの声が発せられる。


成者しげるものでも無いのに湖神様に会えるはずはなかろう! 臨会の橋を渡るのは、成者となってからと定められている……」


「バカか! ルロエぼっちゃん」


 ルロエの言葉をガザルは遮った。


「定めだぁ? んなもん、知るかよ! 湖神の首輪っかを持ってりゃ、誰でも渡れるに決まってんだろうが!」


「いや……しかし…… おさの許可が……」


 ガザルは心底呆れたとでも言うように首を横に振る。


「あの首輪っかは橋の守人が持ってるんだよ。んで、守人の内の1人が変な奴でなぁ……何度か俺が泣いて頼んだら、こっそり渡してくれたんだよ」


 ニヤニヤ笑いながら、ガザルはルロエに答えた。


「湖神も最初はビックリしてたぜ? でもよ、俺が散々っぱらヤツの前で泣き叫んで文句を言ってたら、憐れに思ったみてぇでよ。次からは東の森ん中に在る『泉の洞窟』に来いとか言われてな……まあヤツはそこを『あなたのガッコウよ』なんて言ってやがったなぁ……」


「えっと……」


 篤樹が声を出すとガザルの視線が向いた。


「それじゃ……10歳の時に橋を勝手に渡って先生に会って……その後は東の森の洞窟で会ってたってことですか?」


「そう言ってんだろ! 馬鹿かテメェは!」


 ガザルの叱責に篤樹は身を縮め「すいません……」と小声で応じる。


「とにかく! あの女……湖神とはその『ガッコウ』で何度も会って色んな話を聞いたんだよ。まあ、信じられ無ぇ話ばっかりだったけどな。帰りたいのに帰れない『元の世界』の話だけでなく、この世界の始まりからの話やら、エルフからルエルフがしいたげられて来た話……結果的に、俺の足が生まれつき呪われてる原因とかもな」


「えっ! 先生から……だったらクラスのみんなの話とか……」


 ガザルの口から飛び出した内容に、篤樹は興奮し尋ねた。小宮直子が語っていた「こっちで出会った生徒たち」の話を詳しく聞きたいと願う。


「『チガセ』の連中の話なぁ……。聞いたぜ? 全員を無事に連れて帰るのがセンセイの仕事だったのに、こんな世界でバラバラになっちまって、親に申し訳ないとか何とか、馬鹿な話もしてたなぁ……」


 冷笑を浮かべ語るガザルの顔を見つめつつ、篤樹は直子の言葉を思い出していた。


 あの橋の上で……先生は「必ず、みんなで一緒に帰りましょうね……」と言っていた。……でも「創世7神」とかになっちまった連中も……磯野も……江口も……とっくの昔に死んじまってる……。帰りたかったのに……帰れないまま、この世界で……


「だからよぉ……」


 ガザルは続けて語る。


「センセイは俺を『失ったセイト』の代わりに見てたんだろうなぁ……自分勝手な女だぜ!……まあ、話を聞けば聞くほどムカッ腹が立ってたんだけどよ、ヤツに逃げられちゃ俺は死ぬまであの村に繋がれてしまうからなぁ……話を合わせてやってたんだよ」


 あまりにも横柄な言葉にカチンと来たが、篤樹は黙ってガザルに話を続けさせた。


「この世界が出来た理由……こんな世界になっちまった理由……俺が呪われて生まれて来た理由……」


 ガザルは言葉を切って篤樹を見る。話の続きを聞こうと、戦闘意識の集中を完全に解いて視線を合わせた篤樹の視界から、不意にガザルの姿が消えた。


 しまった!


 気付いた時にはガザルは篤樹の真横に立ち、成者の剣を右手で握られていた。


「全部……」


 ガザルの声に反応し、篤樹は視線を動かす。視界の端にガザルの左拳が見えたが避けようが無かった。


「テメェらのせいだっ!」


 そのひと声を耳にした瞬間、篤樹はガザルからの拳打を右側頭部に受け、殴り倒されてしまった。

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